自由都市の錬金術師③
「短いっす! 短いっすよ! なんでなんすか!?」
「え? えーっと? なんで?」
「これは罰です」
憤慨しているのはリアナだ。珍しい。イリーナはいつも通りのニコニコ笑顔だが。
栞と結ばれた後、居た堪れなくなりつつも幸せを嚙みしめていたらイリーナが戻ってきたので、色々と予定をキャンセルして元港町、現ダランベール駐屯基地に戻ってオレ達は風呂に入って……その、あれだ。うん。
栞は流石に参ってしまったのであちらで休ませる事にし、オレだけ戻って来たのだが、さっきまでリアナと同じロングスカートのメイド服を着せられていたはずのジェシカのスカートがミニスカートになっていた。
なかなかに際どい。
「なんかやった?」
「この雌奴隷、マスターと栞様の入浴を覗きに行こうとしたのです」
雌奴隷はやめてあげて?
「すまないっす! でもしょうがないじゃないっすか! 気になるじゃないっすか!」
「なるほど、ギルティだな」
「ギルティです」
「ぎるてぃー!」
「申し訳ないっす!」
きちんと教育された奴隷ではなかったのか、こいつは。
「今晩は自分の番なんすよね!? だったら予習しとかなくちゃって! ライト様の喜ばれるポイント探さなきゃって思うじゃないっすか! 覚悟決めておきたいじゃないっすか! 興味あるじゃないっすか!」
「色々ツッコミたい気持ちがあるが落ち着け。あと最後に本音出てるぞ」
「ライト様は子供体型が好きなんすか!? リアナさんは許容範囲外っすか!? 自分、栞様より胸大きいけど行けるっすか? あ、そうだ! なんすかあれ!? 馬車の中に無駄にドアがあるなって思ってたらそこの先に家があったんすけど!? 意味わかんないっす! 魔法っすか!?」
「お、おう。好奇心の方向があっちこっちに飛んでるな。向こうでさっぱりしてきたみたいだし」
「お風呂って気持ちいいっすね! それにゴワゴワだった髪も綺麗になったっす! 自分汚れてたんすね……リアナさんに洗われてめっちゃ汚れでて凹んだっす。リアナさんの裸めっちゃ綺麗でした。胸も、自分自信無くしたっす……」
全身綺麗に洗われたジェシカは緑色の髪の毛がツヤツヤになっており、肌もしっとりしている。
リアナやセーナ、イリーナと同じ見た目のメイド服でミニスカート。兵士であったからかしっかりと鍛えられていた足が何とも言えない色気を放っている。
「似合うな」
「っす!?」
ボンっと顔を赤くしつつも、目を泳がせるジェシカ。
「マスターのお眼鏡にかなうと思っていました」
「リアナさんや、そういうのは口に出すものではありませんぜ」
「そ、そうっす!」
「ジェシカさん」
「は、はいっす!?」
「マスターに不満を漏らすなんて許されません。貴女、立場で言えばリアナ達よりも下ですからね?」
「そ、それは勿論っす」
「であれば、与えられる服に差異があるのは当然と思って受け入れてください。それ以上何か言うのであれば、もっとすごい衣装を用意しますよ」
「この服も可愛いなと思い始めてたとこっす!!」
見事な変わり身である。
「あー、一応だが。あの馬車の仕掛けや、向こうの工房については口外法度な。これ、主人としての命令」
「うくっ」
「どした?」
オレの言葉を聞いた瞬間に、ジェシカがビクっと体を硬直させた。
「えと、自分の胸に奴隷紋があるんすけど、命令って単語に反応したっす」
「奴隷紋? そんなのあるのか」
「そういえば詳しく知らないんすよね。契約魔法の一種っす。普段は隠れてるんすけど、命令されて、それを自分が受諾すると反応するっす。ライト様からの命令って実は初めてだったので、少し強めに反応したっす」
「そうだったのか。契約魔法で縛られてるってのは……」
「先日交わした物品の譲渡書があるじゃないっすか。あれも契約魔法っすから。主人側に迷惑が掛からない様に、奴隷側の奴隷紋に主人の情報が書き込まれるっす。自分の奴隷紋にはあの段階でライト様の名が見えないようにですが刻まれてるっす」
「あれ、そんな仰々しい物だったのか。内容が問題なかったから気づかなかった」
「まあ奴隷兵を取りまとめる隊長が使う魔道具っすからね。ライト様も作れるんじゃないすか?」
「ああ。契約魔法ならば作れるな。しかし、奴隷紋か」
契約魔法の魔法陣の一種だろうか。
「えと、主人ならいつでも確認出来るっす。その、脱がないといけないっすけど、みみみ、みせますですでしょうかっすか?」
「言語不明になるぐらい動揺するんならそういう事言うんじゃない」
脱ごうとするな。恥じてるのか見せたいのかどっちなんだ。
「わかりましたっす。今晩、お見せするっす」
「絶対分かってないだろ」
「……え? 自分その為に磨かれたんじゃないっすか?」
「貴女が単純に汚らしかったからです。変な気を起こさないでください」
「汚いは凹むっすよリアナさん……」
ジェシカは奴隷兵として現場に駆り出されてそのまま譲り受けた人間だ。日本の衛生理念で動くオレとオレに合わせて生活をしていたリアナからすれば汚いと思えるのはしょうがないとは思う。
「リアナ、ジェシカに厳しいな」
「教育中ですからね。こちらの知識が必要な状況でなければそもそもマスターの横に立たせるのもまだ無理なんですよ? 本当は」
「うう、汚い……」
その時、宿の部屋のドアがノックされた。
「どうぞ」
「失礼いたしますお客様。こちらが届きましたので、お渡しいたします」
そういって宿の人間が置いて行ったのは、丁寧に封書された手紙である。
リアナが頷き、ジェシカがスカートを気にしながらそれを受け取る。
ジェシカは少しだけ手紙を調べた後、宿に人間に下がっていいよと伝えてその手紙をオレに渡した。
「明日か」
明日の朝、迎えが来るらしい。
商業ギルド、鍛冶ギルド、冒険者ギルドの代表者の名前が連名で書かれていたその手紙を見て、オレは口元を緩めるのであった。
「宝のっ! 山っ!」
「すごいっすね」
「すごいっ!」
商業ギルドが保有する地下大倉庫。
そこには歴々の未加工品の様々な魔物素材や鉱物素材が雑多に立ち並んでいた。
メンバーはオレ、セーナ、ジェシカ、イリーナだ。
栞はまだ体に違和感があると照れながら言っていたのでオレはヒクつきながら休んでてと伝えてある。
「ええ、ええ。そうでしょうとも。ダンジョンから回収された様々な素材がこちらには保管されております。まあダメになってしまう素材は流石に処分しておりますが」
魔導炉が無い為加工が出来ないものの、廃棄するには価値の高い物がそこには山積みされていた。
棚や箱に仕舞われているものから、適当に地面に転がっている物。それが視界いっぱいに広がっている。
倉庫自体もとてつもなく広い。
「ライトロード殿、炎竜をまず確認させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ああ、そうだな。ここに出していいのか?」
「構いません。解体はこちらで行いますから」
「準備はさせているさね」
案内してくれている職員さんが中心でしゃべっているが、定期的に合いの手を出しているのは商業ギルドの代表というおばあちゃん。名前はオティーリエさんと言うらしい。
それと冒険者ギルドマスターのガルムドが護衛数人を伴って倉庫に案内してくれた。
オレは手提げを叩いて炎竜の亡骸をそこに取り出した。
「おお! すごい!」
「見事な切り口だな。やはり魔剣の類だったか」
「まあ普通の鉄の剣じゃそうとう腕が良くないと炎竜の鱗は突破出来ないだろうからな」
「おい、瞳が赤く染まってるぞ? 激昂状態の炎竜を真っ二つにしたのか!?」
「信じられん……」
口々にギルマスと護衛の面々が口を開く。
「で、ここにあるものなんでも持ってっていいのか?」
「何でもと言う訳ではないさね。この炎竜に見合う報酬という形で、いくつかお譲りするだけさ」
ニコニコ顔のオティーリエさんが少し厳しめの言葉をおっしゃる。
「具体的にはどのくらいです? 炎竜の鱗とかがそっちはご所望なんだろ? 肉や目玉や血はいるのか?」
「鱗と肉くらいかしら?」
「骨とか角は? 削れば武具になるんじゃ?」
「出来ますが、金床やヤスリがダメになってしまうらしいのですよ。特に激昂状態の炎竜は体のどの部分もかなり硬化しておりますから、鱗と錬金術の素材になる血液以外の部分は買い取ってもここに積まれて終わりですから」
「ああ。なるほどね」
魔鉱石が加工出来ないから金床も大事に使わないといけないのか。
炉と違い金床は残っていた場所から回収出来たんだろうけど、新しい金床が作れないと。メモメモ。
「色々とご入用と聞いたが、何をするんだい?」
「オレは錬金術師を名乗っているんだけど、こういった魔物素材の物や鉱物素材のものの加工にも手を出しているんだ」
「大きい物の加工は時間がかかるから街の錬金術師達もあまりやりたがらないんだがねぇ」
「ああ、だからデカイのばかり残ってるのか」
魔導炉が無いとは言っても、魔鉱石やミスリル、一部の魔物の骨などを加工する道具の一部は残っているらしい。スーパーお宝だけど。
そういった物はダメになったらそれまでだから、あまり大きい物の加工をするのに使えないんだろう。
「じゃあ場所を取りそうな原石類や魔石類、魔物の骨や角、牙といった素材貰っていっていいか?」
「そうさねぇ。ぶっちゃけると邪魔だから持ってけるもんは全部持ってけって思ってるけど、まあこちらで加工出来るものは残しておいてくれよ」
「おばあちゃんっ!」
オティーリエさんの手を思わず取ってしまう!
「いいんですね!?」
「ま、まあここにあるもんも、ダンジョンに還すしか使い道がないさね。重かったりデカかったりでこっから出すのもおっくうなんさよ」
「ああ」
クルストの街でも要らない物をダンジョンに吸収させて処分してたな。
「うおおお! ミスリルゴーレムの死体だ! しかも5体分! もう動かないの!?」
「ええ魔石が破壊されておりますから」
「魔鉄獣!」
「どうぞ」
「なんだこれ? でっかい骨」
「それは黒竜王の眷属の骨らしいですよ? 私がここの後を継いだころにはもうありました。通路を整理しないと外に出せないくらい大きいので」
「これもいい!?」
「ええ、ええ」
「でっかい魔石!」
「でっかいですよね」
「ライト様、引かれてるっすよ」
「ご主人様楽しそうね」
「ああ! めっちゃ楽しい! あ、これもいい!?」
「構いませんよ? こちらの金剛石なんてどうです?」
「すっげえ! 岩じゃん! あ、これ普通の岩じゃん。金剛石どこよ?」
「真ん中の方らしいです。取り出せないんですよね」
「大盤振る舞いっ!」
このあとも職員さん何人かとおばあちゃんに倉庫内を案内されつつ、悉く魔法の手提げに仕舞いまくった。
手提げを売ってくれないかと聞かれたので、ここまで容量の大きい物じゃ無ければ作るよっていう話になって、新しい商談の話になった。
貴重な品でも消費できなければ溜まっていくだけ、でも捨てるに捨てられず……
そんな事をしているうちに倉庫がどんどん増えていったのでした。




