弟子(?)をとる錬金術師⑥
「すまない、今時間はあるか?」
そんな競りが続く中、オレ達はおばあちゃんマスターの勧めで近くの天幕で休憩することになった。
商業ギルドのギルドマスターとその護衛がオレと一緒にいるからそこそこの大所帯だった。声こそかけてこなかったが、注目が集まってきたので避難である。
そんな時に顔を出してきたのは一人の大男と細身で小柄の男。
「なにさね。淑女のお茶会に土足で踏み込んでくるもんじゃぁないさね」
「だから時間があるかと尋ねているんだろう? だいたい貴族みたいな物いいはやめてくれ。私は守人ギルドのギルドマスター、ハインリッヒと言う」
小柄な男が頭を小さく下げた。
ハインリッヒさんね。
「鍛冶師ギルドのコーザだ。こっちはマスターなんて大層な制度は作っておらん、一応大親方と呼ばれとる」
筋肉質の大男は、鍛冶師らしい。大親方、すごいあだ名だ。
「はい、錬金術師のライトロードです。彼女たちはオレの護衛です」
オレの言葉に、別の席でお菓子をむさぼっていたみんなが視線を上げる。
真面目に護衛をしているのは、現状オレの横に立っているジェシカだけであった。
「ライトロード殿、守人ギルドの代表としてお願いがあってきた」
「こちらも、鍛冶師として頼みがある」
そう言って二人の男が頭を深く下げる。
「守人ギルドに武器を卸してくれっ!」「頼むっ、魔導炉を使わせてくれっ!!」
おい、用件揃えてから来いよ。
お互いに要求を言った後、互いの顔を突き合わせる男二人。
「おい、ちょっと待て。守人ギルドに武具を卸すのは鍛冶師ギルドの仕事だろうが! 契約違反だぞ!」
「お前こそどういうことだ! 仮にもこの街の管理者の一人がなんで『魔導炉を使わせろ』なんだ! 他に言う事あるだろ!?」
守人ギルドのマスターさんが言ってる事が正しいと思いますっ!
「あんたらねぇ、2人一緒にくるんならお互いに話し合ってから来なさいよ。まったく、恥ずかしい連中だ」
「お前、既に繋がりあるんだったら紹介してくれよ……ライトロード殿一人でこの街めちゃくちゃにされちまうぞ……」
「そうじゃ! なぜリックだけなんじゃ! こっちにも使わせんか!」
「バランスってもんがあるさねバランスってもんが。あとコーザ五月蠅い」
「しかぁしい! 外から見てて、リックだけでは明らかに手が足りとらんじゃないか! あいつは前から腕はよかったが変に凝り性なんじゃ! そのうち訳のわからんもんを作り出すぞ!」
「あいつが阿呆みたいに剣芯を作っただけだぞ。そもそも納期とかないんだから手が足りないも糞もないだろ」
リックにはアーニャとアリアナさんの錬金道具の作成を依頼したが、既に終わっている。
いまリックは趣味の世界に入っているだけだ。
「あー、すまん。ライトロードがここにいると聞いて来たのだが……」
「ガルムド、あんたまで来たんか……」
「あ? 随分多いな。なんだここは。お前ら外で待ってろ」
登場したのは冒険者ギルドマスターの、えーっと、ガルムド氏である。
何人かの冒険者を連れだって来ていた。
「ライトロード、ようやく顔を見れたな」
「先日は商業ギルドへの顔つなぎどーも」
「そう思うならこっちにも顔を出してくれ。お前さんとこの嫁しか来てねえし、それも登録に1度来ただけだ」
「そうなんだ?」
首を振って栞達に顔を向ける。
「嫁……嫁……」
「よめぇ」
「別に用ないし。素材も回収したら売らないでライトに渡してたから」
まともな返事が来るのは一人だけだった。
「愛されてるっすね」
「うっせ」
そういえば初日に炎竜関連で冒険者ギルドと商業ギルドに行ったのと、オークションの手続きに商業ギルドに行った以外で外出してなかった。
「まあ、あれだ。魔剣とか魔法剣売ってくれ」
「なっ!? ずるいぞ! ガルムド殿! 私が先に交渉するんだ!」
「お前らんとこのバカが何やったか忘れてねーか? なんでも検閲と称してこいつの武器を盗ろうとしたらしいじゃねえか」
「そ、そいつらには既に処罰を与えた! 終わった話だ!」
「そりゃお前らん中で終わっただけだろ。ライトロードに謝罪はしたのか?」
「ぐぬっ」
「守人ギルドの印象は最悪だろうなぁ」
「むううっ」
「ついでに冒険者ギルドのが金あるぞ。ライトロード、こっちに武器を卸してくれよ」
ガルムドがにやりと笑ってこちらに視線を送ってくる。
逆にハインリッヒさんの方は顔色を青くしていた。
「この場に揃っているのがこの都市の中心人物って事でいいかな?」
「そうさね。あたしも含めたこの4人がこの街を仕切ってるといっていい」
「ああ」
「まあ一応な」
「ライトロード殿、謝罪の時間を頂きたく……」
「ハインリッヒさん、それは後ででいいですから」
むしろ街中で騒ぎを起こしてすいませんでした。
「さて、この都市に売りたい物があるんですけど」
「「「「 都市に? 」」」」
オレはテーブルを人差し指でトントンと叩く。
「魔導炉っていう特別な炉の作り方なんですけどね」
「いくらじゃ!? いくらでもだすぞ!!」
「待ちなね、いきなり言い値は不味いさね」
「つ、つまり今後は魔鉱石やミスリルの武具が手に入るようになると?」
「ぼ、冒険者ギルドとしては、その話は是非受けたいところだぞ」
改めて丸テーブルに全員が付いて、話し合いを開始する。
各所のマスターが集まると、守人ギルドのハインリッヒさんだけかなり若く感じる。
金銭の要請をするつもりは、実はない。この都市にはオレの手足になってもらおうと思う。
「まあまあ。まず聞きたいのですが、この都市の近くって鉱山になる場所ありますよね? 鉄鉱石じゃなくて魔鉱石やミスリルも出てます?」
「むろんだ。まあ持ち帰らんで捨てとる、というか集積場があってそこに溜まっとる。それこそ山のようにな」
「ダンジョン内で出て来たものは昔は持ち帰ってたんだがなぁ、今はだいたいダンジョン内に捨てとる」
「商業ギルドでも買い取りはしてないさね。この間あんたがたんまりもって帰ってくれたけど、まだ100年分くらいの備蓄が残ってるはずさね」
なるほど、素材自体は問題なさそうだ。
「大親方の見立てで、魔導炉が使えそうな腕と魔力がありそうな職人はどれだけいますか?」
「腕というならかなりいるが、魔力はわからんなぁ」
「ああ、それもそうか」
今まで魔力を行使して武具を作っている職人はほとんどいなかったのか。
「魔物素材から防具を作る職人のが魔力の扱いには慣れているかもしれんな。魔力を込めないと曲がらない魔物素材もあるからの。そういうのも取り扱ってて武器や防具も作れる職人なら心当たりがある。10人くらいかの?」
「十分です。守人ギルドに魔導士っています? 特に火の扱いに長けた魔導士」
「当然だ、と言いたいところだがどのレベルを求めてるかにもよるな。火の魔導士で凄腕となると3人ほど思い浮かぶが逆に彼らのレベルで足りないようなら冒険者ギルドに頼るしかなくなる」
「そうなるとダンジョンから引っ張りださないといけなくなるな。強力な殲滅能力を持った火の魔導士は間引きで引っ張りだこだ」
それぞれの回答にオレは頷いた。
「いま魔導炉の核の部分を作成出来るように2人ほどこちらでこの街の人間を育てているところです。魔導士に関してはそこまで凶悪なレベルは求めていないので安心してください」
オレの言葉に安堵するように頷く面々。
「ただ可能であれば火をある程度扱える魔導士には全員、魔導炉の火入れを見て貰うなり話を聞いて貰うなりして理解して貰いたいです。現在の能力が要求水準に満たなくとも、いずれは成長する可能性もありますから」
「なるほど、道理だな」
「それと錬金術師達の技術の確認もお願いしたいです。都市の錬金術師達はポーション職人の扱いを受けておりますが、中には魔核を作成する技術を持っている人間もいるかもしれません。加工に必要な道具がなく実践出来ていなかったとしても、知識として元々持っていれば習得は早いでしょうから」
「……錬金術師達か、商業ギルドにいたり冒険者ギルドにいたりバラついてるさね」
「出来れば全員に確認して欲しいです。魔導炉があればミスリルや魔鋼鉄を使った武器以外の魔道具、アクセサリー、生活用品、様々な道具が発想次第でいくらでも生み出されます」
ミスリルや魔鋼鉄は精製前に手を加えれば、炉無しでも形を変えられる。彫金職人なんかにわざわざ依頼しないで、自分の好きな形に出来るのだ。
魔導炉で溶かす際に細工をするのだ。この技術も失われている可能性が高い。
「守人ギルドにも何人か所属しているな」
「冒険者ギルドの中で魔導士を名乗っている連中の中には自分でポーションを作る奴もおる、彼らも錬金術師であったか」
「鍛冶師は、わかんねぇな」
お偉いさん方が首を捻っている。
「今までの錬金術師の扱いを考えると、ダンジョンから出た魔道具を手に出来た錬金術師はほとんどいないでしょう。触れない物を弄れる技術を腐らせている人間は必ずいます。探して下さい」
「わかったさね」
「了解だ」
「わかった」
思い思いのリアクションをする面々。
「そしてこれらの技術をオレは最初に教えます。皆さんは魔導炉の技術をどんどん拡散させて下さい。他の自由都市の人間にも」
「はあ?」
「なんだと?」
「どういうことだ?」
うん、そこは簡単には了承してくれないよね。
「以前、ドワーフの里が魔導炉の技術を独占してました。そしてこのドワーフの里は壊滅し、魔導炉の作成技術は失われましたよね」
「そうだな」
「もしこの都市が魔導炉の技術を独占し、作成出来る人間が失われたら同じことが起こりかねない。それは過去に起きた悲劇から人は何も学ばなかったという証になる。そう思いませんか?」
「むぅ……」
「確かに、そうさねぇ」
「だが、これだけの技術を……」
「この大陸で、この世界で人々が生きていくには魔法の力が必要です。魔法の武具が無くとも、ここまで人間が盛り返してきたあなた達の能力は驚嘆に値します。ですが、未だに黒竜王の脅威は取り除けず、人間の領域が広がらないのも事実です。それは強大な魔物に対して決定的なダメージを与えることの出来る人間が限られているからに他ありません」
「そりゃ当たり前だ。あんな化け物と相対することが出来る人間なんて元々限られている」
冒険者ギルドのガルムドがオレの言葉を了承してくれる。
「だからこそ、知識を広げるべきです。仮にこの都市が滅んでも、他の都市が、領が、国が残っていれば、人間は再び盛り返す事が出来るんだから」
「むう」
「まあ、みなさん難しい顔をしていますが、そもそも選択肢は与えませんよ? 契約魔法でこの都市の代表者の皆さんと契約を結び、魔導炉の技術を開放させます。拒否するようであれば教えません」
「「「 な!? 」」」
こういう事を言うタイミングってすっごく楽しいよね!
「何も金を取ろうとは思ってないですよ? 単純に魔導炉の技術を希望する者には指導をする義務を負うように言っているだけです」
「くっ」
魔導炉の技術は、強力な魔物と戦う人間にとっての生命線だ。
エルフのシルドニアでさえ、素手では黒竜王の眷属に勝てなかったんだ。普通の人間が勝てる目はない。
「今まで自分達の縄張りを守っていただけの黒竜王の眷属ですが、連中が外に出ないとも限らない。それにこの都市はダンジョンという爆弾を抱えている。強い武器はいくらあっても足りないでしょう?」
「むう」
「ついでに言っておくと、この都市以外にも既に魔導炉の技術は提出してあります。エリア:ウルクスには既に魔導炉を1台与えました。材料も技術者も揃っていましたから今頃もっと増えているでしょうね」
「な!?」
「マジか!」
「ぬう! ずるいぞ!」
驚きの声を上げる面々。
「……本当のことさね、うちの会員達から既に話は来てるさね」
「そうであったか……」
「ご存じの通り、魔鋼鉄は普通の鋼鉄の剣よりも硬い。その上魔力を通して更に硬くすることが可能です。魔鋼鉄で作られた武器が支給された軍、何に使いますかね」
「我々の街に牙を剥くというのか」
「ここにはダンジョン産の魔道具がたくさんある、そんな簡単に攻め落とされる訳が……しかし、そうか」
「こうしちゃいられん! すぐに増産体制を作らねばならん!」
「あんた、本当に魔導炉使う事しか考えてないさね?」
一部唐変木がいるが、オレの言いたい事は伝わったようだ。
「魔導炉の技術を後世に継承し、保存、更に拡散の協力要請です。了承いただければ、魔導炉の技術を皆様にお伝えいたしますが、いかがですか?」
オレはあらかじめ用意しておいた一枚の契約書を取り出した。
元々提案する予定だったから作っておいて良かった。
こんな突発の会談になるとは思ってなかったんだもん。




