弟子(?)をとる錬金術師③
「すいません、両親が来ちゃいました……」
「問題無いと思って、連れてきちゃった」
「あ、ああ。構わないよ……エイミー」
冒険者という父親と、錬金術師だという母親と一緒にアーニャが翌日やってきた。
リック? あいつ庭の魔導炉の前で一泊してたよ? 朝からカンカンやってる。
「あんたがライトロードか。うちのアーちゃんの師匠になるって? おお?」
「錬金術師のライトロードです。初めまして、お父さん」
「お父さんじゃねえ! ちっ、噂になってる鍛冶師じゃねえか。錬金術師じゃねえだろ!?」
いかついおっさんがオレを睨みつけてきた。
「本物の、錬金術師です」
「魔剣を打ってたんじゃねえか?」
「本物の錬金術師は魔剣も作れるんですよ。魔道具もね。アーニャさんは本物の錬金術師になる素質があります」
「はぁん?」
「あらあら、あなた。そんなに高圧的になっちゃダメよ? 昨日聞いた話で、しっかりと話し合うと決めたでしょう?」
そういえば母親に錬金術を教わったと言っていたな。
「お弟子さんを勝手に取ってしまいすいませんでした」
「あら? あらあらあら! お弟子さんだなんて、もう!」
「おい、お前……」
「う~ん、でも、確かにそうね。弟子を勝手に取られていい気になるお師匠様はいないわ。そうよね?」
「仰る通りです、先にお話を通すべきでしたね。申し訳ありません」
「うふふ、素直な子じゃない。でも若いわねぇ? その歳で人に教えられるのかしら」
「一通りの基礎的な技術を教えるだけですから。本人にやる気があれば問題はないと思っています」
「基礎的? アーちゃんには一通り仕込んであるわよ?」
一瞬アーニャの母親の視線が鋭くなる。
「水溶液の作成は問題ありませんでした。恐らく薬学系の基礎は備わっている物と思っています。次は魔道具に関連する、魔核や魔晶石といった物の基礎知識を伝えようかと思います」
「ホントに魔道具の話なのねぇ、お母さん信じられないわ」
「母さん! お師匠様は私の目の前で魔道具の本体部分を作ってくれたんだよ!?」
「昨日のうちに水溶液は出来ていますから。今日は錬金窯の魔石の代わりになる魔核を作成させます。宜しければご覧になっていきますか? 彼女のレベルに合わせるので、魔力を抑えられないと同じ部屋には入れられませんが……」
「あらあら、じゃあ問題ないわね」
「魔力を、抑える?」
「出来ないなら魔力の放出を抑える魔道具を使います。ただ、手枷のような物になりますが」
「ああ、犯罪者に使うあれか」
「そうです」
父親の方が思案顔になる。
「それが無いと見れないか? 本当に必要なのか?」
「アーニャさんの為を思うなら。錬金窯と混ぜ棒は錬金術師にとっての生命線ですから、いい物を作った方が良い。それには他人の魔力が邪魔になってしまう。別に鍵などは付いてないですから自分で外せるものですよ?」
「……わかった。見させて貰おう」
ご両親二人が納得したので、二人も連れて工房に入る。
流石に人数が多いので、オレとアーニャと両親だけでの作業だ。
「道具を見ただけで、人の力量は分かるつもりだったけど……あらあら、これはすごいわね」
「そ、そうなのか?」
「あなた、あまりその辺の物に触れない方がいいわ。危険よ」
「わ、わかった」
「や、勝手に動きだしたりしないので安心して下さい。そこの椅子に座ってて下さい。アーニャは錬金窯の準備を」
「は、はい!」
アーニャが持ち込みの錬金窯を取り出して、魔石に魔力を込めていく。
「今までは薬液、ようは液体系の錬金術しか扱ってなかったんだよな?」
「そうです。あとは魔石を削ったり、程度です」
「じゃあ簡単な丸薬は?」
「あ、そっちはあります。あまり窯は使いませんけど」
「了解だ。じゃあ今回は丸薬の要領で、アイテムを作るぞ。固形の物の作成に慣れて貰うのが目的だ」
「はい!」
返事をもらったので、窯の横にいくつもの素材を並べる。
そして昨日のうちにリックに作らせたミスリルのナイフや、魔鋼鉄のヤスリ。彫刻刀のような形の刃の作りが違う錬金刀を2つだ。
「まず、その赤い魔石をヤスリ掛けして粉を作って。粉は窯に入れるから窯の上で」
「はい。相変わらず硬いです」
「魔鋼鉄のヤスリには粉化の魔法陣をはめ込んでおいた。親指の部分から魔力を流して作業をしてみてくれ」
「こう、ですね。わぁ、簡単に粉になっていきます。魔石をリンゴみたいにすりおろせる日がくるなんて」
「まあ、すごいわ。お母さんも欲しいわねぇ」
「魔鋼鉄のヤスリっていうのが既に非常識な代物じゃないか」
「魔導炉ありますし。それで、次にこの鱗も粉にして」
「はい、これは?」
「炎竜の鱗を割ったものだ、指を切らない様に気を付けて」
「えんりゅう……」
火属性の強い素材だ。今回作る物にはとても大事。
「そして少し赤の水溶液を入れて、かき混ぜる。混ぜ棒はこれを使って。窯の魔力はまだ使わなくていい」
「はい」
2つの粉を赤の水溶液で練り上げていく。
「そしてこれ。赤い土」
「これはどこの土ですか?」
「んー? どこだっけか。なんか火山の土」
「はあ」
「ここにきて普通の素材が出て来たな」
「ダンジョンにも火山はあるから、あなたでも取って来れるわねぇ」
「あとこの粉」
「これは?」
「……これは、秘密」
戦艦花っていう、生き物が近づいてくると爆発する種を飛ばしてくる謎の花の花粉である。魔物かどうかも分からない意味の分からない花だ。
「はあ」
「これらをかき混ぜる。錬金窯の魔力も作動すること。これ使って」
ぶっちゃけ調理道具。泡立て器を渡す。
「変わった混ぜ棒ですね」
「まあ、これは錬金道具じゃないけどね。混ぜるのに便利だし」
「あらあら、お菓子作りに使えそうね」
窯の中でしっかりとかき混ぜさせる。
「しっかりとかき混ざると、混ざり合っていた赤がある程度均等になるから。この辺りはしっかり混ざってるね。もうちょっと乱暴に混ぜても平気だよ」
「はい!」
カチャカチャカチャと窯の中で泡立て器がぶつかる音が聞こえてくる。
「そんな感じ。じゃあそれを手で握って丸くする。泥団子を作る感じで」
「はい、これはなんですか?」
「爆弾」
「「「 爆弾!? 」」」
「そう。今教えている事が形になれば、アーニャには護衛が必要になるほど、この都市で重要人物になるからね。自衛の手段として持っている方がいい」
「いきなりあぶねえもん娘に作らせるな!」
「危ない物から覚えた方がいいよ。丸めて」
「え、っと? 触って大丈夫なんですか?」
「衝撃を与えなければ大丈夫。これは魔力を込めなくても、地面にたたきつけるなり相手にぶつけるだけで通常レベルの火球魔法と同じくらいの威力が出る。顔にぶつけたりしない限り相手は死なないだろうけど、確実に相手に警戒させられるよ」
「すごいですね……」
「危ない物だわ」
「そう、危ない物だ。そしてアーニャさんが覚えようとしている魔道具の修理や生産っていうのは、この爆弾よりも危ない物になる可能性が高い。人を助けるポーションや解毒薬、作り方を少し変えるだけで毒薬になるのはご存じでしょう?」
こくこく、と女性二人が首を縦に振る。
「魔道具の場合、それが更にタチが悪い。自分達が人の為に作った物でも、自分達が思いもよらなかった方法で悪用される事があるんだ。第一、今後覚えて貰うのは魔法武器だ。魔物や盗賊、侵略者と戦う為に有用なそれは、自分の身内に牙を剥く可能性が大いにある物だから」
完成した泥団子をアーニャがそっと机に置く。
「この蜜で爆弾をコーティング、串に刺してね。筆で塗りたくって乾かしたら完成。コーティングを厚めにしないと人にぶつかっただけで爆発するかもしれないからしっかりと塗る事。念のため2度塗りをすれば終わりだ」
「あ、あの。完成したら持ち歩かないといけないんですよね……」
「自分の身が可愛いなら」
オレの言葉に、アーニャはためらいがちに両親の顔を見る。
「……完成させなさい」
「父さん?」
「彼のいう事は正しい。自分が危険なものを作れる、そういう自覚が無ければ彼に物を教わる資格はないぞ。父さんは冒険者だから、彼のいう事は理解できるし、似たような事で痛い目を見た冒険者も知っている。無自覚で人を傷付ける物を作れる、それは危険な事だ。彼にまだ教えを乞うのであれば、弟子として師の指示に従いなさい」
「私も解毒剤の作成の時に何度も言ったわね。これは人を助けるものだけど、配合を変えるだけで人を殺すものになると。目の前で実践はしてなかったけど、錬金術にはそういう側面もあるわ」
成人した女性だと思っていたけど、まだ親の庇護下にあるような人なんだな。
「オレはこういった物が作れる技術を持っている。そして錬金術において、危険に繋がらない技術は無い、そう思っている。だから街の中にいるときも、常に護衛を連れて動いているし、自分を守る魔道具も持っている。冒険者の真似事じゃないが、戦う力もね」
壁側に目を向ける。いくつもの武器が立てかけられている、オレの作った武器が並んでいるのだ。
「危険な、物」
「そうだよ。こんな具合にね」
オレは壁に立てかけられている盾に向かって、アーニャが作ったばかりの爆弾を軽く投げつけた。
盾にぶつかり、爆発を起こした爆弾は炎を生んで盾を吹き飛ばし、壁の近くに置いてあった武具を倒した。
「ちょっ!」
「こら!」
「はは、危ないでしょ?」
未だに炎が地面や壁に残る。まあ工房ではたまに爆発も起きるから頑丈に作ってあるので火事になったりはしない。
蛇口を捻ってバケツに水を入れて、火を消す。
なんか知らないけど、お父さんも手伝ってくれた。
「こういうものを作成出来る技術を使って、魔道具の核の部分や魔道具そのものを作成するんだ。わかったかい?」
「わかりました……今後もご指導をお願いします」
アーニャの中で結論が付いたのだろう。目元が力強い。
両親は互いに顔を見合わせると、アーニャの言葉に頷き、一緒に頭を下げてきた。
「あ、どうせならお母さんも一緒に覚えます?」
「あらあら、いいのかしら?」
「ええ、もうちょっと広い工房に移動してまとめて指導しますよ」
「そうねぇ、じゃあお願いしちゃおうかしら。あなた、いいわね?」
「う、うむ。ただ俺もいくからな」
「仕事はいいのかしら?」
「む」
「お仲間さんたち、今日はあなた抜きで動いてるのよね?」
「た、蓄えはある……」
「あらー? どこにあるのかしら?」
「それは、その……」
「ああ、それじゃあオレから依頼をかけていいですか? この辺で良く取れる素材で、何が作れるか確認したいと思ってたんですよね」
栞達にお願いするつもりだったが、ちょうどいい。
自分達の手の届く範囲で手に入れられる物で、錬金術師が出来る事を教えられれば覚えも早いだろう。
「うふふ、決まりねぇ」
「じゃあお父さんやそのお仲間に魔道具を作るところから始めましょうか」
「お、俺達に魔道具!?」
「ええ、魔法剣や魔法の杖なんかも作らせられますよ」
「そいつはすげえ! 何を取ってくればいい!?」
「ま、まあそれは、もう少し教えてからで」
「あ、はい」
娘と奥さんに笑われた光景を見て、オレもつられて笑ってしまう。
……家族か、向こうの家族はどうなってるんだろうな。ちょっと心配になるな。




