錬金術師と戦闘狂の里③
「と、いう訳で。いよいよ皇国の首都ハイナリックへ移動する事になった」
「お迎えきちったかぁ」
「どちらにしても移動する予定でしたもんね」
「むう」
諦めの言葉と、了承の言葉。そして若干一名不満の声。
イドだ。
「まあイドっちは嫌だよねぇ」
「イドさん、注目の的だから」
「嫌、だけど……仕方ない」
イドはエルフっていうだけで注目されてしまっている。この国の王族、皇室か。それの開祖と同じエルフというだけで崇められているのだ。
「移動するとなるとここの工房を畳んで移動になるからな」
「え? そうなの?」
「残念だね。アーニャさんやアリアナさんとも仲良くなれたのに」
「……向こうにダンジョン、ある?」
「あ、どうなんだろう」
「自由に入れるダンジョン。無いならわたし、向こうに帰る……」
「拠点かー。妖精の工房だっけ?」
「元となったアイテムは妖精の隠れ家って名前。これダンジョンでもある程度深い場所じゃないと入手出来ないんだよなぁ」
ここのダンジョンはダンジョン産のアイテムでしか攻略されていないので、一定階層以下にいけていない。
階層全体でどれくらいなのか分からないが、出現している魔物から考えると下層の上部までしか攻略されていない。
ダンジョン攻略組と呼ばれる連中はおらず、というか一定階層までいけるレベルの人間はダンジョンの氾濫を防ぐチームに編入されてしまう。
冒険者ギルドも自分の街を守るために必死なのだ。こういうシステムが初めから組み込まれている。
「向こうにいけるとしても、ここが使えなくなるのは、ちょっとしんどい」
「そっか。じゃあ妖精の隠れ家、探すか。今なら以前より早く作れるだろうし」
オレの言葉に驚くイド。
「いい、の? ライト、帰りたいのに」
「多少遅くなっても別にいいよ。なあ? 栞、エイミー」
「もち!」
「私も問題ありません」
その言葉にイドの顔がほころぶ。
「じゃあ急いでダンジョンを滅ぼさなきゃ」
「極端だなぁ」
「それならさ、持ってそうな人に心当たり、あるんだけど」
「ほんと? 流石エイちゃん!」
「エイミー、いつの間に」
「いや、持ってるかどうかは、わからないですけど」
顔を赤くして委縮するエイミー。
「ノーヒントでダンジョンを探し回るよりはずっといいな」
「そうだね!」
「それ、だれ?」
「名前まではちょっと……」
「知らないのか」
こくん、と頷くエイミー。
「どういう事?」
「たぶん、持ってるとは思うけど、誰かは分からないです」
「そうなの?」
「うん。えっと、ダンジョンの氾濫止めてる人たち、100年以上ダンジョン内に籠ってる人たちなら代々受け継がれてるアイテムがあるんじゃないかな。妖精の隠れ家ってダンジョン内で休憩できるレストルームだから。もちろん、そういうのがダメになった時の為のストックも」
「おお!」
「エイミー天才」
「なるほど、確かに持っていそうだな」
「だよね……あとは、貰えるかどうかだけど」
「そこは交渉次第だな。まあオレが話せばいいだろ」
「ダメなら最悪、力づく」
「イドっち、ダメでしょ……」
「取り合えず冒険者ギルドのギルドマスターに聞いてみるか」
ダンジョン産の魔道具は一度すべてギルドで回収しているからだ。
このシステムはかなり強固で、ギルド職員や周りの冒険者すべてを敵に回さない限り回収を防ぐことが出来ない。
「うん、あるといいね」
「まず探して、その上で妖精の工房の作成だな。2ヵ月くらい必要かな」
「おお、随分短縮!」
「そう、なの?」
「最初の工房作った時は半年以上かかったからね。今使ってるここは2ヵ月くらい」
「短くなった。なんで?」
「えー、魔力の色的なあれこれです」
前はクラスメート達の魔力を魔力貯蔵庫と呼ばれる魔道具に入れてオレの魔力で上書きして、オレの魔力と同質のものに作り変える必要があった。
しかし、蘇生した栞とエイミーの魔力の質が、オレの魔力の影響を受けているので加工する作業に時間を取られる必要がなくなったのである。
「そう。わたしも既に、ライト色。だから手伝える」
「あー、すっげえ恥ずかしい」
「ふふ、わたしも少し恥ずかしい。でもそれ以上に誇らしいわ」
何度も体を重ねあってると、魔力の強い側の人間に魔力が染められる事がある。
イドにはそれが起こっているのだ。
「負けられない」
「私も、頑張らないと」
「恥ずかしいっ!」
「えっと、自分も頑張った方がいいっすかね?」
「……ライトの子供が、欲しいなら」
「それは覚悟のいる話っす。でもライト様が望むなら受けるしかないのが自分の立場っすから!」
ジェシカさん、そんな期待した視線を向けないで下さい。男は下半身で生きてるので。
金の力と上質の魔法の武器、それと被弾したら危険な魔導士を守る盾の魔道具をちらつかせることにより、無事に妖精の隠れ家を冒険者ギルドで入手。
アラドバル殿下には2ヵ月後に迎えに来てもらう手はずになった。
勝手にそっち行くっていったけど、是非迎えに来るって言ってたので、渋々である。
魔力貯蔵庫に全員で魔力を毎日注ぎ込み、それらの魔力を使い世界樹の板に【拡大・縮小】の魔法陣を日々施し続ける。
アングリーラビットという、普段は普通の兎のサイズなのに怒らせると熊くらいのサイズになって暴れまわる意味の分からない魔物の魔石を元に作成した命の水溶液で魔法陣を板1枚1枚に施すのだ。この作業だけで1ヶ月半くらい時間がかかった。
こうして作った世界樹の板を縮小させて小さなブロックにし、ミニチュアの家を作成する。
栞、エイミー、イドと3人で作業だ。
一応それぞれがプランを作って紙に書いてきたらしい。
「こうやって作ってたんだね。シルバ○アの家を作ってるみたい」
「まあ実際にやってる事は変わらないからな」
「あたし、部屋丸くしたい!」
「家具の形に困らない?」
「家具も丸くする!」
「それ、作るのオレだよな」
3人が家を作成している間に、オレは妖精の隠れ家から魔核を抽出する。
元々の妖精の隠れ家は2人用のテントくらいのサイズしかないので、作成する家の大きさに合わせて魔核を大きくしないといけないのだ。
「工房はこっちで、店舗部分どうしよう……」
「ここでは結局商売しなかったしね。いらないんじゃない?」
「ん、その分リビングを広くしたい。新しい家族の為に」
「そうだね! 目指せ野球チーム!」
「9人分か!?」
「ひ、一人3人? 頑張らないと……」
「やきゅうって何?」
「補欠もいるぞー?」
「やめてくれ、ホントに」
イドの言葉に悪ノリする栞。
こっちにいる間に子供なんて出来たら大変だ。一応避妊はしている。一人を除いて。
そんな会話を交わしつつ、躱しつつ、オレは抽出した魔核の成分を調査する。
以前調べた時にわかった事だが、妖精の隠れ家の魔核は刻まれている魔法陣も属性もまちまちだった。
過去のデータは残してあるが、ゼロから再現しようとしても何故か失敗するので、大元の魔核を一度溶かして、魔力最大値と属性値を等倍で増やし魔核に再度魔法陣を描き込む方法しか今のところ作成できていない。
もう少し簡略化出来そうだし、大元の魔法陣をもっと研究しておけば魔核も作れるような気がするが今のところ出来ていない。
同じ分量の魔力と属性値で魔核を使って魔法陣を描いても成功しないのだ。意味わからん。
「質量と魔力量に対して、微妙に遊びというか空白の部分があるんだよな。なんなんだろうか」
オレでは知覚出来ない何か別の要素があるんだと思う。
考えても分からないので、魔核を溶かして、その魔核に合う比率で赤、青、緑の水溶液に混ぜ合わせていく。
反発する属性があるので、定着液も必要だ。ハクオウ万歳。
「こっちにもアングリーラビットの魔石を使わないといけないんだよな」
【拡大・縮小】の魔法は魔法陣を描くだけでは発動しない。その魔法の特性に合った素材が必要なのである。
アングリーラビットの骨や軟骨、血液。それらを長く使うように劣化を防ぐべく、エルダートレントの根、不滅の瞳と呼ばれる一つ目蝙蝠の目玉、そして動物系の素材と植物系の素材を嚙合わせる為に世界樹の葉を砕いて投入。錬金窯で均等に混ぜ合わせていく。
魔力を込めながらじっくりコトコト煮込んでいくと、錬金窯の色が徐々に薄い赤になっていく。
「やべ、世界樹の葉が足りない。エイミー、ちょっとそこの葉っぱ2枚ほど刻んですりつぶして」
「うん、わかった」
栞やイドと違い、包丁が扱えるエイミーにお願いする。
「このくらい?」
「ありがとう」
追加で投入、赤い色に向かいかけていた液体が薄い紫を通して青、そして緑色に変化していく。
赤くなってたら失敗なので、世界樹の葉で微調整。これで大丈夫なはずだ。
「道長くんも失敗するんだね」
「そりゃあ、そうさ」
「珍しい」
「みっちー、なんだかんだで何でもそつなくこなすイメージだよね」
「もしそうだったら、ダランベールの王城でジジイと一緒に爆破事件なんかおこしてねーよ」
「そんな事あったね……私、部屋近くてすごいびっくりしたんだよね」
いやあ、あの頃は色々楽しかったなぁ。人が近くにいると使えない爆弾の類をいっぱい作った。結局使いきれずに残ってるし。
聞きながら、先ほど作成した妖精の隠れ家の魔核を溶かした液体を流し込む。
これらを入れつつ、魔力を更に込めながらグルグルと混ぜ込んでいく。
「道長くん、エーテル飲んで?」
「あ、わかった。ありがとう」
「エイちゃんがポイント稼ぎしとる!」
「エイミー、小ズルい」
「そ、そんなんじゃないよ!」
エイミーへの集中攻撃が始まる中、苦笑いしつつ更に錬金窯の中身を混ぜる。
「こんなもんかな」
錬金窯の中身がしっかりと混ぜ合わさったのを確認して、属性と魔力を抜いた小さな丸い魔石を窯の中心に落とす。
この魔石が中心となり、先ほど溶かした魔核を再び成形してくれるのだ。




