屋敷をもらう錬金術師③
その日と翌日は精と根が尽き果てたので、翌々日。
いや、まじで。無理。
「あらましを聞いて理解出来る、頭のいい専門家を連れてきましたー!!」
「お久しぶりです、道長様。いえ、旦那様」
「お、お久しぶりです……」
にこやかなダンディズムスマイルを輝かせて、ほんっっっとうに嬉しそうな表情でオレの前に立つおじさん。
ダランベール王国で屋敷の管理を任せているドリファスさんだ。みんな覚えてる?
「あらましを確認致しました、が」
「が?」
「旦那様、まずご結婚おめでとうございます。ですが、ご報告を頂きたかったのですが?」
「す、すいませんです……」
「栞様とエイミー様も大変お幸せそうで、何よりでございます。お世継ぎの御予定もあるとか。第4夫人と妾にご入用は?」
「ありませんっ!」
「残念です、姫様と私の孫を紹介したかったのですが」
「姫様が第4とか大問題ですから! あと姫様に手を出したらオレの人生詰むから! あと孫ってまだ3,4歳だろ!?」
「先日4歳になりました、可愛い盛りですぞ」
「もっとお孫さんを大事になさい!」
「ほっほっほっ。多少の年の差など些細な問題では御座いませんか」
些細でも問題があるのはいけないと思うんだ!
「まあそちらの話は落ち着いた時にでも」
「しないからな?」
やめて欲しいです。
「まず、大前提として。ダランベールでの考え方でお話を進めますが」
「ああ、それは大丈夫だ」
「屋敷内に配置された盗聴具、トラップ、窓やドアへの仕掛け、それと所属不明の侵入者達に御座いますが」
「うん」
「僭越ながら。特に問題視されるものでは無い。そう私は考えます」
「は? オレ達の命に関わる問題だぞ?」
何を言っている?
「まず、大前提として拠点を求めたのは旦那様に御座います」
「そうだな」
「私共で言うところの王家、皇室の人間に依頼をした以上、彼らはそれ相応の物を用意せねばなりません。お話を聞く限り、旦那様は国賓でございますから」
「ああ、そういえば」
「どうせ土地さえ用意して貰えれば適当に自分の拠点を置くおつもりだったんでしょうが、その考え自体がありえませぬな」
ありえないっすか。
「更に盗聴用の魔道具やトラップの数々、それと所属不明の者達ですが」
「はい」
「旦那様の安全を守るために必要であった、そう言う答えにしかなりません。私がお返事をする場合はそのように致します」
「はあ?」
「旦那様達の安全を常に把握するためにいつでも状態を確認する為に音を拾う魔道具を用意し、旦那様達の安全を常に守るためにトラップの数々を準備して迎撃態勢を整え、旦那様達の危機が発生した時に、どこからでも助けに入れるように窓やドアに仕掛けを施しておき、旦那様の安全を守るために近くに人間を配置しておいた。私であればそのようにお答え致します」
「物は言いようじゃねえか」
「その通りでございますよ? そもそも先方が用意した屋敷という時点で、そのくらいの仕掛けは当たり前かと」
マジですか。
「正直、相手に用意させた段階で旦那様はそれらを受け入れたと思われている可能性も十分に考えられます。実際に盗聴の魔道具を相手は使ってお話を聞いておられたのに、誰も謝罪にこられていないでしょう?」
「そういえば」
「つまり、相手は自分達に非が無いと考えているか、非を認める必要がないとお考えなのにございます」
「そういう事か」
3日たった今でも、確かにどこからのアクションはない。
強いて言えばハインリッヒさんがアラドバル殿下の所にいった後の夜に連絡したら会いたいってのが来たくらいだ。
アラドバル殿下はまあある程度なら信用してもいいが、奥さんがヤバそうだから会っていない。
「更に言うなれば、旦那様はこちらでの立場が弱いです。海外からの客人ですが、特権階級の者達から見れば平民と変わらないと考える者もいるでしょう。つまり、何をしてもいい相手。そう思われている可能性すら御座います」
「そこまでかね」
「こちらの国の法が分からないので判断が付きにくいですが、法律とは基本的に決めた人間が自分を守れるように色々と抜け道を仕込んでいる物です。明確に『こういう罪を行ったらこのような罰則を与える』といった記載がない場合は旦那様が劣勢になります」
「こちらの法、か」
ハインリッヒさんが頼れればいいけど。
「あちらの皇室より準備された屋敷を潰すのも悪手です。陛下より下げ渡された物品を紛失することは、ダランベールでも不名誉な事にございますから」
「そうなると、この工房に閉じこもっているのも問題か?」
「都合よく、旦那様が中で働く者達を拘束しておいでですからな。すぐには問題にならないでしょうが、あまり長期的にこの工房に滞在するのは外聞が悪うございます」
わー、面倒臭いっ!
『コンコン』
ん? ジェシカか?
オレが頷くとセーナが扉を開く。
「お話中失礼するっす。ハインリッヒ様がいらしておいでっす」
「ああ、中に通してくれ」
「了解っす!」
扉の中には入らず、用件だけを言うとジェシカは再び戻っていった。
ちょうどいいタイミング、かな?
「昨日は追い返されてしまったからな」
「悪い、ちょっと頭を冷やしたかったんだ」
「物は言いようだな」
そう言いながら中に入ってくるハインリッヒさん。
「彼は?」
「この大陸で得た仲間、かな? この国の元貴族で今は平民だ。もうすぐ貴族にまた戻るがな」
「左様でございますか」
「ハインリッヒです。家名は御座いません」
「ドリファス=フォーライトと申します」
「ドリファスはダランベールのオレの屋敷を管理している執事長だ」
「……なるほど。また例の謎の扉か」
「あまり口外するものでは無いと何度も言ったつもりですが?」
「今更だよ。ダランベール王室もシルドニア皇室も知ってるし」
だって便利なんだもん。
「はあ、今更? その様な事を口にされるのはこの口でございますか?」
「いひゃいいひゃい!」
引っ張らないで欲しいな!
「旦那様。以前にも申し上げましたが、私は屋敷に仕えているのではなく、旦那様に仕えているのですよ?」
「わ、わかってます」
男の頬など引っ張って何が面白いんだ!?
「とにかく、現状では屋敷を使えるようにせねばなりません。ここに籠っていてはどうしようもないですし、事態は悪くなりますぞ。この国の皇室に下賎されたお屋敷なのですから。ダランベールより信用できる従者を連れて来た方が良いでしょう。お屋敷の規模を確認して参ります」
「ああ、その事で私も伝えたい事があったんだ」
「ん? どしたの?」
「隷属魔法を使うべきだ」
隷属魔法? ジェシカに貼ってあるようなあれ?




