通りすがりの錬金術師⑥
「ん? ん?」
「いかがしましたっすか?」
「これからよろしくって? どういう事?」
「?」
オレが首を傾げると、その女性兵士も首を傾げていた。
「んと、自分は兵士っす」
「ああ、そうだな」
「だからっすよ?」
「どういうこと?」
「何々?」
女性兵士がうーんと頭を悩ませた後、先ほどのリストをオレに見せる。
「ここっす。【奴隷兵・ジェシカ=クローウェン】これ自分っす」
「は?」
「へ?」
「自分奴隷っす。こう見えてあの隊の中で一番の値が付いてる奴隷なんす!」
「奴隷……」
「どれいってどれい!? うそ!?」
ダランベール王国でも奴隷はいたが、犯罪奴隷だけだった。国が管理していた為街中ではほとんど見ず、奴隷商人も貴族で表には出てきていなかった。
「へ? 皆さん奴隷を知らんっすか?」
「言葉なら知っているが……」
「えっと、貴族の方と思ってたっすけど……まさか違うんすか!?」
「ああ、オレ達は貴族じゃないぞ」
「あたしたちはあくまでも旅をする冒険者よ!」
栞が胸を張って答える。
「可愛い奥方に綺麗なメイドを連れてるから貴族のお忍びと思ってたっす」
「かわいい、奥様!!」
「綺麗なメイド……嬉しいです」
「いりーなもきれい!?」
「綺麗っす! 特に大きくなった時なんかすごいっす!!」
「えへへへ」
綺麗って言葉に騙されてはいけない。
「んと、つまりあれか兵士さんも」
「ジェシカっす!」
「ああ、すまん。ジェシカも軍の『備品』だからこうして譲渡されたと。奴隷としての権利を隊長さんの権限で移されたって訳か……」
「そういう事っす! 正直皆さんの働きに見合う値のついた奴隷兵って自分しかいなかったっす! 自分こう見えて剣も魔法も使えて、しかも若い女で元貴族っすから!」
「元貴族?」
「あと生娘っす!」
「おういっ!」
変な爆弾落とすんじゃねぇ!
「あははは、といっても生まれた頃に国の孤児院に回収された人間っすよ。貴族として生活したことはないんす。領都で横領を働いた男爵家の末娘っす。あまりにも金を使い込みすぎて当時のクローウィン男爵家の財産だけじゃ足りなくて自分も手放されたって話っす。でも自分だけで4500万ケイルの価値があるんすよ? すごくないっすか?」
「お前さんも含めて5000万ケイルの価値って事か……いらんから帰れ」
「ええ!? 今から隊に追いつけって言われても居場所ないっすよ! 結構真剣に隊長や隊員達と話し合って決めたんすから! それにとっても名誉な話なんすから! 副長とセットで行くべきかって話だったんすけど、隊長だけだと行軍に支障が出る可能性があるから自分だけって事になったんす! 覚悟は出来てるっす! 夜伽でもなんでもするっすから連れて行って下さいっす!」
「夜伽、ねぇ。みっちー、イドっちだけじゃ足りない?」
「誤解を生む発言をするんではありません」
そういう話はしておりません。
「はぁ。そもそもオレはこの国、シルドニア皇国の人間じゃないぞ。海の向こう、ダランベール王国の人間だ」
「へ? またまた御冗談を! そんなの百年以上前から断絶してる話じゃないっすか」
「本当だ。今頃領都では大騒ぎになってるぞ。まあ領都のパーティに出て1週間くらい経ってるが」
「……マジっすか?」
「マジだ。兵士達でも話題になってなかったのか?」
「ウチら奴隷兵はいいように使われてたっすから、魔物討伐や野盗討伐で西に東に移動の日々っす。そういうニュースを聞く機会はあんまなかったっす。あと自分あんまり外の話興味なかったっす」
「ああ、そうっすか……」
胸を張っていう事じゃない。
「マスター、よろしいのではないでしょうか?」
「リアナ?」
「こちらの大陸での道案内、常識を持った人間が必要ではないかと。そう思います。今回の件もこういった常識の齟齬のせいですし。彼女がいれば今後はこういった事態を防げるのではないかと思いますし」
「いや、でもなぁ。奴隷だぞ」
正直、奴隷って響きが嫌だ。
「ジェシカさん、貴女は今までどういった生活をしてたのですか?」
「どうって? そりゃ奴隷兵っすから……」
「その奴隷兵という物を、リアナ達は知らないのです。子供のころから孤児院にいたというのは国の孤児院でしょうか?」
「あ、そうっす。領軍が経営してる孤児院で普通に生活出来てたっす。子供のころから適性を見て、兵士として一人前になるように訓練を受けてたっす。適性の無い人間は予備部隊に回されたり、女の子だったら食堂なんかの使用人に回されるっす。自分も見た目的にそっちに行く予定だったっすけど、攻撃魔法と剣の才能があったから兵に回されたっす。一応使用人としての教育も受けてるっす……その、房術は見学だけっすから優しくしてほしいっすけど」
「しませんっ!」
しかし奴隷とはいえ、意外とちゃんとしているようだ。
「孤児院て教会とかの管轄じゃないんだな」
「教会っすか? 人の管理は国の仕事っすから。太陽神教のシスターとかが説法をしに来ることは多かったですし、炊き出しなんかもしてくれたっすけど。生活の保障は領主の管轄っすよ。領によってはひどい扱いを受ける事もあるらしいっすから、ラッキーでしたっす」
そこでジェシカは姿勢を正してこちらに頭を下げる。
「奴隷兵としての責務っす。今まで領に育てて貰った自分達は、領に多大な貢献をしてくださった皆様の為に働くっす。邪魔なら殺して下さいっす。でも可能であれば連れてってくださいっす。このまま戻ったら脱走奴隷と見られるかもしれないっす」
「脱走奴隷か……」
「どうしてもっていうなら、どこか大きな街にいって代官のところで奴隷の放出の手続きを取って下さいっす。自分は国元に戻り奴隷として再教育を受けるっすから」
おお、手放す事も出来るのか。
「まあその場合、自分は多分娼館か好色貴族に売られるっすけどね。一カ月も経たずに放逐される奴隷なんて訳アリで、どうしても価値が落ちるっすから」
「重いなおいっ!」
「実際そう思われるんすもん」
これって押し売りレベルだよな!
「マスター、彼女の教育は私が行いますから」
「リアナ……」
「マスターに絶対服従という意味では、リアナやセーナ、イリーナと変わらない存在ですから」
「ああ、すでに奴隷をお持ちなんすね」
「奴隷じゃないですぅ!」
ホムンクルス達を奴隷扱いした記憶はないですぅ!!
「では少々教育と……その前に清潔にして着替えさせないとですね。一度向こうに戻りますか」
「待ってくれ、リアナが乗り気なら別にいいが。とりあえずここは元村で絶賛野焼き中なんだ。目立つから移動して安全な場所を確保したい」
「あ、それならここから北西にダンジョンのある大きな街があるっす! ミリオンマッシュの被害も報告されてないっすし、ちょうどいいと思うっす!」
ダンジョンのある街か。懐かしいな。
「そこなら物資の補給も出来るっす。それと受け取った魔物も売れるっすよ。まあその馬車は目立ちそうっすけど」
「鳥が牽いてるからな」
「だっちょん可愛いじゃん」
「確かにつぶらな瞳っすねぇ。撫でていいっすか?」
「いいよ」
絶対噛まないからね。
「おおお、フワフワっす! 魔物なのに大人しいっすね!」
「だっちょんは特別だからな」
「だっちょんは最強なんだよ!」
「でも見た事のない魔物っす」
「向こうの大陸のだからな」
向こうの大陸って便利な響き。
「おお、すごいっすね」
「ちなみに攻撃されたり奪われそうになったら反撃をするけど問題ないか?」
「獣魔登録すれば問題ないっす。でもしてないっすよね?」
「どこでするんだ?」
「冒険者ギルドっす」
「冒険者ギルド、やっぱこっちにもあるんだな」
「自由都市にだけっすね。それ以外の街だと領兵や軍が常駐してるから仕事がないんで国や領から独立している都市や街にしかないっす。逆に国や領からの補助を一切受け取らない代わりに自分達だけで生計を立てている都市を自由都市って言うっす。自分も行った事ある訳じゃないっすけど」
「結構あるのか?」
「各領土に1つあるかないかって感じっす。商人ギルドや冒険者ギルド、魔法使いギルドがでかいとこじゃないと成り立たないっすから」
「そりゃそうだろうな。都市とはいえ、街単独で成り立たせるなんて中々出来るもんじゃない」
「大体ダンジョンとセットになっている所が多いっすね。ダンジョンから産出する魔法の武器の価値はうなぎのぼりっすから。ぶっちゃけ自分よりも高いっす」
ああ、そういえば魔導炉無いんだっけ。
領都で作り方を説明して、実際に稼働が開始してるから魔法武器の価値がヤバいくらい崩れる未来しか見えないな。
いくつか放出しておくか。
「とりあえず移動するか」
オレはおもむろに鞄を広げて、隊長さん達が残していった魔物の亡骸や鉄製の武器を魔法の手提げに吸い込ませる。
そしてそれを見て目を見広げるのはジェシカだ。
「すごいものをお持ちなんすね!」
「自作だがな」
「自作!? 作れるんすかっ!?」
「ああ。素材さえあればな」
あ、でも魔導炉が無いこの大陸では貴重品かもしれない。
空間魔法の核となる部分に一部魔銀を使うから。
「ほへぇ、領主の一族やその側近の貴族が持ってるのを見た事はあったっすけど」
「そういえばあんまり騒がれなかったな。上級貴族連中の間では普通なのか?」
ダランベールでも魔法の手提げは容量の関係で良く驚かれたが。
「ぶっちゃけ持ってるとは思いましたけど、そんな袋を向けただけで全部吸い込めるような物なんか見た事なかったっす! 驚きの吸引力っす!」
「まあ便利な機能ではあるがな」
重い物もかさばる物もどんとこいだ。四次元なポケットみたいに使えている。
「自分、すごいところに貰われたんすね」
「押し付けたの間違いだろ」
「んと、その。鎧を脱いで押し付けた方がいいっすかね? 最初は躾から始まるって聞いてるっす」
「そっちはいらない」
「あたしで間に合ってるよ!」
栞の嘆きが木霊した瞬間、全員の視線が栞の胸部に集中した。
「間に合って、る、よ。ね?」
「涙目にならないで欲しいんだな」
扱い辛いから。
DOREI☆




