通りすがりの錬金術師④
「どした!」
「竜!」
「竜だとっ!」
オレは窓から身をのりだし、隊長さんが椅子を転がし立ち上がった。
「左上方! 森の方!」
遠目に見える赤い竜が翼をはためかせ、森に着地した。
「くそ、やはり来たか」
「やはり?」
「ミリオンマッシュは炎竜の好物だ!」
「え? あいつキノコ食うの?」
以前ダンジョンで戦った事のある火竜が何か食事をしている姿は見た事なかった。
「ミリオンマッシュの発生時、領都では厳戒態勢が敷かれた! ミリオンマッシュも危険だが、それ以上に危険なのが炎竜だ! 場合によっては3頭も4頭も出て来るぞ!」
マジでか!
「みっちー!」
「ダメだ!」
「でもぅ」
「考えてみろ! ミリオンマッシュが狙いならあいつの近くにいるって事だぞ! また胞子を頭から浴びたいのか!」
「いやだけど」
兵士達の様に命を懸ける事なんてオレ達には出来ない。薬を体に塗りこんで、肺も浄化したがまた同じ目に合うだけだ。
「やるならイリーナだけだ」
「です! あのかりゅーならたおしたことあるです!」
ああ、そういえばダンジョンの中で戦わせたことあるな。
こっちでは火竜の事を炎竜と呼ぶんかな? 見た目火竜だけど。
「私も火竜くらいならっ」
「火竜だけじゃないだろ。頼むからいう事を聞いてくれ」
オレが栞と話している間に、隊長さんも懐から笛を出して兵士達を呼び寄せた。
「こちらに気づいているな」
「あるじ、あいつおこってるです」
「は!?」
烈火状態の火竜と外でのバトルかよ。
「隊長!」
「マスター!」
兵士達と一緒にリアナもこちらに合流してきた。
彼らは火竜……炎竜の存在を確認すると、目を見開く。
「マスター、装備のご準備を。私は結界柵を配置いたします、遠距離でしか対応出来ないでしょう?」
「それはそうだが」
「既にこちらに向かっている以上、このまま閉じこもっている訳にはいかないじゃん! 広域に結界柵を配置すれば矢や魔法で攻撃出来るでしょ!」
その矢や魔法といった遠距離攻撃持ちがオレしかいないんだよなぁ。
「分かった、装備を整える。栞とリアナで広めに結界柵を地面に設置してくれ。着替えて来る」
「うい!」
「了解!」
エイミー、セーナ、イドを置いてきた以上遠距離攻撃持ちはオレだけだ。状況的にエイミーとイドは連れてきてもキノコの胞子を浴びる危険がある。
栞を含めてオレ以外はみんな頑丈だが、体内に魔物が侵入してきた場合どうなるか分かったものではない。
馬車の窓にカーテンをかけて、旅人っぽい服装からいつもの魔導士っぽい装備に変更をする。
ローブを着て、ブーツを取り換え、迷ったが黒銀の手甲もはめる。
手提げを片手に馬車から降りると、ちょうど栞とリアナが柵を馬車の周りに設置したところだった。
「マスター、起動します」
「みっちーよろしく!」
「ああ、分かったよ。もっと近づいてくれないと攻撃出来ないからな」
「はい、あとはお任せいたします。さあ栞様、お体を清めますよ」
「リアナとまた洗いっこだね」
何その洗いっこって魅惑の響き、混ざりたい。
「はあ、緊張感が無いな」
オレは以前使っていた杖を更にグレードアップさせた、新しい白銀の背の高い杖を手に取り、手元でカートリッジを回転させる。
「相手は炎竜だ、まあ素直に氷でいくかな。っと、隊長さん。そっちで炎竜は倒せるかい?」
「地面に降りてくれればなんとかなるかもしれんが、話が本当ならあれは激昂状態というやつなんだろう?」
「そうだなぁ」
向こうでは烈火って呼んでたけど。
「ならば怒りが収まるまで待つしかなかろう……なんとか逃げ延びて、反撃に出るしかない」
流石は兵士達の隊長さんだ。魔物の生態にも詳しいらしい。
「しかも3匹もいる」
「え? あ!」
着替えているうちに増えていたらしい。こちらに飛んでくる炎竜が2匹追加、3匹になっている。
怒ってるのは1匹だけだが、面倒な事に変わりはない。
「先ほど目に見えるほど巨大な胞子が森から飛び上がり、更にそれらに火がついて火柱が起きていた。恐らくミリオンマッシュは炎竜に倒されたのだと思う」
「しばらくあの森は立ち入り禁止だな」
「……まあ炎で燃え上がっているから元々近寄れぬ」
炎で胞子も燃えてくれればいいんだけどね。
「流石に3匹もの炎竜を相手に出来ん。今村人を村長の家に押し込めて周りに水をかけさせているところだ」
「そうか。どうりで兵隊さんが少ないわけだ。ここで迎え撃つのか?」
「……それについてはスマン、先ほどいた小柄な少女がこの柵の中なら安全だと」
「あーなるほど」
栞のおしゃべりさんめ。
そんなこんなで話していると、怒り狂っている炎竜の1匹が口から炎を垂れ流し、赤い瞳でこちらを完全にロックオンしてきた。
「ひぃっ」
兵隊たちの何人かが小さな悲鳴を上げる。
まあ分かる。オレも柵の中が安全だと分かっていても、若干尻込みをするレベルだ。
オレはそんな炎竜の熱い視線に応えるべく、籠手を起動させ杖を高く掲げた。
目前に迫る炎竜のブレスが、オレ達と馬車目掛けて放たれる!
巨大な火炎の放射が視界を埋め尽くし、その炎が地面ごとこちらを飲み込もうと迫りくる!
兵士達は男女問わず悲鳴を上げ、隊長さんは大きな盾を構えてオレの前に出てくれた。
しかしその炎は、栞とリアナの設置しておいてくれた結界に阻まれて霧散する。
「くっ! 何?」
歯を食いしばり、全力で防御態勢に入っていた隊長さんから驚きの声があがる。
炎がなくなると、その眼前には血走った瞳の赤く巨大な竜。
「ひゃあ!」
炎が効かないとみるや、即座にその巨大な口を広げてこちらに顔を伸ばしてきた!
「お、おい! 大丈夫なのか!?」
「問題ないよ。それより、生きた炎竜の口の中を拝める貴重な機会だぞ?」
実際は怖いけど。
炎と同様、炎竜の噛み付きだか体当たりだか分からない攻撃は柵で止まり、炎竜の牙の何本かに亀裂が入る。
『GYAAAUUUU』
思わずのけ反り、苦悶の悲鳴を上げる炎竜。
「マジックブースト、アイスコフィン」
両手に握る杖を掲げて、魔法の威力を高める。そして発動するのは氷の拘束魔法。
黒銀の籠手も起動させて、遠隔地に魔法を発動。
かくして、巨大な四角い氷に炎竜が封じ込まれた。
「「「 は!? 」」」
その光景を見た上空の炎竜の2匹が、目を細めてこちらに火球を飛ばしてくる。
怒り状態の炎竜と違い、通常の状態の炎竜は爆発する火球をこちらに飛ばして攻撃をしてくることが多い。
そしてそれらの火球も結界によって阻まれる。
「すごい……」
「信じられん」
「これが魔法盾!? 内側から魔法を撃ってなかったか?」
「物理も魔法も防ぐ防御魔法!?」
「炎竜の噛み付きまで防げるとは!?」
「ありえん」
兵士達に混ざっていた魔法使いが結界の特異性に気づく。
普通の魔力による盾は魔法なら魔法用、物理なら物理用に切り替えなければならない。更に盾の内側から攻撃をする場合、盾を解除しなければならないのだ。
これは盾ではなく結界だが、本来の効果は似たようなものである。こちらも結界の内側から外へは攻撃が出来ないのだ。
オレは黒銀の手甲で空間を飛ばして魔法を放っている為、結界をすり抜けて相手に魔法を撃つことが出来る。
実際にこいつの元となった悪魔もその能力を持っており、仲間から強靭な守りを貰いながらその守りの外へと攻撃を繰り出して来た強敵だった。
「降りてくるぞ!」
隊長の言葉通り、炎竜が強靭なかぎ爪をこちらに振り下ろしながら飛んできた。というか落ちて来た。
「どうせなら怒ってくれないかな……そっちのがいい素材になるのに」
「「「 えええええ!? 」」」
あ、本音でちった。
でも下手な事をして村に被害が出るのも問題だ。
「イリーナ!」
「はい!」
イリーナが馬車にくくりつけてあった巨大な剣を手に持ち、結界から飛び出していった。勢いよく飛び掛かってきていた炎竜の横を通り越して更に奥の空を飛ぶ炎竜へと迫っていく。
「そっちかよ。まあいいいや」
イリーナの体からキラキラと綺麗な光が放たれる。みるみると体が成長していき、小さな子供だった見た目から背の高いグラマラスな美女へと変貌する。
色々と研究を重ねた結果、イリーナのメイド服や下着もイリーナの体の大きさが変わると同時にサイズを変えられるように作った。
ここ1年で一番時間がかかった研究かもしれない。てか変身ヒロインの服を作る日が来るとは思わなかったよ。
「はあああああああああ!!」
身体強化をかけて空中を翔けるイリーナは、長い髪をふりかざしながら奥の炎竜の前で更に空中で跳躍をする。
黒い大剣を振りかざし、炎竜の首を真横から分断した。
小さな体のままだと、あそこまで空中で方向転換したりすると剣に振り回されるから、ああいった戦い方をする時はイリーナは大きくなる。
「「「 おおおお!! 」」」
兵士達から感嘆の声があがる。
「マジックブースト、ツインアイスパイソン」
オレは手前側にいた炎竜の足元に巨大な氷の蛇を生み出す。
生み出された氷の蛇は、体の中腹あたりから体を分断させ頭を2つに分けてそれぞれが絡みつき、炎竜の体を拘束していく。
地面に落下中のイリーナは空中を蹴り、炎竜の頭と体を魔法の袋に片付けながら地面に着地。
身動きの完全に封じられた炎竜の首を両断した。
「「「 おおおお!! え!? 誰!? 」」」
さっきは遠目で見れてなかったようで、イリーナの変化に驚く兵士達。
「そういう種族だ。気にするな」
「「「 はぁ 」」」
適当に答えを返しつつ、氷の棺で閉じ込めた炎竜に視線を向ける。
氷は内側から溶かされひび割れている。
この魔法を考えた海東だったらこのまま倒せてたかもしれないが、オレの技量では足止めにも足りないらしい。
ちょっと悔しい。
氷を砕いて炎竜が再度現れた。先ほどよりも目つきが厳しい。
『GAAAAAAAAAAAA!!』
強烈な咆哮に炎竜の周りの空気が歪んでみえる。
「主!」
「ああ! どうやらダンジョンの奴より強い個体らしい! 特殊個体だ!」
魔物の中には長い年月を経てその魔物としての能力を増大化させる物が存在する。
進化とは違う、特殊な個体だ。
妙にヌンチャク捌きの上手いゴブリンだったり、引き締まった筋肉をもったスリムなオークだったり、とても小さなジャイアントだったりと様々だ。
「こいつはどんな能力だろうな」
「竜の特殊個体の相場は決まってるっす! 単純に……強くなるっす!」
兜で顔はよく見えないが、女性の看護を任されていた兵士だ。
瞬間、先ほどよりも強烈な炎がイリーナを包み込む。
「イリーナ! よせっ!」
「焔切りっ!」
オレの叫びと同時に、イリーナが大剣を片手で振るい炎のブレスを切り裂く!
「ひゃっ!」
イリーナの視界から炎が消えた瞬間、イリーナの体が炎竜の太く長い尻尾で薙ぎ払われてしまう。
「だからいったのに……」
イリーナの悪い癖だ。
アイツの装備ならそもそも炎は効かないのに、なんでも剣で対応しようとする。
だからああいう風に視界を狭める時があるんだ。
吹き飛ばされ空中に身を投げだされたイリーナは、空で地面を蹴って態勢を立て直す。
「うう、貴様ぁ! 主に頂いた服に良くも埃を!」
尻尾と頭の耳と目くじらを立てるイリーナ。
「無事なんすか!?」
「マジックブースト、ツインアイスパイソン」
先ほどの炎竜と同じように体を拘束させるべく、氷の蛇を足元から生み出す。
『GRUUUU!!』
体から強烈な炎を発し、氷の蛇を瞬く間に蒸発させる炎竜。
「口から以外も炎が出せるのか……」
「だが苦しそうだな」
「あいつ自身が自分の炎に耐えられていないのかもしれないな」
強烈な炎が炎竜の体から吹き出し続けている。自身でコントロール出来ないのかもしれない。
オレは杖のカートリッジを回して属性を切り替える。
「目をつぶってろ!」
サングラスをかけて杖をかかげる。
「シャイニング!」
ただの閃光魔法だ。ただし、発動するのは炎竜の文字通り目の前だ。
「イリーナ!」
「はあああああああああああ!!」
メイド服のスカートをひらめかせ、大剣を振り下ろすイリーナ。
炎竜の上からイリーナは大剣をたたきつけると、そのまま地面まで大剣を体ごと振り下ろした。
「あ!」
「素材がダメになっちまうな」
両断された炎竜の体が左右に崩れ落ちていく。
まあ目玉や牙が手に入ればいいか。
1話で負けるドラゴンさん




