錬金術師と戦闘狂の里②
「改めて挨拶を。アラドバル=ハイナリック=シルドニアだ」
「道長=ライトロードです」
「変わらないな、アラド」
「お前は少し老けたな、ハイン」
ハインリッヒさんに気軽に声をかけるアラドバル殿下。
改めて見ると、整った顔をした美男子だ。
金髪の長髪で耳を隠しているその男は、騎士団の制服と相まって王子様然とした風貌である。
モテそう。
「いきなりで悪いが、シルドニア皇室に彼を招待したい」
「その要件は?」
「魔導炉だ」
「まあ、そうだろうな」
「魔導炉の技術ならば、既にカリム区長に売った。そちらから教えてもらえばいいのでは?」
「それが出来れば苦労はしないんだがな」
苦笑しつつ、頭を掻くアラドバル殿下。
こんな姿も絵になる。
「カリム区長は、自軍の補強を先に行ってから魔導炉の技術を出すつもりなんだと思う。彼の領土の優位性を保つためにもな」
「エリア:ウルクス内で魔導炉で作った魔道具を潤沢にしてから外に出すつもりか。そうなると、魔導炉の作成の指導を出来る人間を外に出せるようになるには時間がかかるとかそんな物言いで時間を稼いでいるってところかな?」
アラドバル殿下の言葉にハインリッヒさんが自分の考えを口にする。
「その通りだ。最終的にはこちらに教えるつもりではいるのだろうが、な。もっともカリム区長が謀反を考えてなければという前提だが」
「カリム区長は野心家では無いが策謀家だからな。自領の損得を考えての行動だろう」
「ああ、俺もそう思う」
なんか二人で話が進んでいってしまう。
「そこで、ウルクスに魔導炉をもたらしたライトロード殿に教えを乞おうと?」
「そうだ。聞けば自由都市ヘイルダムにも既に魔導炉が設置されているそうじゃないか。我々にもその素晴らしい技術をもたらして欲しい」
「そちらの希望は分かりました……が」
「ああ、もちろん報酬も用意している。可能な限りすべての要望を聞くつもりだ」
「可能な限りねぇ」
皇室にハイランド王国時代の資料とか残ってるかもしれない。それを見せて貰えるのであれば行く価値はあるな。
「それと、イドリアル様にも来ていただきたいからね」
「あー、たぶん嫌がるぞ」
「そう、なのか?」
「照れ屋なんだ」
「なんと……イドリアル様、だよな?」
「ああ」
「てれ、や?」
「ああ」
「エルフが?」
「エルフが」
あ、こいつはエルフの実態を知ってるタイプか?
「エルフだと?」
「忘れてくれ」
ハインリッヒさん、反応しないでください。
「父と同郷と聞いたのだが、随分と印象が変わるな」
「連中は本来は国家とはかけ離れた存在なんだ。そういうのに関わりたくないと思うのも仕方ないだろう?」
「そうなのか。私が生まれた時には父は半分国王みたいなものだったからな」
「なるほどね」
確かに、立場が人を変えることもあるかもしれない。
「残りメシ狂と戦闘狂だったが」
前言撤回。
「まあ父の事はいい。イドリアル様の希望も極力かなえよう。イドリアル様との面会も大事だが、今は魔導炉だ。ライトロード殿、どうか我が国に魔導炉を授けてくれ」
そこまで言うと、頭を下げた。
その行為にハインリッヒさんが怒った顔で頭を掴む。
「貴様はそうやって簡単に頭を下げていい立場ではなかろう。まだ覚えてないのか」
「痛い、痛いいいたい」
「ハインリッヒさん、その辺で。後ろの連中が怖い」
アラドバル殿下の後ろの騎士団達がざわめいてるから。
「ちっ。相変わらず面倒な立場の男だ」
「君は何処に行っても変わらないね、ハイン。安心したよ」
「そういえば、ハインリッヒさんはどうしてここに? さっきの話だとシルドニアの貴族だったんですよね」
「ああ、そうだな」
「こいつの父が兄上に、シルドニアの皇王に謀反を画策しててね。まあ正確には皇王の周りの腰ぎんちゃく共を陥れようとしてだけど。それをこいつが先んじてこっちに漏らして未然に防いだんだ。でもこいつ真面目だからね、このまま皇国の貴族として過ごすことは出来ないって出奔したんだ」
「へえ?」
「勝手に人の過去をバラすな」
「痛い痛い痛い!」
また頭を掴んで力を込めてる。
いかん。話が進まなくなっている。
「元々この都市をそろそろ出るつもりだったし、シルドニアの首都に行くつもりだったからそっちにいくのは構わないよ」
「そうなのか!?」
嬉しそうに顔を上げるアラドバル殿下と眉を寄せるハインリッヒさん。
「ライトロード殿、私個人としてアラドは信用出来るが、皇国が何を考えてるかはわからんぞ?」
「そりゃあ一国家が相手だからね。こっちとしても魔導炉を教えてハイおしまいとは思ってないよ」
たぶん一番欲しいのは魔導炉、二番目に欲しいのはダランベールの情報。三番目に欲しいのが黒竜王の眷属を討伐した戦力。そんな順番かな?
「まあそうだろうね、魔導炉以外にもダランベール王国の情報なんかも欲しいってのがこっちとしての考えかな」
「腹芸もなんもないのかこの王子様は」
「こいつは基本正面突破だ」
「エルフの血が入っているからね!」
スーパー説得力あるな。
「俺の兄上もそんな感じだね。ただ、あの人の場合は個人の力ではなく権力でって感じだけど」
「皇王の権力でエルフ節されたらたまらんなぁ。良く国が成り立ってると思うよ」
「周りにハイランド時代からの貴族がいたおかげだね。旧王家の血も遠縁だろうけど残ってると思うよ」
そんな人がいるなら、このアラドバル殿下の暴走を止めれたんじゃないか?
「そういえば、第一騎士団だけだな。セツナはどうした」
「あれは留守番だよ」
「道理で……」
「今回はスピード勝負だったからね。ウルクスに力が集中する前に魔導炉を手に入れる必要があった。下手すればあそこが独立しかねない状況だと思ってるからね」
確かに、武具の質はこの世界の戦争では優劣に決定的な差をつけかねない。
基本的に数の多い方が勝つだろうが、士気にも影響が出る。
「こちらとしてもウルクスと戦争なんて御免だからね。そういうわけでライトロード殿、我々を助けてくれ」
「そうだな。オレ達の安全の保証が最低でも欲しい。それと魔導炉の技術の保存と拡散の約束、あとは……そっちで持ってる資料を読みたいな。あればハイランド時代からのもの、あと拠点となる場所も欲しいな。城で寝泊まりなんて肩が凝って嫌だ。皇王との面会とかの前に拠点。これが大事。それ以外は……行きながら考えるか?」
「安全は勿論! でも魔導炉の技術の保存と拡散って?」
「ライトロード殿は、再び魔導炉の技術が失伝しないように多くの人間に伝え残していくべきだと考えているんだ。私もその意見には賛成している」
「なるほど。確かに大切な事だね! それで資料って?」
「図書館的な物があれば自由に覗きたいってだけだよ。オレは錬金術師だからね。この大陸の技術はダランベールの技術とは色々違うから面白い」
実際には過去の勇者召喚の関連の資料だ。召喚の資料が残っていれば送還の資料もあるかもしれない。
「それって、勉強したいってこと?」
「まあ平たく言えばそうかな」
「その気持ちは全然理解出来ないけど、大丈夫だと思うよ。もちろん拠点もね。俺も城にいるのが嫌で自分の屋敷あるし」
「そうなんですか?」
「男だからね。2、3しゃべっただけで子供が出来たって言って来るアホ対策だよ」
この顔で皇太子って立場だから多そうだなぁ。オレも王城にいた時に似たような事あったからわかるわ。
「ライトロード殿、もしシルドニアに行きたくないというのであれば、街を上げて協力させてもらうが?」
「いや、有り難いけどいいよ。向こうの王子様でダメっつったら次来るのは軍隊かもしれないからね」
そうなれば戦争待った無しだ。
「それでも出来る限りの事は、私はしたいと思っているが」
「いいよ。せっかく色々教えたのにその人たちに死なれちゃ寝覚めが悪い」
「そうか、わかった」
ハインリッヒさんも断るのは難しい状況だと思っているらしい。
「だがすぐに移動という訳にもいくまい。彼らの補給はこちらで手配しよう。ただしアラド、お前を含めて騎士団の人間を都市に入れる事は出来ん。それは理解してくれ」
「ああ。野営の許可くらいくれるよね?」
「いくつか屋台をそちらに送ろう。酒はいるか?」
「酒は、やめとくか。欲しいけど」
「わかった。ライトロード殿、護衛は……」
「ウチのイドや栞より強い護衛なら大歓迎だけど」
「ふむ。ならば私がいくか」
「へ?」
「本当かい!?」
「冗談だ。この状況下でこの街の責任者が離れられる訳ないだろう。そもそも噂に聞くお前の嫁達のような実力は私にはない」
くっくっくっ、と喉の奥から笑うハインリッヒさん。意外とお茶目である。
「残念だぁ。ハインリッヒが付いてきてくれれば楽しいと思ったのに」
「ふ、お互い立場という物があるからな。諦めてくれ」
「わかったよ。ライトロード殿、どのくらいで出立出来そうだい?」
「女性陣に聞いてみる……」
「ああ、そうね。そういうの大事だよね……」
何やらオレの気配を感じ取ってくれたらしい、この人も女性に苦労しているのかもしれない。




