通りすがりの錬金術師③
「……すでに何人か亡くなっているのか」
「そうだ。老人を中心にな」
兵士達に案内されたのは、100人にも満たない人間が住まう小さな村だ。既に何人も亡くなった結果、100人を割ってしまったようだ。
人の気配が希薄で、まだ体が動く大人の男しか外にはいない。
それらも水を運ぶのに忙しいようだ。
「ライラック隊長!」
「待たせた。薬を配布する。胞子の除去の状況はどうだ?」
「風の魔法使いを中心に実施いたしました! 人の住んでいない建物まで処理は済んでおります!」
この村に残っていた兵士だろう。彼らも顔色は悪い。
「よし、ジェシカ」
「はいっす!」
「女性の治療を任せる。村長の家を使わせて貰え、動けぬ者のところには直接行って手当を」
「わかったっす!」
「リアナ、手伝ってやれ」
「畏まりました」
女性の兵士は数が少ない。リアナは人の看護に慣れているから力になれるはずだ。
「これから追加の分を馬車で作ってくる。これだけの人数がいるならもっと量が必要だ。素材は手持ちの物で事足りる」
「助かる」
「構わないよ。とりあえず完成している分は隊長さんに渡しておく。リアナ、女性は……」
「子供、妊婦、病弱の方を優先にですね」
「ああそうだ。力になってやれ」
「はい」
女性の兵士達がかたまって動く中に混ざり、一緒に移動を始めるリアナ。
リアナの後ろにチェイクが付いていくので、周りの女性兵士達や村人たちがビクついている。
リアナの護衛はチェイクがいれば十分だろう。何気に強い魔物だし。
「栞、状態異常のアクセじゃ防げない可能性が高いからお前は近寄るな」
「んー、でも」
「オレも村までは入らない。また全身洗われたくないからな」
「あれは楽しかったね! またやってあげよか!」
「絶対に近寄るなよ。馬車の周りに魔物除けの結界を張る。そうすれば胞子は入り込めないはずだ。勝手したら今度はオレがお前を洗うからな」
「せくはらだー!!」
「しかも縛り付けて」
「えすえむだー!!」
ちょっと面白そうにするんじゃありません。
「絶対に馬車の結界から出るな。分かったな? イリーナ、栞を含めて見張りを頼む。別の魔物が来ても迎撃に出るな。ここには戦闘のプロがいるんだ、そっちに任せろ」
「えー」
「頼むから。オレは今からああいう微細な魔物が嫌がる魔道具を作る。それまで我慢してくれ」
「むう、分かった」
馬車での移動中も携帯錬金窯を使い追加で薬を作成したが、さすがに村人全部となると数が足りない。
手持ちの噴霧器で解毒剤、というか除菌剤を噴霧するだけでキノコの胞子がどうにかできればいいが、それも不明だから調べなければならない。
それにこういった場合、汚染されている状態でも村の人間は村を離れることが出来ず、家もそのまま住む事がほとんどなのだ。オレ達や兵隊がいなくなった後、人知れず村が全滅。なんて事にもなりかねない。
馬車に戻り、除菌剤を噴霧してキノコの胞子を撃退出来るか試してみる。
菌な上に魔物なのだが、幸い噴霧器で軽く振りかける程度で撃退出来る様だ。
だが人間にはともかく、家や井戸をすべて以前の様に清めるとなると手持ちの素材では圧倒的に足りない。
大量にある消毒液も試してみるが……噴霧器で振りかけるレベルじゃ効かないか。
「イリーナ、隊長さんを呼んでくれ」
「はい!」
元気よく返事をしたイリーナが走って隊長に声を掛ける。
隊長の顔が若干緩んでいるが、イリーナは自信満々にキツネ尻尾をフリフリさせながら隊長を連れて来た。
「あるじ、つれてきた」
「ああ、隊長さん。家々を清める気はあるか?」
「家を?」
「ああ、詳しく説明するか。窓越しで悪いが」
「いや、構わない」
「いす! どうぞ」
「ありがとう」
気のきいたイリーナは椅子を隊長さんに差し出すと、御者台の栞に褒められている。
「こちらに来る前に説明したが、あの胞子は小さな魔物の集まりだ。それは理解出来ているか?」
「ああ。虫の様な物と考えている」
「調べてみたが虫と違って自分では動かないようだ。風に舞って空気中を漂い、着地した場所が生き物であれば攻撃をする、そういう物だと思う」
「そうなのか。じゃあ村の中で無事だった者は……」
「多分胞子が上手い具合に当らなかったのではないかな? 空気と一緒に吸い込まなければ体内に入る心配はないからな。あんたたちみたいに近くから攻撃をしていた人間に吸い込むなというのは無理な話だが」
オレの言葉に隊長さんが頷く。
「問題は家の屋根や井戸の中だ。胞子は村中に充満したんだろう? 一度回復した人の体内にまた入る危険性があるし、井戸の中に胞子が入っていて、水の中でもその小さな魔物が生きていれば……」
「また体内に入ってしまう可能性があるのか!」
「そうだ。家をすべて先ほどの解毒剤を使って清めなければ住んではいられない。だが建物や井戸、畑など村人の生活エリアすべてに解毒剤を撒くとなると」
「膨大な金がかかるな」
先に金の心配かよ。
「……まあ、それもあるがそれ以前に材料が足りない。人間に回す分とオレ達の備蓄の分で終わりだ」
「そうか」
隊長さんが深いため息をつく。
「仕方ない、村を放棄させる」
「あんたが決めていいのか?」
「村長が亡くなっていた。今はこの村に代表者がいないから俺が代わりに彼らを導かねばならない。それに、村を放棄することも視野に入れて我らは行動していた……気分の良い物ではないがな」
首を隊長さんが降って、顔を上げる。
「みっちー!!」
その時、御者台の栞が突然声を荒げた。
ミリオンマッシュの胞子攻撃!




