屋敷をもらう錬金術師①
「で、アラドバル殿下さんや。先に拠点の設置をしたいんだが」
「分かっている、場所は確保させてある……まず兄上に挨拶にいって貰いたいのだが」
「ダメ、約束通りにしてよ。それにケンブリッジさんが来れない」
本当は馬車を停めれば転移ドアが使えるが、言わない。
「イドもいないからね。エルフの同行者がいないとそれだけでオレ達は突き上げをくらいかねない」
殿下と第一騎士団の面々が皇都に到着。それだけで皇都は沸いている。
殿下も騎士団も人気者らしい。
そして謎の鳥に馬車を曳かせるオレ、スーパー目立っている。
「お爺様を盾に取るとは、なんという策略……」
「殿下がオレとの約束を守ってくれると信じてるよ」
「こう言ってはなんだが、私の新しい上司は頭が回るな」
褒めないで欲しい。
向こうもそれなりに準備があるのかもしれないからいきなり謁見にはならないだろうが、こちらとしても守りを固めておきたい。
他のメンバーはともかく、オレは肉体的に強くはないんだから。
「拠点さえあれば勝手に皇都内を出歩いたりしないからさ」
「分かった、だがひとまず俺の屋敷に来てくれ。場所を確認せねばならん」
そういえば殿下もずっと外にいたもんね。場所知らんわな。
殿下の案内の元、皇都の外縁部。いわゆる城下町の更に外側の部分からゆっくりと大通りを騎士達と一緒に移動。
しばらく行くと、一つ壁を抜けて建物が立派になっていく。
中流、上流階級の人間が多く住むエリアだろうか。
「この先が貴族のエリアだ」
「ああ、まだだったんだね」
更に見える今までよりも高い壁に付いている門を通り抜ける。
そこには整然とならんだ建物が多く、それぞれが先ほどよりも綺麗な物にみえる。
「貴族街だ。この先、皇城の近くに私の屋敷がある。近くの空いてる屋敷を確保させておいたのだが……」
そうこうしていると、迎えの人間が多く現れた。
「おかえりなさいませ、アラドバル殿下。お久しぶりね、ハインリッヒ」
「ああ、セツナ。ただいま」
「お久しぶりですセッツィーナ様」
なんで外にいるの? って感じの白いドレス姿の女性が前に出て来た。
「そして、ダランベールからのお客人。わたくしはアラドバル殿下の第一夫人セッツィーリア=ハイナリックと申します」
「ご丁寧にどうも。道長=ライトロードです。高い所からすいません」
だって右に殿下が馬に乗ってて、左にハインリッヒさんがいるんだもん。
「ようこそおいでくださいました。殿下より文にてお伺いしておりますわ。ライトロード様、ご希望のこちらでの逗留地は私が陛下より任されております。まず第一にとの事でしたのでご案内をさせて頂きますわ」
「ありがとうございます」
「殿下? ご案内が終わりましたら、すぐに屋敷に戻りますからね?」
「う、わ、わかった」
「オルグラム卿」
「はっ!」
「以降の第一騎士団をお任せしても? わたくし、殿下と大切なお話がございますの」
「はっ! お任せください!」
「良いお返事ですわ。ルー、貴女はこちらに」
「畏まりました!」
殿下を放置してどんどん話を詰めていっています。
なんだろうこの人、怖いっす。
「なんかすごい勢いの人ですね……」
「ああ、あの人が殿下の嫁になるのがあと50年早ければ皇位は殿下の物だったとさえ言われるほどの女傑だ……」
「スケールがちげぇなぁ」
ハーフエルフでも寿命が謎な程度には長生きするらしいからね。
「か、勝手に出て行ったのを怒っているだろうか」
「勝手に出て行ったら怒るだろうな」
「嫁さんをないがしろにしちゃああかんな」
震え上がるアラドバル殿下に味方はいない。兄上には許可を取ったのにとか呟いているけど、聞いた感じその兄上も味方はしてくれないと思うよ?
「ようこそおいでくださいました。旦那様」
そしてアラドバル殿下の屋敷の横に案内されると、ずらりと並ぶ執事とメイド。
どうやら殿下とお隣さんになるらしい。
まあどっちも庭とか広くて屋敷もべらぼうにでかくてお隣さんって感じではない。確実に夕飯のおすそ分けみたいな関係にはならないだろう。
「執事長を務めます、ロイドと申します。この屋敷や敷地内の物はすべてミチナガ=ライトロード様の、旦那様の所有物として陛下よりご用意された物です」
「すげえな」
ダランベールの屋敷の2倍はありそうだ。
あそこはオレだけでなくクラスの人間全員で使っても部屋が余っていたのに、こっちはそれ以上である。
「ライトロード様、しばしの間ゆっくりとお寛ぎ下さい。ささやかでは御座いますが、歓迎の晩餐のご準備を当家でご準備しておりますので、夜に迎えをよこします。ロイド、後の事は任せます」
「畏まりました」
「殿下、行きましょう」
「きゃ、客人をそのままにして行くのは」
「殿下、行きますよ」
「はい……」
項垂れて歩いていくアラドバル殿下。
「あれ、いいのか?」
「少なくとも、私の見ていない間に更に上下関係が強固になった様に見えるが、まあ前からあんな感じだ」
「そ、そうか」
ハインリッヒさんが良いって言うならいいかな?
「お、もう出ていい?」
「ああ、構わないよ」
そこでだっちょん馬車にいた栞とエイミー、セーナとイリーナ、ユーナが顔を出す。
「ふへぇ、緊張したっすぅ」
同じく錬金馬に騎乗していたジェシカも馬から降りて背伸び。
「そちらの、鳥? と馬は下男にお任せを」
「ああ、どちらも水しか飲まない特殊な生き物だ。食事の世話はいいよ」
「へ? へぇ、畏まりで。鳥はともかく、馬は普通の馬に見えますが……」
「体を清めたりは水場があれば自分で出来るから、ブラッシングだけしてやってくれ」
どちらも錬金生物なので魔力を直接与えるか、マナポーションやエーテルを飲ませば動くからね。
汗はかかないけど、水は多少飲む。それとしっこはする。
「旦那様の指示の通りに」
「かしこまりやした!」
ダンディズムの一歩手前、30代くらいのロイドさんが良い声で言うと、下男さんがビクリとして慌てて動きだす。
「失礼いたしました。それではお屋敷をご案内させて頂きます」
「ああ」
「では私はどこか宿に」
「ハインリッヒさんも一緒でいいよ。部屋はありそうだ。これ、上司命令ね」
「晩餐に参加させる気だろ」
「向こうも呼ぶ気だろうさ」
「わかった、お言葉に甘えさせてもらおう」
「だから命令だって」
「ふ、そうだったな。私の馬は普通の馬だ、普通に世話をしてくれ」
「へ、へい!」
そんな事をいい、ロイドさんが前へ進むとメイドさんが扉を開いてくれる。
ロイドさんに続き、オレ達は屋敷に入る。
「んー、ちょっと待ってね」
「どうしたの? 栞ちゃん」
「馬車に忘れ物か?」
「そうじゃなくて、ごめんなさいね」
栞はメイドさんが抑えてくれていたドアに触り、いくつか目を細めてドアノブをクルクルと回す。
「取れた」
「取んなよ……」
「そうじゃなくて、これ見て」
栞がドアノブを逆さまにしてこちらに見せる。
ただのドアノブなのに中に固定されているのは……。
「合いカギか」
「だね。閉められててても外から静かに侵入出来る様に作られてるんじゃないかな」
「こりゃ問題だな。流石は栞」
「へへーん!」
「全然気づかなかったね」
オレは扉を開けてくれたメイドさんに手を差し出す。メイドさんは困ったようにロイドさんを見たが、観念した様にオレに鍵を渡してくれた。
「青銅製か」
これじゃセキュリティが弱いな。
手提げからドライバーやらニッパーやらを取り出して、ドアの鍵の部分も取り出して、代わりにミスリルの板を当てて同じように鍵を作り変える。
予め自分で加工出来る様に薄いミスリルを作っておけば、魔導炉やらが無くても手と錬金道具で加工出来るのだ。
「鍵は、こっちで……せっかくだから扉も補強しとくか」
「あの、旦那様?」
「ちょっと待ってな」
茶色の水溶液で扉の内側から強化の魔法陣を書く。あとで扉を丸ごと入れ替えるつもりだから応急処置だ。
「栞、エイミー、セーナ、ハインリッヒさん。これ新しい鍵ね」
「うん」
「ええ」
「君は無茶苦茶だな」
「…………」
ロイドさんが険しい顔になってどっかを睨んでるな。
「旦那様」
「はいはい?」
「申し訳……」
「あ、待って」
ロイドさんが謝罪しようとした瞬間に、栞がストップをかけた。
「たぶん謝るのこれだけじゃないと思うから、ちょっと調べてくるね!」
「はは、栞さんや、加減しておやり」
「みっちーもやんだかんね!?」
「了解ですよっと。イリーナ、栞についていって」
「はいです!」
「エイミーとハインリッヒさんにはユーナとジェシカが」
「かしこまりでございます」
「了解っす!」
「セーナはオレに。ロイドさん、しばらくエイミーとハインリッヒさんとここで待っててください」
「畏まりました」
「栞は上からね。オレは下から」
「了解!」
栞は『大盗賊』としての嗅覚と勘だけで色々と見つけてくるだろうな。
オレは『解析』の魔法で一部屋づつ調べないといけないから大変だ。
「セーナ、お前も見てくれ」
「ええ、わかったわ!」
さて、何が出てきますかねぇ。




