錬金術師と戦闘狂の里①
アーニャ、アリアナさん親子も時間をかけながらも無事課題を達成し、魔導炉の作成が落ち着きを見せた頃には、この都市に入ってから2カ月たってしまっていた。
アリアナさんの腕が凄い。冗談半分で素材と工房と錬金道具を貸したら、5日程で【奇跡の回復薬】を作成出来るくらい凄い。普通にA級錬金術師だこの人。
ちなみにオレが落ち着いただけで都市自体に落ち着きが戻った訳ではない。今もそこかしこで魔導炉争奪戦が起きているからね。
さらに後回しになっていたジェシカの戦乙女装備を作ったり、それの慣らし運転をさせたり、その間にダンジョン産以上の魔道具を作れる事を証明したりと余計な事も含めて色々片付けていたら、お迎えが来てしまった。
『我々はシルドニア皇国、第一騎士団の者である! こちらの都市にミチナガ=ライトロード殿が滞在されているのは調べがついている! 皇室の方々がお呼びである! 姿を現して頂きたい!』
「あー……」
声を拡張できる魔法を使って、都市中に声が届いてしまっていた。
「流石はヌシ様、皇室からのお呼び出しとは驚きじゃな!」
「勘弁してくれ、リック……好きで呼び出されるんじゃない」
一所に留まり過ぎた。そもそも魔導炉の拡散なんかしてたら噂になるわな。
「のうヌシ様や」
「なんだ?」
「流石に皇国の皇室から呼ばれてる人間を工房に置きたくないので帰ってくれぬか?」
「ひどい奴だなお前は!」
楽しそうに笑ってるんじゃない。
「ちなみに8割本気じゃよ」
「ああそうかい! ったく、しゃーねぇなぁ」
友達甲斐の無い奴だ!
「嫁さん方によろしくのー」
「死ね!」
女性のいないオレの憩いの場を追い出されてトボトボと工房から外に出る。
すぐさま待機していたイリーナが随行する。
「あるじ、よばれてる」
「そうだなぁ、面倒だ」
「よう、ライトロードさん! なんか変なのに目つけられてるな! 俺達雇うか?」
「あほ、皇国の騎士団からご指名だぞ。この都市から戦力を出したら戦争だ戦争」
「ウチのパーティは全員魔化武器の装備持ちだよ! あんな連中には負けねえさ!」
「先輩からおさがり貰いましたから!」
「ライト様、またなんか打ってくださいよ!」
「イリーナちゃん、お菓子だよー」
「皇国の騎士団か! まあオレ達が負ける道理はねえな!」
「わっちの打った武器があれば皇国なんざ吹き飛ばせまっせー!」
冒険者や鍛冶師たちがやんややんやと騒ぎだしている。
「あのなぁ。連中も魔導炉の技術、もう手に入れてるぞ。教えられる人間はオレだけじゃないんだから」
その言葉にビクりと肩を震わせる冒険者達。
「つまり武器の素材は同レベルって訳だ。さて、そうなると使い手の腕次第だなぁ」
「さて、ダンジョン行こうかなっ!」
「今日は依頼が渋かったからなぁ、帰って寝るかぁ」
「守人連中が外に向かってたのはそういう事かぁ、帰ろ」
根性ねえなこいつら!
「誰かライトロードって名乗りながら連中のとこ行ってくれよ。金貨100枚出すぞ」
「いやだね!」
「やなこった!」
「ばーかばーか!」
「ハーレム野郎は死ね!」
「なんだよぅ、いいじゃねえか。金で動けよ冒険者。それと最後の奴コロス」
なんだかんだで都市に馴染んだオレは顔見知りの冒険者達と口論を交わす。
「ヤるです?」
「イリーナは純粋でかわいいなぁ」
頭の大きな耳ごと撫でてあげるとくすぐったそうに目を細めて体を震わせる。
そんな姿にほっこりする周りの人々。
どうだ、うちの子可愛いだろ。
「ちょっと長く居すぎたな。失敗した」
アーニャやアリアナさん、リックの相手に時間を使い過ぎたのも原因だが、鍛冶師ギルドの大親方や、隠れて技術を継承していた錬金術師達とも色々と話し込んだせいもあるな。
特に錬金術師達、勢いありすぎる。錬金術師ギルドができるらしい。
ギルドマスターに就任依頼なんかも舞い込むほどだ。もちろん蹴ったが。
「あるじ、どうするー?」
「行った方がいいだろうな。相手は一国の代表を名乗っているから」
ここで対応を間違えたらこの都市とシルドニアで戦争になる。
「面倒だが行くしかないな」
「あるじ、そとにいくならごえいがたりない。そうびもこれじゃこころもとない」
街中なので、イリーナはいつもの大剣ではなく懐刀だ。
「大丈夫、壁の上から顔を出して声をかけるだけだから」
顔を出して、即座に矢が射られるとか魔法が飛んでくる、なんて事さえなければ問題無い。
あれ? なんか怖くなってきた。
『こちらは道長=ライトロード様の家来である! そちらのご用件は如何様か!?』
音声拡張の魔道具【スーパーメガホン君Ⅲ世】を使用してイリーナが顔を出してくれる。
ちなみにⅠ世とⅡ世はダランベールの王室連中に貸したままだ。
使うのは小さいイリーナではなく大きいイリーナ。
剣が小さい以上、自分が大きくなってオレの盾になると言ってくれた。
流石に顔を出すのやめようかなって思ってしまうが、イリーナがやる気なのでまあいいかって事にした。
「さて、どう反応してくるかな」
「ライトロード殿、顔を出してくれるなよ」
「ああ」
少人数とはいえ、皇国の騎士団を名乗る人間が5人も来ているのだ。守人ギルドのハインリッヒさんも外壁まで足を運んでいる。
「あの旗に豪華な鎧、本物っぽいなぁ」
「間違いなく本物だ。第一騎士団団長にして皇太子【アラドバル=ハイナリック=シルドニア】様に間違いない」
「え? 王子様がきてんの? てか若いな。しかもたった5人で? 知ってんの?」
「質問が多いな……アラドバル殿下は一騎当千の猛者。開祖であられる神兵王シルドニア様の直系の方だ。見た目通りの年齢ではないぞ」
「ハーフエルフってやつか?」
「そうらしい。現国王の弟君だ」
やだなぁ。イドには悪いがエルフってだけでイメージが悪い。
『私の名前はアラドバル! ライトロード殿を国賓として扱うべく迎えに参った! 出来ればこのような離れた場所ではなく、直接話がしたい! ライトロード殿に繋いでくれぬか!』
イリーナがこちらに視線を向けてくる。
「アラドバル殿下は真っすぐなお方だ。こちらに危害を加えないと言わせれば話しても問題無いだろう。ただ、私も同席した方がいいだろうがな」
「あんたとあの王子様の関係は?」
「同級生だ。皇国の貴族学校で共に勉強した仲でな」
「はぁ?」
ハインリッヒさんの言葉にオレを含めて周りにいた守人達も驚きの声を上げる。
「とはいっても殿下は5度目の学校の時だな。あの方は時々生徒という形を取って学校に来られる方だ。貴族ならば長髪の者も珍しくないからお耳も隠せる」
「あんたが皇国の貴族だって事に驚きだよ」
「元、な。今はヘイルダムの番人、守人ギルドのギルドマスターだ。ライトロード殿、拡声の魔道具、でいいかな? お借りしても?」
「あんたが交渉を?」
「交渉というか……そうだな、その前段階の話だ。大丈夫、都市に入れるような真似はしない」
「いいのか? 一国の王子様相手に」
「だからこそだ。相手は仮想敵の親玉の一人だ。簡単に今の都市に招待する事は出来ん」
相手も馬鹿ではない。この自由都市にスパイは潜り込ませてるだろう。
それでも現実を見せるには少々危険だ。鍛冶師たちの工房の1/4くらいには魔導炉が出回ってるからな。
本来であれば、そんなすぐに魔導炉の増産なんか出来ないが、魔導炉や魔道具に本来使われるはずの素材がゴロゴロ転がっていた商業ギルドが倉庫を開けたので、それらの素材を元に一気に作り上げたのである。
隠れてた能力のある錬金術師達が『やり遂げた男の顔』で倒れていたのは良い思い出である。
『久しいなアラド。高い所から失礼するよ』
『その声は、ハインリッヒか!』
『ああ、10年ぶりってところか? わざわざ自由都市まで何の用だ?』
『待て、待ってくれハイン! 我が友よ! せっかくの再会にこんな野暮な魔法を使ったままで話しを続けさせる気か?』
『私にやましい事は何もない。続けても構わないと思っているよ』
『そういうところは変わらないな、安心したよ。だが俺の魔力でもこの拡張の魔法は維持するのがしんどいんだ。どこか落ち着けるところで話がしたい!』
『ライトロード殿とも話をしたいのであれば、彼の安全を完全な物にしなければならない。そちらは武装を解除したアラド一人、こちらは私とライトロード殿、そして彼の家来の彼女。そして我が都市の精鋭5名をライトロード殿の護衛に付ける。この条件が呑めるのであれば、外壁の外で話をしよう』
ハインリッヒさんの言葉に王子様の連れて来た他の騎士から鋭い殺気が飛ぶ。
『ハイン、俺に危害を加えないと約束出来るかい?』
『そちらが約束してくれるのであれば』
ハインリッヒさんの言葉を聞いた王子様は腰の剣帯を外し、それごと剣を捨てる。
背負っていた盾も外して地面に転がした。
『約束しよう』
『分かった、今からそちらに行く。西門守衛隊各員及び周辺のすべての人間に告ぐ、あの男に矢の1本も飛ばせば戦争が始まる。守人ギルドのギルドマスター、ハインリッヒの名のもとに命ずる。絶対に武器を向けるな! 悪意を向けるな! 攻撃するな! この命令を守れぬ者は重罪人としてシルドニアへ送る! 繰り返す。絶対に攻撃するな!』
守人ギルドのメンバーである守衛隊と呼ばれた面々は、踵を鳴らして姿勢を正す。
「「「 はっ!! 」」」
ハインリッヒさんがスーパーメガホン君Ⅲ世を降ろして魔力供給を止める。
「周辺の警戒に人をあてろ。人を近づけるな」
「はっ!」
以前あった時とは全く違う印象になったハインリッヒさんが溜息をつくと、こちらに視線を向ける。
「すまない、ライトロード殿。あいつとは1度は話をしないとここから動かなくなる」
「いいよ。元々オレのところの要件だ」
「助かる」
外壁の内側の階段に視線を向けて、ハインリッヒさんが歩きはじめる。
オレとイリーナもそれに追従する形で、一緒に動き始めた。




