新大陸の錬金術師⑤
「リアナ、イドを呼んできてくれ」
「畏まりました」
リアナに声を掛けて、リアナが船にいきイドを連れて来る。
船からイドが出てきて、こちらに歩いて来ると共に皇女様のお付きの騎士達が落ち着かない様子になる。
「ん、来た」
「イド、シルドニアさんて名前に覚えはある?」
「しるどにあ……ある」
「やっぱりエルフか」
そう思って視線を戻すと、区長さんは椅子から降りて土下座していた。
皇女様も口を開けてぽかんとしてた。
「ようこそおいで下さいました! 初代様のご一族よ!」
「ん?」
皇女様が飛び上がってイドに近づき手を取る。
「ああ、これは神がもたらした奇跡です。あの黒竜王の眷属たる大蛇も神兵たる貴女様がいらっしゃるのであれば討伐が為されるのは必然」
グイグイと皇女様がイドの距離が近寄る。
「神の如き力を持ち、あらゆる魔法を行使し、すべての魔物の天敵にしてこの世界の守護者様! ああ、再びこの地にご降臨されるなんて! 我が祖父であるシルドニアも貴女様と同じく神兵にしてこの大陸の救世主なのです! なんという僥倖でしょうか! 神はこの地を見捨ててはいなかったのです! クリア様! 感謝を! 心からの感謝を! 神に祈りを! はぁはぁ!」
「ち、近い」
「うわぁ」
軽い気持ちでイドに確認を取ってみようとしたが、なんかイドが押しやられるほどの迫力だ。
「ら、らいと」
「おう」
「へるぷぅ」
「あいあい」
珍しい。
「皇女様、イドが戸惑っております」
「イド!? イド様でしょう!?」
「正確にはイドリアルだ」
「イドリアル様! なんという高潔にして甘美な響き……」
離れなさい。
オレは平伏しているカリム区長に助けを求める。
「エッセーナ皇女殿下、それ以上は礼を失しますぞ」
「むう、ですが区長」
「いけませんぞ」
「はぁぃ」
若干拗ねながら、元の位置に座る。
「もういい? 戻って」
「とんでもございません! 是非同席を!」
「イド、ドーナッツ食べていいから」
「残る、リアナ。わたしにも紅茶を」
「畏まりました」
イドがドーナッツを皿ごと確保し、着席。
「はぁ、お食事をなされる姿も神々しい」
「た、食べにくい」
「シルドニアってのがこの大陸を統一した王らしい。お前の知り合いか?」
「シルドニア『様』だ使者殿」
「同族、同じ地区の戦士」
「おお、素晴らしい」
「変食家で有名。昆虫食」
「うえぇぇぇ」
「ご存じでしたか!」
「ええ、初代様のお食事は本当に……もう……」
「虫を求めて大陸中を走り回りお腹を壊しながら旅をしてた、らしい」
「酷い話だ」
「ある時、里に戻りこう言った『別の大陸がある事を知った。まだ見ぬ虫を食べたい』と。そう言って単身、海を渡った」
「世界樹より虫を優先するか」
真正じゃねえか。
「どの世界にも変わり者はいる」
「あ、はい」
そして変わり者認定をされた人のお孫さんがここにいる、と。
「シルドニアは元気?」
「ええと、多分?」
「たぶん?」
「あの、国が平定してから、その」
「王宮料理が口に合わぬと出ていかれました」
「ああ、わかる」
「やっぱ変人だなぁ」
「で、ですが成された功績は素晴らしいものです! 黒竜王の眷属をことごとく滅ぼし、人々の生活出来るエリアを拡大させ安定させていったのですから! この大陸で一番の使い手こそ初代様を置いて他ありませぬ!」
「そりゃぁエルフだもんなぁ」
「ん、黒竜王本人はともかく、眷属の1体や2体なら問題ない実力者」
「それが、そうでもなくてですね」
「?」
そうでもない?
「……黒竜王の眷属との戦いで武器を失ってしまいました。長い戦いの中で強力な武器はことごとく失われ、今では一部の武器を除いてほとんどは鋼鉄製……魔鋼鉄やミスリルの加工技術もドワーフの里が破壊されて絶滅、それ以外の武器も激戦区に取り残されたりして、ごくわずかの武器しか残っていないのです。流石に眷属の中でも上位の魔物との戦いの連続で初代様も満足な武器を無くされてしまい……魔導炉の作成技術はドワーフが独占していた為、新しい魔導炉が作れなかったのです。魔武器はダンジョン産しかなく、初代様のお力に耐えられる魔武器が必ず産出する訳では御座いません。仕方なく初代様は……」
「素手で殴った」
「その通りです! 流石はイドリアル様!」
「ん、普通はそう」
「普通じゃねえよ」
黒竜王の眷属ってことはドラゴン系の魔物だぞ。鱗を素手で殴るなよ。
護衛の人たちも頷いていらっしゃるぞ?
「しかし強い武器が失われたのは痛いな」
「一部の街にも魔導炉はあったのですが、酷使し続ける結果になりましたので」
「割れたか崩れたか」
オレの言葉に区長が頷く。
ミスリルや魔鋼鉄、それにオリハルコンや無駄に硬い魔物素材は加工するのに適した炉でないと精製出来ない。
「そうです。そしてそれらの技術を欲する為に船を作ろうにも、ベインの縄張りが広く、他の航路を開発せねばならなくなりまして」
「なるほどねぇ」
道理で150年も国交が途切れてたわけだ。
「ベインは恐ろしく強く、鋼鉄程度の武器では鱗に傷つけることすらできませんでした。万全な武装があればおじい様でも討伐出来ると考えておりましたが」
「別に無い訳じゃないんだろ? なんでやらせなかったんだ?」
「初代様を戦地の最前線に送る事など出来ぬ。彼の方はわが国最大の戦力であったが、その前に一人の王であらせられる」
「そういうもんか」
最前線に立つお姫様と王子様を知っているから違和感があったりする。
「幸いベインもここで巣食ってるだけで大きく移動しなかったので」
確かに居座られているだけであれば害はないのかもしれない。
「腕自慢が何人も犠牲になっておりますし、監視するだけに留めておいたのですが……」
ちらりとイドに視線が集まる。
「神兵たるイドリアル様のご活躍で、こうして無事にこの街を奪還出来ました」
「しおりも、一緒」
「え? あ、えっと。ぶい!」
てかそんな厄介な魔物だったんだな。エイミーの幻術で足止め出来たからとはいえ、栞とイドが強すぎたから全然気づかなかった。
そっぽむいて別の方を向いてた栞にイドが話を振ると、慌てて反応した。
なんか別の事考えてたな?
「まあライトのおかげ」
「そだねー」
そこでオレの肩を叩かないで欲しい。栞、頭に手を置くな。
「海に出ようにも、黒竜王の眷属と同格かそれ以上の魔物もおりますので。中々外の大陸に足を運ぶという事も……」
「そこはダランベールも同じだな」
船の建造は行っていたが、外海に目標もなく進むのは非常に危険な行為だ。
だからこそオーガ達の島みたいな場所が無事だったりするわけだし。
ダランベールも何度か国交の回復の為にこちらに船を送っているが、戻ってきた船はいない。そのベインに阻まれて、というか海中に沈められてるのかもしれないな。
新しい航路を作るというのも危険な行為だ。ダランベールからほぼ直線で西側に位置するこの大陸に、遠回りで行くには目標物が必要だからだ。
ちなみに空路は言わぬもがなである。そんな技術ないだろうし。
「さて、色々と話が逸れましたが」
「ええ、そうね」
「殿下、相槌を打ちながらイドリアル様を見つめるのはおやめください」
ここに来たのは別にこの世界の歴史の勉強をしにきたのではないのだ。
「ダランベールの使者として、皇女様とお話して欲しい相手がございます」
「話して欲しい相手?」
「こちらは遠方の者と会話をすることの出来る魔道具『遠目の水晶球』です。使用してもよろしいでしょうか?」
「はあ、危険はないのですね?」
「ライト作、問題ない」
「だいじょーぶっしょ」
「イ、イドリアル様がそうおっしゃるのであれば」
「では、っと。イド、ドーナッツ片付けて」
「今食べる」
「あ、手伝う」
栞とイドがぱくぱくぱく。
机の上にもこもこクッションを置き、バスケットボールサイズの透明な真球をセッティング。
オレがそのクッションに記載された魔法陣を起動させると、しばらく待つ。
「あの、これは」
「少々お待ち下さい。向こうでも準備をしているはずですから」
しばらくすると、向こう側の準備が出来たらしく、一人の男が水晶球の中に浮かび上がる。
『あー、あー。これで聞こえているか?』
「聞こえております、シャクティ王子」
『そうか、ご苦労。無事にハイランドについたか?』
「ハイランドは既に滅んだそうです」
『何!?』
「そして新しい国が興ったそうです。そちらの王女……皇女様が今同席されています」
『はぁ? おい、何をいきなり! 状況の報告とかじゃねえのか!?』
「お前、そういうの面倒だろ」
『ちょっと待て! 着替えて来る!』
その恰好でいいんじゃねえの?
なんか水晶の向こう側でばたついている。
『お待たせいたしました。ダランベール王国第2王子【シャクティール=ダランベール】だ』
「! お初にお目にかかりますシャクティール王子。シルドニア皇国第2皇女【エッセーナ=ハイナリック=シルドニア】にございます」
驚いた表情を一瞬見せた後、エッセーナ皇女が顔を引き締めて挨拶を行う。
『突然のお話申し訳ない、ダランベールの使者ライトロードは少々性急な性格でな』
「いえ、貴重なお話を聞かせて頂きました。それにこうして他国の王子との知己を得る貴重な機会を得る事が出来た事、光栄に思いますわ」
『ははは、それに関してはこちらも同意見であるな』
「それで、長らく国交を途絶えていたこちらの大陸に使者を送られた御用向きをお伺いしても?」
『長らく互いの手を離れていた土地、人々を鑑みての行動であったと理解して頂けると幸いだ』
「左様でございますか? ご心配頂きありがとう存じます。我らは我らの地で、こうして無事に生きながらえております。ハイランド王国の時代よりも、強く」
『そうであったか、それは安心だ。今度は使者ではなく使節団をそちらに送ろうと思っておる、良しなに頼む』
「それは喜ばしいお話ですわ! 是非いらしてください! 皇帝陛下にもお知らせさせて頂きますわね!」
『ああ、今日は良い機会に巡り合うことが出来た。そうだな、3日後の今日と同じ時間でまた会談を行うと言うのはどうだろうか』
「素晴らしいご提案をありがとう存じます。ですが女の身である私の事を考えて頂くのであれば、10日は時間が欲しいと思います。このような鎧姿で王子とお話するには、私も恥ずかしく思いますので」
『……勇ましい姿は誇れることがあれど、恥じる必要はないと思うが。しかしエッセーナ姫がそうおっしゃるのでは。しかし10日は待てぬな。せめて5日後ではいかがだろうか?』
「あら王子、たった5日で私に相応しいドレスが仕上がるとお思いで?」
『……了解した、10日後のこの時間にまたお会いしよう。楽しみにしておくよ、美しい姫君』
「素敵なお言葉、ありがたく存じますわ」
『ああ、一つ忘れていた。我が使者ライトロードとその従者達をそちらに逗留させていただく許可を貰っても?』
「勿論ですとも! 精一杯歓待させて頂きますわ」
『ははは、使者といってもライトロードはただの手紙の運搬役のようなものだ。ライトロード、拠点はそこでいいか?』
「ええ、構いませんよ」
『であれば、ライトロード。姫のお許しを頂けた。そちらに逗留せよ。護衛もいらぬよな?』
「イドより強い護衛がついてくれるなら大歓迎です」
「それは、少々酷という物ですわ、使者ライトロード」
「では、まあ必要はないですかね。一応安全は確保できたつもりですし」
『ならば良い。では姫、10日後に』
「ええ、楽しみにしておりますわ」
二人の間で会談の約束が取りなされた。
とりあえずこれでオレの仕事が一つ終わったわけだ。
どの世界にもエルフフェチが一定数存在するとオレは信じている!