弟子(?)をとる錬金術師⑤
オークション、そう聞くと皆さんはどう想像するだろうか。
男はスーツやらをピシっと決めて、女性はドレスで着飾って。豪華で広いホールのような場所で一品一品吟味する。
そんなイメージをオレは持っていた。
「はい、金貨3,5、8! 8出た! 10枚無いか!? 10枚ないか!?」
「こちらはダンジョンから出土した、風鳴りのイヤリング! 魔物の接近が分かるぞ!」
「大親方が作成した鋼鉄の剣だ! さあ銀貨50枚から!」
「アリアナ様のマナポーションよ! 10本セット! 制作されてまだ10日しか経ってないわ!」
これはオークションだなんて言わない。
競りだ。
うん。競りだ。
ここはサザンピースではない。築地ないし豊洲だ。
しかも外だし。青空市場状態だし。
一応物品を保管する倉庫くらいはあるけど。
そこら中から声があがり、その周りを囲む商人や冒険者。
いくつもの集団が形成され、自分達の欲しい商品を担当するオークショニアを囲んで声を上げている。
持ち込みも可能らしく、商業ギルドの職員ではなく、持ち込みをした冒険者や商人が自分で売り込みをしている場所もあるくらいだ。
まあ閑古鳥が鳴いているところもあるが。
ぴーひょろろ。
「すごい熱気だね」
「人が多いわ」
「マグロの競りみたい」
「初めてきたっす! ここの名物イベントっすよ!」
一度に色々な場所で声が上がっているから耳も忙しい。
オレの武器は3か所で、9人のオークショニアが担当するらしい。
魔剣、自分の魔力を流して効果を付与しやすい魔鋼鉄製の剣と短剣。水や火の魔法の発動の補助や威力の増加を促す魔法の杖などをそれぞれ一定数散らして行うそうだ。
一人の人間がすべて買い漁る行為を防ぐ為らしい。
見る人間が見ればダンジョン産の強力な武器よりも程度が低いのは分かるはずだが、注目度は高いようだ。
まあ栞が見つけたダンジョン産の短剣の方が人は多いけど。
「突如現れた鍛冶師の男! 美女を引き連れ注目を浴びたこの男はなんと炎竜の討伐者! 3体もの炎竜を討伐せしめたこの男の秘密! それはこれらの魔法の武器だ! 鑑定士が調べたところ! これらの武器は魔鋼鉄とミスリルで作られた魔剣の類っ! そう! この鍛冶師の男が作り出したその武器こそ、いま注目の魔導炉で作られた特殊武器っ! この大陸の多くの鍛冶師の! 守人の! 冒険者が夢見た人の手で作られた魔法の武器だ!!」
声とテンションが凄い。
「本人の希望により! これらの魔法の武器は一人1点! 複数入札は不可である! 我らがチェックしているので不正は出来ないと思ってくれ!」
男のわきに控えた女性二人がその言葉に頷き、鋭い視線で周りを見渡す。
バインダーの様な物を持って何かを書き込んでいる。
「それでは最初にこちらの魔剣から! ご存じの通り魔剣の素材は魔鋼鉄だ! 通常の鋼鉄よりも硬いのは勿論、魔力を通して硬質化や鋭さの付与も可能の品だ!」
男が剥き身の剣を手に持って声を上げる。
うん、面倒で鞘を作ってないから危なっかしいね。
「更に! ダンジョン産の魔剣よりも幾分か軽いのが特徴だ! 人間の鍛冶師が作ったからか!? それともその鍛冶師に特別な力や知識があったからか!?」
ミスリル合金だからだね。
「さあさあ! こちらの品! 金貨3枚からだ! 4! 5! 10!! まだまだあがるぞ!!」
剣は軽いのがデメリットになりかねないが、純魔鋼鉄製の剣は非常に重い。元となる魔鉄が普通の鉄よりも重いからだ。金よりは軽いけど。
なんだかんだ言って、剣ほどの大きさになると2、3kgくらい違いが出る。
重い方がいいという人もいるが、軽い方が取り回しがいいという人もいるので一長一短である。
「20っ! 金貨20枚! これ以上はいないか!? いないな!?」
武器1本で200万ケイル。これはすごい収入……なのか?
炎竜と交換したアイテムで作ったから収支計算がしにくい。
「25本で1ジェシカだね」
「な、なんかそう言われると複雑っす……」
「栞ちゃん、それはいじわるだよ」
「そう? ごめんね?」
「構わないっす」
「わたしの剣は100万ジェシカ」
「その剣なんなんすか!?」
ハクオウの生え変わった牙と手入れした時に切った爪など、王竜と言われる竜の頂点の素材を使っているから。
値段は付けられないと思うよ。
「おお! また売れたね!」
「あっちのも。あ、あの魔法使いの子可愛い」
「え?」
「ライト、反応しない」
ちゃうねんて、頭つかまんといてな。
「でも、あんな程度のレベルの武器で金貨20枚……この街大丈夫?」
「この街というか、この大陸だな。ダランベールだと2万ダランくらいか?」
小金貨2枚程度だ。
「どうだい、うちのオークションは」
「ああ、ギルドマスター。楽しませて貰ってるよ」
「思ったより値が付かなかったねぇ」
商業ギルドのマスターが安いと思うレベルだったのか。
「まあ数があるから。あんなものじゃないかな」
値段の額は驚きの高さだが、それを表情に出さずに答える。
「しかし一人1点だと自分の専属護衛に持たせたがる商人が多いさねぇ」
「商人が買うのは転売目的じゃないんだ?」
「まあ最終的には売るだろうけど。自分の商会に立たせる護衛に良い物を持たせると、その分箔もつくさね」
「持ち逃げされないといいな」
「ほとんどは奴隷さね。主人には逆らえないさ」
ああ、そういえば奴隷いたんだっけ。
そんな事を話しつつ、オレの商品があらかた片付いていく。
短剣も含めてすべて販売完了だ。純ミスリル製の短剣とかも用意しておけばよかったかな。
「終わりさね。あとは収支計算して報告してやるよ」
「随分早く終わりましたね」
「金のある商人が出張ってきちまったからねぇ。まああたしゃのトコの連中だが」
「冒険者達にもあんま行き渡らなかったか」
「一人1点でも商人なら従業員がいるからね。冒険者達よりも顔を出せるのが多いさ。それに大金を稼げてる冒険者達はダンジョン産の方が強いのを分かってるからね」
「ダンジョン産の魔法の武器や魔道具。あまり性能の高い物には見えなかったけど。それでもあっちのが人気なんだな?」
「ダンジョン産ってだけで人気が出るさね。『本当に』強力な武具や便利な魔道具は冒険者ギルドの手に渡った段階で表にはでないさ。ダンジョンで氾濫が起きない様にダンジョンの奥に籠って間引きをしている強者のところに優先的に渡るさね」
「そういや街中にダンジョンがあるんだもんな、そういう備えが必要なのか」
街の中のダンジョンの入り口から強力なモンスターが湧き出てきたらそれこそ被害甚大だ。
「ああ、規格外に強い人間があまりいないのね」
「規格外に強い人間がそんなにいてたまるか」
でもイドの今の言い方だと多少は見たって事かな。
「そういえば、守人で買う奴もいないのか?」
「守人みたいなお給料制の連中に金貨20枚なんて出せないさね。それに連中は鍛冶師ギルドに直接武具の売買とメンテを出してるからこんなところにはこないよ」
「なるほど」
ポリポリと頬をかく。
「アーニャはどうだい? 見込みありそうかい?」
「ああ、母親も一緒に面倒見てるよ」
「……手が早いねぇ」
「そっちの意味じゃねえよ! 今は簡単な魔道具を作れるようにするために、素材の加工方法を学んでるところだ。あれは回数をこなさないとうまくならないからな」
錬金刀や錬金筆で魔法陣を作成し定着させる技術は、単純に手先の器用さがまず必要になってくる。
リンゴを剥いて花を作ったり、キュウリを切って飾りを作ったり。そういう手先の器用さが必要なのだ。
簡単な魔法陣でも、魔力を込めながら立体的な魔石に魔法陣を描くのは簡単ではない。
錬金筆で描く事に慣れたら錬金刀でそれらを彫れるように、練習が必要だ。
「ここの錬金術師は、なんというかダンジョンに負けた感じだからなぁ」
アリアナさんが誰から錬金術を教えて貰ったか知らないが、彼女の年代の上になると出来るような気がする。
「ああ、でもそうか。ミスリルの加工が出来なかったのか……」
錬金術師として魔核を作成するにしても、ミスリルや魔鋼鉄。魔物素材などで作った道具がないとうまく出来ない物が多い。
特にダンジョン産の魔道具のように、規格が決まってしまっている魔核はそうだ。
魔核から放たれる魔力が、魔道具の中の魔導回路を通るのだからだ。
そして硬い魔石などを加工する為の魔力の通りがいい錬金道具が、魔導炉の喪失で作れなくなればその技術を継承しても意味が無い。
熱心な師匠でもない限り、金にならない技術は弟子に教えたりしないだろう。
ダランベールでも、弟子にポーション作成しか教えないって師がいたくらいだ。
「何考えてるんだい?」
「なんでも。それより、オレの担当をしていたオークショニアと助手の連中はもう仕事終わりか?」
「この後売り上げ集計があるさね」
「追加の魔剣やら魔法剣やらがあるんだが……次回に回すか? 次回はリックって鍛冶師の作ったのをメインにするつもりだけど」
「早くいいなさいな! 声をかけてきてやるから用意しときっ」
「了解です」
大金を持ってる商人達は既に何人か帰っている。
それでも追加で出した、先ほどの倍の数の武器が飛ぶように売れていく。買っていく人間は冒険者が中心だ。
ダンジョン産の魔道具を買い損ねた皆さんが、こちらに流れてきているのである。




