錬金術師と戦闘狂の里⑨
「オレ、石化の回復薬、結構置いていったと思うのですが……」
礫の悪魔の行動範囲が広く、また、戦場も混沌としていた為、すべての石化された生き物はそこら中に点在していた。把握できるものではなかった。
礫の悪魔によって石化されたものは、簡単には破壊出来ない。また、周辺の魔物とまとめて石化させられたエルフもいたので、石化の解除に慎重にならないといけないのもあった。
それらすべてにオレが対応するわけにもいかず、また、後々で見つかってもいいように、エルフ達には石化を回復させることの出来る薬を大量に渡していたはずだ。
「ええ、貰ったわよ?」
「そうなんですか? じゃあ」
「でもね、ちょっと解除できない理由があったんだ」
エインシェルさんが自分の夫の石像に息を吹きかける。埃かぶってるじゃん、可哀想だよ。
「3年も4年もそのままだったんですか」
「この人だけじゃないわ、他にも多くの同胞がまだ眠ったままよ」
「一体何が……」
「まああたし達らしいといえばあたし達らしい理由なんだけどねぇ」
苦笑しながら、こちらに戻ってきた。
「敵の攻撃を受けて、石化。我が父ながら情けない」
「ほんとよね」
娘二人は父に厳しいらしい。
「あの戦いの後で、世界樹の周りでこうしたエルフやエルフ以外の生き物の石像が多く見つかったわ。あの人もそんな中の一人。他にも多くの同胞が未だに石のままでね。困ってると言えば困ってるんだが……まあその分静かでいいさね」
「エインシャルさん……」
エイミーが静かに息を飲む。
「道長ちゃんから貰った薬を使って治そうと、この石像は一か所の里に集められてたさね、でもそこでとある魔物が発生したのさ」
「魔物」
「バズライトニング=ベリー」
「バズライトニング=ベリー?」
「まさか! あの幻の!」
オレは聞き覚えが無いが、イドは知っていたらしく立ち上がった。
「た、た、倒したの!?」
「ああ、3日3晩かかってようやくね」
「すごいっ! どうだった!?」
「もう死んでも後悔はないって……あたしじゃないけど」
「その場にいたかった」
イドが魔物の名前で興奮している。その幻の魔物、相当なんだろう。
「その魔物って? あたしでも勝てるかな?」
「ん、栞がいれば楽だと思う。わたしもエルフの里で生まれて一度も遭遇してない」
「300年ぶりだったからねぇ」
「どんな魔物なんですか? それに石化を治せない理由って?」
300年ぶりに姿を見せた魔物か。聞くだけで恐ろしい。
「超高速で動き回る、大きさは拳大くらいの大きさのカブトムシみたいな魔物。それが石像の一つにとまっててね」
そこでエインシャルさんがため息をついた。
「戦の後の宴があった翌日だった。そこには多くの同胞が集まってて、それを目にした年長者のエルフが言っちまったんだ『バズライトニング=ベリーだ!』って」
ゴクリ、と誰かの喉がなった。
「戦士達は各々肉体操作系の魔法をして、そのベリーに殺到した。あいつの角の先に生るベリーは天に上るほど美味らしいからねぇ。エルフ達に伝わる伝説の食べ物さ。多くの同胞が飛び掛かり、高速で逃げまわるベリーを追い回し、協力して包囲し、時には裏切り、我先にとベリーに群がって阿鼻叫喚の世界となったのさ。エルフ同士の殴り合いや、潰しあいも起きた。怪我人も多く出たねぇ」
「は?」
「ようやく1人が捕まえて、そのベリーを食べて、そのあまりの味に昇天しかけ、味の解説と独演会が始まり、それが終わったのは2日後。その時に一人のエルフが気づいたのさ」
「はあ」
「『石化の回復ポーション』割れてこぼれてる事に」
「くだらねえええええええええ!!」
流石エルフ、こいつら本当にダメな種族だ!
「あっはっはっはっ。まあ無事な薬もあったから何人か戻せたけどね。って事で道長ちゃん、頼まれてくれないかい?」
「また作ればいいけどさ!」
「500人分程頼むよ。魔物とか石化したままの植物とかも治したいし、いまだに見つかっていない仲間もいるかもしれないからね」
「材料足りねえ!」
オレが文句を言うのは、正当な権利だと思うんだ!
「まあ、ストックの薬が少しはあるんで。とりあえずイドのお父さん治すか」
貧乏性のオレは一度作った薬は多めにストックを用意しているのだ。
「ああ、すまないねぇ、頼むよ」
「はいはい」
そういいながら、イドの親父さんに薬を振りかける。これは液体だが、頭からかければ問題ないタイプの薬だ。
「これで治るはず」
「っ獄の火炎球!!」
あ、死んだ。
そう思った瞬間であった。
「いやぁ、すまないねぇ。まさかイドちゃんの旦那が目の前にいるとは気づきもしなかった」
「いえ……」
どうやら魔法の発動直前だったらしい親父さん。目の前で直したから思いっきり魔法くらっちったよ。
旅装束のままでよかった。これ、火というか、全属性に耐性がある装備だから。
まあ衝撃で吹っ飛ばされたし、家も半分吹き飛んでるけど。
「あんた、あとで家直しなよ」
「うう、すまないママ」
そんな親父さん、絶賛正座中。
家、吹き飛ばしたからね。
「ジェシカ」
「は、はいっす!」
「ありがとう」
「奥様をお守りするのは当然っす!」
なんでも身重のイド (まだ全然動ける) をジェシカが身を挺して守ったらしい。
栞はエイミーを抱えて、リアナも掴んで後方に退避したそうだ。
「でも、邪魔だった」
「辛辣っす!」
背中にダメージを受けたジェシカは、うつ伏せになってイドの膝枕&リアナの回復魔法中だ。イドの膝枕羨ましい。
セーナはお茶ごと退避、イリーナはオレを守ろうと動いて間に合わず一緒に吹き飛んだが無傷だ。イリーナ強い。
「あるじ、ごめんなさい」
「大丈夫。イリーナはオレを守ろうと動けただろ? 十分だ」
あんなの時を止めるレベルじゃないとよけれん。
幸いオレはジェシカより先に回復してもらってる。
「そうか、戦争は終わったのか。次の戦争はいつかな?」
しらねーよ。
「それで、道長君。イドちゃんにお子さんを授けてくれたそうだね。良くやった、イドのパパとしてお礼したい。ありがとう」
「い、いえ。こちらこそお父さんに断りもせずに子供を」
「ん? 何を言ってるんだい? イドちゃんが欲しいって言ったんだろう?」
「え、っとそれは」
「しかしイドちゃんがとうとうママか。嬉しいなぁ」
「はぁ」
「子供はどうするんだい? ここで育てるのかい? それとも別で? 出来ればここで育てて欲しいなぁ。イドちゃんの子だもの。絶対可愛いに決まってる。嬉しいなぁ『おじいちゃん』って呼ばれたいなぁ」
「まあ絶対可愛いに決まってますよね。イドは口数が少ないけど、照れ屋で結構感情が顔に出ますから、そういう表情がたまらなく可愛い」
「そうなんだよ道長君! あの子は昔から人より何でもうまくこなせる子だったんだけどねぇ! 時々大人に負けたりすると膨れながら俺に聞くんだ。『どうすれば勝てるの』ってね! 涙ぐんでも自分は泣いてないぞって感じて可愛いんだ。ああ、道長君も俺の事はパパって呼んでくれよ?」
「パパさん、イドの子供のころの話もっと詳しく」
「二人ともいい加減にして」
「あんたらね! 先に家直しなさいな!」
「み、道長くん。話逸れてる」
「それとイドっちがダメージ受けてる。でもイドっちの子供のころの話もっと聞きたい」
「し、しおり、それはフェアじゃないわ」
むう、仕方ない。まず、家をとっとと建て直すか。
あ、石化の回復薬も作らないといけないから転移ドアも設置しちゃおう。えーっと、テントを掛ける柱がここで、布を受ける支柱がこれで。
ん? トイレかここ。壊れてるしぼっとん方式か、下にスライムかな? 管通して水洗にしよう。
「イド、風呂はー?」
「ないわ」
じゃあ作ろう。こっちがお風呂場っと。流石に布は水を弾きカビない水生の魔物素材の皮製がいいな。なめしなめし。シャワーに水の魔道具も付けて、うん。水出るね、温度調整もおっけー。水もさっきの管を通してトイレにもいくように。
スライムのとこに水が捨てられるようにしてっと。
んー。リビングついでに少し広げちゃおう。オレ達のせいで手狭だし。
ん? セーナ何? ああ、キッチンに蛇口ね、はいはい。こうなったら上水管と下水管に分けるか。魔道具の位置変更してつなげ直しだ。
スライムの穴も広げないとだな。
「な、なんかすごいな道長君は」
「始まっちゃった」
食料貯蔵庫か。少しこっちも被害出てるな。傷んでる食べ物もある。こんなものイドには食わせられないな。回収回収、ついでにイドの好きなベヒーモスの肉とバランスを考えて野菜も置いておこう。
ダメにならない様に低温陣も布に塗り込んで、ダメだ。これは外の布ごと交換で新しいのにしちゃおう。
「ひゃ、なに!?」
「あ、さーせん」
布が壁だから外したら外だった。通行エルフを驚かせてしまった。
まあいいや、こっちにも支柱おいてっと。
「イリーナ、固定よろしく」
「はいです!」
イリーナが柱固定してる間に布を繋げて大きくして魔化させないと。
「縫いますね」
「よろしく、リアナ」
「ご主人様、子供部屋が必要よ」
「確かに、セーナの言う通りだな」
気の利くホムンクルス達である。
子供部屋は頑丈にしつつも、壁にぶつかったりしても怪我しないように柔らかい素材を使わないといけないな。なんかあったっけ……世界樹のダンジョンに神鳥がいたな。
「神鳥クラウシスの皮と羽毛と分けて……」
「ねえ、あれ……」
「く、クラウシスだと?」
こんなもんでいいか。さあ親父さん、さっきの続きをしようぜ。
「ただいま。なんか家がでかくなってるんだけど」
あ、妹ちゃんおかえりなさい。




