弟子(?)をとる錬金術師④
「自分の中の常識がどんどん崩れていくのを感じるわねぇ」
「母さん、流石に私も付いていけません……」
二人をまとめて指導するとなると、ヘイルダムの簡易工房では狭いので旧港町まで移動してきました。
驚いてます。
「あの空間同士を繋げる扉も錬金術で作成出来ます。流石にあれは教えられませんが」
「お買い物に行くときに便利そうなのに」
「もっと他に使い方あるでしょ!」
アーニャと母親との漫才がちょっと面白い。
「えっと、それで。私とアーニャは何を差し出せばいいのかしら? まとめて抱きたいかしら? こんなおばさんでもいいかしら?」
「何ぬかしとるんですかお母様」
「えええ!?」
「だって、あんなダボったいかっこうのアーちゃんを綺麗にして、錬金術まで教えてくれるっていって。報酬も何も渡せないじゃない」
「あのですね、お母さん……オレは弟子に教えているだけです。対価は求めてません」
「そ、そう? ほんとうに? アーちゃんもいらないのかしら? 胸、大きいわよ?」
「いりません、嫁は間に合ってます」
「……アーちゃん、頑張らないとダメね」
「あははは」
勘弁してください。
「今日からこっちの工房を使いますね。お母さんの……えっと、お名前いい加減にいいですか?」
「あらあら、失礼しました。アリアナ、と申します。ちなみに旦那はアレックスよ」
「ではアリアナさん。改めてよろしくお願いします」
「ええ、お願いします。ライトさん」
オレは頷くと、二人に椅子に座る様に勧める。
「まず、お二人の最終目標ですが、魔導炉の作成を目標にしてもらいます」
「「 魔導炉!! 」」
「あれです」
この工房には普通に魔導炉が置いてあるのです。
「あんなのを……」
「大きいわ」
「流石に石を積み上げる部分までやって貰うつもりはないですよ? 魔導炉というのは炉をくみ上げる技術を持つ鍛冶師、魔核を作成することの出来る錬金術師、魔導回路を作成する炎系の能力に秀でた魔導士の3つの職業の人間の力が合わさって初めて作れます」
「そうなのね」
「知らなかった……」
二人の反応にオレは頷く。
「冒険者がこれだけいるなら、魔導士は問題ないだろうし、元々鉄と鋼鉄しかなかったこの大陸の鍛冶師は、弱い金属で強い魔物と戦わせる為の知恵と技術を持っている。あとは錬金術師の腕次第なんだ」
オレの視線を受けて二人は言葉につまる。
「過去の黒竜王との大戦の時に、魔導炉の作成技術を独占していたドワーフの里が滅びました。その結果として、魔導炉の作成技術も失われました。稼働していた魔導炉も、長い年月の中で破損していき、ここ100年で大陸で稼働している魔導炉は無くなった。こういう歴史があります」
「そうね」
「はい」
「ですが、黒竜王との大戦の後も別の大陸では魔導炉は稼働してました。オレが教えるのは別の大陸の技術です」
「えーっと? 別の?」
「ダランベール王国という国のある大陸が、この港から2週間くらい先の場所にあります。オレはそちらから来ました」
「まあ!」
「外の人って言ってましたけど、外の大陸の人だったんですね」
アーニャの言葉にオレは頷いた。
「頑張って勉強していって下さい。魔導炉と腕のいい鍛冶師がいれば、ダンジョン産にも負けない魔道具が作れますよ」
二人がやる気を出してくれたので、改めて指導をする。
さーて、どれくらい時間がかかるかな?
アリアナさんも一緒に指導するとなると、アリアナさんの分の水溶液が足りなくなってしまう。
オレはセーナを世話係に置いて、アーニャにアリアナさんの水溶液の作成の指導を任せた。
昨日教えたばかりだが、アーニャもおさらいが出来るからいいかなと思ったのだ。
序盤は一緒にやって、アリアナさんの基礎的な知識が十分通用しそうだったので問題なさそうだった。
てかアリアナさん普通に凄腕だ。薬師としての錬金術師のレベルはオレに近いかもしれない。
娘に色々と教えて貰っているアリアナさんが、思いのほか嬉しそうだったからいいかな、と思う。
「で、こっちだな」
そこには大量の作りかけの剣が転がっている。
内芯部分を魔鋼鉄で作り上げた物だ。この後ミスリルで外刃を取り付ける気なんだろう。
いくつ作る気だよ……。
「随分と数を作ったな」
「おお、ヌシ様! やはり魔導炉はすごいな! 魔鋼鉄が溶ける様はいくら眺めていても飽きんわい!」
「いや、飽きるぞ」
そもそも眺めていないで、普通は他の事をする時間だ。たまに温度を確認するくらいである。
「これを渡しておこうと思ってね」
一抱えある木箱をドン、とリックの前に置く。
その箱の中には、魔法剣の素材となる、魔力を込める事により、事象を引き起こす核。魔核である。
一応箱の中で、さらに細かく分けており、それぞれ炎、風、雷、氷などの属性に合わせた魔核を用意した。
「魔法剣の核か!」
「そうだ。今までは魔剣、剣自体に魔力を込めて硬質化や切れ味が鋭くなる程度の物しか作ってなかったよな?」
「そうじゃ! ヌシ様も人が悪い! これはどこで手に入れた!? 資料によると、ご先祖様も知人の店で買ったとしか書いてなかったのじゃ!」
「自作だ。ここらで買えないのはダンジョンからの魔道具しかなかったからだな。魔導炉が無いと作っても売れないしょうがないものだから。これらを作る技術も廃れていったんだろ」
「そうじゃったのか……」
「ギルドや学校があれば指導方法とかを残しておくもんだけど、錬金術師ギルドとかないんだろ?」
「そうじゃ」
「じゃあしょうがないんじゃないかな。古い錬金術師の技を継承している人の中には作れる奴は残ってるかもしれないが」
「むう、不便な。しかし、人の手で作れるのか……」
「知識さえあれば、そう難しいものじゃないさ。ただ素材が高いけどな」
ある程度純度の高い魔物の魔石が必要だ。しかもなるべく属性の偏りが少ないものが必要なのである。
「なるほどのう。それで、これを儂の前に並べるという事はじゃ……」
「もちろん、使って良いぞ」
「むおおおおおおおおおおおお!!」
うるせえ!
「のう、ヌシ様。ヌシ様は神か何かか!?」
「訳わからんことを……いま作っている魔剣の作成が済んだらこっちに移行してくれ。それといくつか用意して貰いたい道具があるんだが……」
錬金刀やキリのような、アーニャとアリアナさんの道具を作って貰いたい。
それらを口頭で簡単に説明する。
「ふうむ、型はあるかのぅ?」
「手元にはないな、完成品を見て作れないか?」
「出来るに決まっておろう。型取り粘土も十分に用意されとるしの。ミスリルの手番になったら一緒に作っておくぞ。そもそもヌシ様が用意してくれた素材や道具があればダンジョン産にも負けぬ魔法剣が作成出来るわっ!」
「や、流石にダンジョン産の武器ほど強力な魔核じゃないぞ」
「なんじゃ、つまらん」
「前にも少し話したが、いきなり強力な武器を扱える程センスのいい人間はそうはいない」
「そうじゃったか、まあ儂はヌシ様にこの場を提供して貰ってる身じゃ、ヌシ様の判断に従うわい」
「悪いな」
「とんでもない! これほど鍛冶師冥利に尽きる仕事をこの都市で出来る者はおらんからな! 見てみい、外の連中を! 羨ましそうに殺気立っておる! わしゃもうここから出れんぞい! がはははははは!」
なんで嬉しそうなんだ。
しかし、やはりこの大陸の鍛冶師は腕がいい。いくつかの武器の芯を見たが、しっかりと出来ている。
いきなり魔導炉で魔鋼鉄やミスリルを扱えと言っても技術レベルが低い職人では、普通は扱えない物だ。
鋼鉄での武器の作成を、デリケートに扱っていたからだろうな。
「メシも用意してやるよ。エーテルは足りてるか?」
「おう、水も大丈夫じゃ。時たまヌシ様のメイドが氷を入れてくれるしな。ああ一つお願いがあるんじゃが」
「どうした?」
「トイレを借りてもいいかのぅ」
「……中入って奥の左だ」
すまん、気を遣わせてたみたいだな。
夕飯と一緒に酒も差し入れしてあげる事にするよ。




