新たな領地と錬金術師②
「……姫様のところに行くぞ。我々では決めかねる内容だ」
「じゃあ早速」
「阿呆、まずは使者を立てて面会の許可じゃ。お主貴族ナメすぎじゃぞ」
あ、そうでした。
「ですが、ライトロードの帰還の報告をすればすぐに時間を作って頂けるかもしれないな」
「なあなあジジイ、オレの要件の方なんだけど……」
すぐの面会が無理ならば、ジジイに用事があるのを片付けたい。
「おお、そういえばワシに用があるといっとったな。何用じゃ?」
「ミスリルゴーレムの核ない? 無傷なやつ」
ヘイルダムで回収したミスリルゴーレムの亡骸は核ががっつり傷ついててドッペルゲンガーに使えないのである。
「あるにはあるが、お主まさか手に入れたのか?」
「うん」
「くうううう! やらん! 絶対にやらんぞ! ワシから従者を奪おうと画策しているうえに! 更に自分の従者を増やそうというのか!?」
そうだよ。
「ついでにドッペルゲンガーの躯と相性のよさそうな素材、魔力が潤沢なタイプの素材もあったらくれ」
料理用のドッペルゲンガーで水溶液を大量に消費したからそれも補充したいのだ。
「お主、人の話聞いておったか?」
「もし、フィーナが領主代行に任命できるようなら『女性型』のドッペルゲンガーの躯を提供しよう」
「ほ?」
鼻の穴膨らんだぞすけべじじい。
「ついでにジジイの研究棟の作成許可も出しちゃおうかな? こっちの素材で何が出来るか調べたくないか?」
「道長、共に錬金術の極意を極めようぞ」
がっちり握手。
でもオレもじじいもビルダーだからな? 別に錬金術専門じゃないぞ?
「面会許可が出ましたが、その」
シャク殿下の従者の人が戻ってきたと思ったら、後ろから人々の群れが顔をだす。
「ライトロード! 貴様よくもおめおめとわたくしの前に顔を出せますね!」
そっちから顔を出したんじゃねえか。と思わず言いたくなるが、我慢だ。
「お久しぶりです、エッセーナ皇女殿下。アラドバル皇太子殿下ともお会いしましたよ。お二人とも顔立ちが似ておりますね」
「叔父上に何をしましたか!?」
心外な。
「一緒にアンデッドの群れと戦ったりしましたよ。今は修行の最中じゃないですかね」
防衛はエイミーの張った幻術の魔法陣の中で、それ以外の時間は攻勢に出ると殿下が決めて、絶賛戦闘中のはずだ。
アンデッド相手にケンブリッジさんに鍛えられているはずである。
「皇都に向かっているのではなかったのです? なぜこんな東の果てに戻っておるのです。陛下が待っているはずですよ」
「アラドバル殿下と向かっている途中だったんですけどね。アンデッドの群れに襲われてしまいまして」
「……そういえばこの辺でもアンデッドを良く見るようになりましたね。何か起きてるのですか?」
そっちはディープ様のトコの眷属達が頑張ってる頃だからそのうち解決すると思いますよ。
まあこの情報は人には言えないけど。
「あ、そうだ。ハインリッヒさんを知るアラドバル殿下もお呼びした方がよろしいでしょうかね」
「何を?」
「ちょっと連れてきますので、場を整えておいてください」
「あまり簡単に転移門を使うでないわ」
「オレ達以外使えないから大丈夫」
ジジイにも作り方や素材を教えてないからね。
「彼女がエッセーナ。兄上の娘で、私の姪です」
「ほっほう、鍛えがいのある孫だけでなく、こんなにも可愛い曾孫が儂にはおったんじゃの」
「そ、そんな……可愛いだなんて……」
翌週の夜です。色々と人を連れてきたり話し合いの場を作ったりで日数がかかりました。
エルフフェチのエッセーナ殿下はケンブリッジさんにメロメロだ。
そんなケンブリッジさんも新しい曾孫にメロメロである。どうでもいいけど剣返せよ。
「ら、らいとろーど! かかかか!」
「か?」
「感謝です! まさか曾祖父様にお会いできる日が来るなんて!」
「どーも」
「じいちゃんでええぞい」
「は、はい! では、お、お爺様と!」
ケンブリッジさんが戦いの場以外で役に立つとは思わなかったぜ。
「それで、私はなんでこの場にいるのですか?」
「いいじゃない、ハインリッヒさん。内緒の会談って事で」
「……無茶苦茶しますね。こんなこと口が裂けても街の人間には言えませんよ」
ハインリッヒさんは本人の都合で今日からの初参加だ。シルドニア側は時間が足りなくて大慌てだったそうだ。
「ハイン、俺はまたお前と話せてうれしいよ」
いっぱい人がいます。正装だったりドレス姿だったりで目がチカチカしますね。
ここはエッセーナ皇女殿下が駐屯地として作成した屋敷の一角。大人数での会食をする時にと用意された一室です。
この港町で一番大きな建物。
「ああして行ったり来たり簡単に出来るのはずるいのぅ」
「いかにも、正直あの技術が欲しいです」
「使っているご本人がのほほんとしてますが、とても危険な技術なんですけどね」
聞こえてるぞフィーナ。
会談のメンバーがそれぞれ挨拶をして、席に着きました。
ダランベール側は、シャクティール殿下、ジジイ、フィーナ、それと殿下のお付きの何人か。
シルドニア側は、アラドバル皇太子殿下、エッセーナ皇女殿下、ハインリッヒさん、それと同じくお付きの方々。
オレの横にはエイミー、後ろにイリーナが立ってます。ケンブリッジさんはエッセーナ殿下の頭を撫でております。
なんでもオレが単独で参加するのは良くないとの事で、エイミーをめかしこんで投入。うちの嫁さんめっちゃ美人。本人は黙っちゃったけどね。
「さて。それぞれある程度お話が出ておりますが、この港町を統治するにあたり、シルドニア、ダランベールからそれぞれ代表者を出して共同統治するという事になるのですが……」
「い、異議ありですわ。ここはシルドニアの土地! 現状、代官こそライトロードですが、本来であればシルドニアの人間が統治すべき土地ですもの!」
「そうは言いますが、現在この土地の大半の人間はダランベールの人間です。食事や文化形態もダランベールに合わせた様式が主流であり、建物もダランベール式で建てられております」
「ですが食料はこちらが用意しております。シルドニア国エリア:ウルクスからの供給が無くなれば、この都市は干上がりますわよ?」
いきなり脅しに掛かるエッセーナ殿下。
幸い言語は同じだったから意思の疎通は出来るが、こちらに取引に来る商人達の考え方は基本的にシルドニアの者達だ。
魔法の袋で大量に用意しておいたとはいえ、いまだにこの土地では食料の生産は海産物が基本で、それ以外はほとんどが外から購入する状態だ。
一応船便で届きもするが、船もそこまで往復は出来ない。
農地の開拓も始まっているが、まだ収穫はジジイのイカサマ頼りで街を一つ賄う程のレベルではない。
「すでにダランベールから何度か船が来て補充している。ダランベールからの船便の本数が増えれば解決する問題でありますな」
「あら、毎回船が無事に到着するとは限りませんわよ?」
ケンブリッジさんのお膝に手を乗せながらしゃべるから緊張感が足りない。
「どうでしょうな。今のところ予定していた船便はすべて到着しておりますのでなぁ」
もっとも、船便で運べるのは湿気に強いものや腐りにくい物ばかりだ。限界はある。
小麦や一部の野菜は、ダランベール側もシルドニアから買っている。
その代わりシルドニア側には魔道具や魔法の武器を卸して外貨の獲得をしている。
ウルクスの領都、ライナスには魔導炉はすでにあるが、防衛のために領軍への武具の供給で手が足りていないのだ。
現在の取引のレベルでいえば、ダランベール側の丸儲けである。単価が違うからね。
「食料に関していえば、我らの商人もそちらに顔を出させて頂いておりますからな。ウルクスでは良い関係を築けているのでその関係が崩れない事を祈っております」
ダランベール側も、独自でウルクスの領都以外の街や村まで足を運んで購入をしている。もちろん付き合いもあるからウルクスの御用商人も使うが、すべての街や村での購入の制限は出来ないからダランベールにも独自のルートがあるのだ。
「むしろ我々はライトロードに信を受けれる人材に任せるだけで良いと思っている。そこにわざわざシルドニア側の人間を置こうという話も本来であれば要らぬこと。これは互いの関係をより良い方向へと考えであったがいかに?」
「であったとしても、そちらの指名したハインリッヒ卿はシルドニアの人間ではございませんわ。これでは話になりません。わたくしがその立場に立ちます」
「そちらがそのつもりであれば、俺が立たねばバランスが取れないだろう。そうなると、お互いにどうなるかわかっておりますな」
「……そうですわね。ですがそれは理解しておりますわ」
それは互いに王位を諦めるという事だ。
シャク王子は元々自分の兄である、ウォルクス=ダランベール第一王子を立てているからそこまで痛いとは思っていない。
ウォルクス殿下は既に結婚もされており、跡継ぎにも恵まれている。
シャク王子は現状ウォルクス殿下の予備ではあるが、本人は王を継ぐとは思っていないのだ。
だが少なくとも、ウォルクス殿下の小さい子供達がある程度育つまでは自分の立場を変えるべきではないと思っているだけである。
エッセーナ殿下の最後の呟きは、彼女の覚悟を感じるのには十分な一言だった。
アラドバル殿下とハインリッヒさんは目を見張り、ダランベール側の面々も目を細めている。




