おいてけぼりの鍛冶師①
「ああ、やっぱ騒ぎになったか」
工房を出て行ったイド達が少し行った先で絡まれているらしい。喧騒がここまで聞こえてくる。
「まあみんな美人だし可愛いしね」
イドは見たままま美人の代表みたいな姿だし、栞は健康的で可愛らしい。
エイミーはスタイルが良く大きい胸が目を引くだろう。メイド服のまま付いていったリアナも注目を集めるはずだ。
ジェシカは兵士時代の装備のまま出て行ったから他と比べれば目立たないが、口を開かなければそこそこ可愛らしい見た目だ。
「そんな女の子達を放って、オレは鍛冶の準備っと」
イドリアルと栞はあれだが、エイミーがいればとりあえず危険な目にみんなが合うとも思えない。
問題がおきるとすれば、ダンジョンに入った後に感覚器官が無い魔物でとんでもなく強い魔物が出る事くらいだ。
そんな魔物が出るほど、危険な階層まで潜る事は無いはずである。
「それで、ご主人様は何をするんですか? お手伝いいる?」
「するー?」
「今日は魔法の杖でも作ろうかなって思ってる」
それも魔導炉が無いと作るのに時間がかかるタイプの杖だ。
もちろん普段自分が作っているような、強力な武器ではない。ダランベールで言うところの、中級の冒険者が持っているレベルの魔法の杖を作るつもりだ。
「剣じゃないんですね?」
「剣はあの見物人達に持たせるのが危なそうだからね」
イド達が騒ぎになっている中、こちらに視線を向けている一人のドワーフがいる。
昨日、魔鋼鉄のインゴットで興奮していた青年だ。
オレの視線に気づき、何か叫び始めたがこちらには届かない。
とりあえず手を振っておこう。
「金床出来てるかな」
「ご主人様が作られたんでしょう? 出来てるに決まってるじゃない」
「あるじにしっぱいはないですー」
ホムンクルス2人の期待が重い。
特にセーナはここのところ留守番が多かったからか距離が近めだ。寂しい思いをさせていたから好きにさせよう。
「じゃあ早速、金床を型から外すところから始めるかな」
地面に転がしたままの型に入れておいた金床の周りの固まった粘土を、ハンマーで軽くたたく。
粘土は火によって固まった状態だ。陶器のような感触を感じる。
それを無視し、ハンマーで砕いて中身を取り出した。
うん、絵にかいたような金床だ。
魔鋼鉄は黒く、光の加減によって少し赤を感じるのはミスリルの混ざった炎竜の骨のおかげだろう。
「綺麗な艶が出てますね」
「最初だけだけどな。何度か叩きを行っただけで色合いは悪くなる」
炉の近くにセットして、近くに椅子を置いておく。
セーナとイリーナの椅子だ。
「そこから近くに来ない事」
「「 はい! 」」
オレは炉に火を入れて魔力を込める。
通常であれば火を入れてから最大温度にしたうえで魔力を充満させるまでに半日以上かかる。だがオレの専用魔導炉だし、オレの魔力回路が色々とズルするのですぐに温度があがる。
「ミスリルを中心に、水の魔石も砕いていれておくか」
いろんな人間が触る事を考えると、火の魔法じゃ危ないからね。
ミスリルが完全に溶けきる前に、トレントの太い枝を削って魔法の杖の柄の部分を作る。削りカスはセーナが箒で集めてくれたので、全部まとめて魔導炉に投げ込んでしまう。
「ねえねえご主人様」
「どしたセーナ」
「セーナね、最近イド様やエイミー様のお世話頑張ったの」
「ああ、助かってるよ。ありがとう」
オレはセーナの頭を……手をタオルで拭いてから撫でる。
「えへへへ」
「イリーナも! イリーナも!」
「いまはセーナの番よ」
「そうだな」
普段からイリーナの事は撫でているから、こういう時はセーナを特別扱いしてあげると殊の外喜ぶのだ。
「む~~」
「セーナのご飯はいつも美味しいし、いつも部屋を綺麗にしてくれているし、助かってるよ」
「そうなのよ、セーナ頑張ってるのよ」
へにゃりとした表情を見せるセーナだが、ある事に気づき顔を赤らめて不意に立ち上がった。
「そそそそそ、そろそろ家の中の事してくるわ! イリーナ! ご主人様の事お願いね!」
「うー? うん、わかった!」
大股で歩いて家の中に避難していくセーナ。
外の音が入らないとはいえ、多数の視線にさらされている事に気づいたらしい。
「男共の視線が痛いぜ」
「せーねぇどしたのー?」
「気にしないでいいよ」
さて、魔法の杖を作りますかね。
同じ型を使い魔法の杖を3本仕上げる。
杖だが、ある程度強度が必要なので金床でカンカンして、強度を高めておいた。
そして出来上がったので、今度は飾り棚に置いてあったインゴットの出番だ。
外の連中の視線と声を無視して棚ごと回収すると、インゴットをすべて魔導炉に投げ込んだ。
溶けだすのに時間がかかるので、その間にまた結界の窪みに別の仕掛けをしている。
「何をしておるのじゃ?」
「今日作った杖を置いておくからね。盗難されないように鎖でつないでおくからその土台に杭を立てておくんだ」
先ほど作成した魔法の杖にはすべて大き目の穴を作ってある。
トレントの柄の部分と金属部分にそれぞれ穴が開いており、くっつけて中さごの部分に鎖を通すとそれぞれに鎖が絡んであまり移動させられない様に出来るのだ。
「のう、ヌシ様よ」
「んー?」
なんだそのぬし様って呼び名は。
「何をするつもりなのじゃ?」
「取り合えず、今のところ魔法の武具の量産かな。午後は剣を打つぞ」
「おお、剣か!」
「まああんまり危険な属性を乗せるのも難しいけどな」
「剣なんじゃろう? 攻撃をするためにも必要に決まっておるではないか」
「それを扱わせる人間が未熟過ぎる」
「なぬ?」
ドワーフの青年が目をぱちくりさせる。
「この都市自体が未熟で歪だ。ダンジョンから稀に出土される強力な魔法の武器、それらはこの都市の中でも優秀で信頼されている冒険者や守人にしか渡されてないだろう?」
「当然じゃろう。年に数本しか出土せんのじゃから」
ドワーフの青年に合わせて周りの人間も首を縦に振っている。
「つまりそれだけ魔法の武器に人間が慣れてないって事だ。お前達鍛冶を生業にしている鍛冶師もメンテナンスなんかほとんどしたことないだろ?」
「まったく無いとは言わぬが」
「そもそも魔法の武器なんか魔鋼鉄やミスリルが加工出来なくたって作れるじゃねえか。なんでやらないんだ?」
「……売れぬのじゃ。我らが削りや叩きのみでそれらを加工した商品は作成に時間がかかるからどうしても値段があがっちまう。その分他の武具の作成に手が出なくなる。それではワシらは食っていけん」
「良い物に良い値が付くのは当然だろうが」
「それに、そうやって丹精込めて作った武器もダンジョン産から見ると霞む。誰も評価をせんのじゃ」
「いきなり上級のダンジョン武器を扱うのは危険だと誰も思わなかったのかね」
「それらを扱えると認定されるだけのレベルの人間にしか渡されないのじゃ、まあヌシ様の言うように魔法の武器を扱いきれずに死ぬ冒険者も数多くいる。武器が強くなったからと言って自分が強くなる訳じゃないのにのぅ」
「錬金術師と共同で作ったりはしないのか?」
「あやつらはポーションや解毒剤を作るばかりじゃぞ」
「いやいや、魔法武器の核の部分を作るのは錬金術師のメインの仕事だろうが」
「なんじゃそりゃ?」
「え? マジで言ってるのか?」
「…………錬金術師とは薬師の事じゃろう?」
「医者やってる奴もいるな」
「なあ、この都市って錬金術師ギルドってあるか?」
「ないぞい」
「ないな」
「聞いたこともない」
マジか、錬金術師が薬師扱いかよこの都市だと。
窯? 中和剤? 時代はハンマーと金床よ!




