錬金術師と戦闘狂の里⑤
ヘイルダムから進むこと約2時間。
先導する騎士は馬を走らせることもせず、ゆっくりと道を進んでいく。
今通ってる道は街道らしく、魔物も人を襲うような事のほとんどない草食の魔物しか見かけていない。
まあそれでも魔物なので、こちらから手を出せば攻撃してくるものがほとんどらしい。
最初の内は、アラドバル殿下と話をしながら移動していたが、2時間も話を続けると話のネタが無くなっていく。
どうしても静かな、馬とだっちょんの足音と馬車を轢く音しか聞こえない時間が出来てしまう。
どうせ暇だし、御者台に乗りながら何か作ろうかなとか思っていた時だ。
「イドさん、ごめんなさい。道長くん、少し止められる?」
「どした?」
だっちょん馬車の中からエイミーが御者台に顔を出して、オレに声をかけてきた。
「イリーナちゃん、だっちょんの手綱をお願い。栞ちゃん、セーナさんと変わって」
「何なにー?」
「アラドバル殿下、うちの女性陣が休憩したいそうだ」
「む? ああ、確かに結構進めたものな。御婦人には辛いだろう。了解だ」
アラドバル殿下の言葉に周りの騎士の面々も頷いて足を止める。
「ヘイルダムと周辺の村々を繋げる街道だから、そこまで危険な魔物も出ない。今は騎士団が近くにいるからある程度駆除も出来ているはずだ。安心してくれ」
「悪い、ちょっと中見てくる」
珍しく仕切ったエイミーの言葉に従い、栞セーナ、イリーナも動く。
栞とオレが中に入ると、遮音の結界をエイミーが起動させて、こちらを真剣に見つめた。
「あのね、しっかり聞いてね」
「待って、エイミー……自分で言いたい」
「うん? イド、顔色が少し悪いな。大丈夫か?」
「ダメ、でもダメじゃない」
「イドっち、こういう時に無理しちゃダメだよ? イドっちも冒険者でしょ」
栞の言葉にイドが頷き、オレの腕の袖を掴んだ。
「ごめんなさい、ライト」
「何を謝ってるんだ。今日はしおらしいな」
少し項垂れて下がっている頭を、ゆっくり撫でてあげる。
「あのね」
「うん」
「ちょっと気分が悪く……」
「イドさん?」
エイミーの笑顔が濃くなる。あれ? 怒ってる?
そんなエイミーを見たリアナが優しくイドの体を撫でる。
「イド様、マスターにしっかりとおっしゃって下さい」
「ん。ライト、あのね」
イドはオレの袖から手を離して、自分のお腹に手を当てた。
「ライトの子。授かれた」
「は?」
イドの一言に、オレの頭が真っ白になってしまった。
「えっと?」
「マスター、おそらく2ヶ月くらいではないかと」
「こ、ど、も?」
「子供。とうとう、貰えた」
「でも、旅を続けるからって薬を渡したよね……効かなかった? あ、耐性が付いたのかもしれない……」
「違う。薬は飲んでなかった。それに別の薬を飲んでた」
「へ?」
「出来やすい薬。その、授かりやすい日を調べる薬も使ってた」
マジでですか?
「そんな物どうやって……」
「アリアナがエリクサー作れるって聞いたから。栞とエイミーの分ももちろん」
そう言って、ポケットの中から錠剤と謎のシートをいくつも取り出していた。
確かに、アリアナさんならその手の薬は簡単に作れるだろう。
「え、でも。オレの、子……?」
「道長くん、その反応はダメだよ? イドさんが道長くん以外の子を宿す訳ないじゃない!」
「お、おう」
エイミーさんがぷんこらしてる。可愛い。
違う、そうじゃない。
「間違いありません、マスター。イド様の中に新たな息吹を感じます。マスター、イド様。おめでとうございます。リアナは嬉しいです」
聖女の力を引き継ぐリアナの言葉だ。間違いないはずだ。
「よ、よし。取りあえず帰るか。ここじゃ出産も出来ないものな」
「いや、まだ全然先だし」
「マスター、落ち着いて下さい」
「みみみみ、みっち! びょういんっ! びょういん連れてかなきゃ!」
「そそそ、そうだな! うん! 病院だな!」
「二人とも、病院なんてないよ……」
そうだった! 自分でなんとかしないと!
「えっと、妊婦にいい薬、薬? 栄養剤的な? いや、ご飯か、そういえばイド、今日お代わり3回しかしてなかったじゃないか! お腹冷やすのはまずいよな。取りあえず毛布と……それと、何がいい。ああ産婆が必要だ!」
「うわぁ、みっちーが全力で錯乱してるぅ」
「ライト、布で埋もれるわ」
「こここ、これが落ち着いていられるか!? 栞っ! イドの子だぞ!? 絶対可愛い子が生まれるっ!」
「ああ、うん。落ち着いてね、本当に」
栞が急に冷めてるっ!?
「道長くん。流石に悪阻が始まってるからイドさんに馬車の旅は無理だよ。扉で……」
オレはエイミーの言葉も満足に聞かずに、イドを抱きしめていた。
そしてイドの頬に、優しくキスをする。
「イド」
「ん……はい」
オレは思いっきり息を吸い込んで、イドに今必要な言葉を探す。
「結婚しよう」
「……いいの?」
「ああ、しよう。結婚」
「うん、喜んで」
赤い顔と、今まで見た中でも最高の笑顔でイドが頷いてくれた。
イドと結婚する事になりました。




