炉をもたらす錬金術師⑥
旅支度といっても基本的に荷物は全部手提げの中だ。
前回カリム区長の統治するウルクスに向かった時も準備が必要なものはほぼなかった。
ホムンクルスの馬に馬車を引かせて、ただゆっくりと移動するだけであった。
しかし、このゆっくりというのに不満を持つのが栞である。
「車作ろう!」
「悪路ばっかでダメだ。 金属製の車は車重で動けなくなる」
「ひこうき!」
「空中の魔物は手ごわいし、地上から人間の攻撃も受けるぞ」
空に飛んでるものは全部魔物が常識だ。
エイミーで幻影をかけても襲われる時は襲われる。ハクオウの護衛が無いと怖い。
「あたしがやっつける!」
「人間もか? 第一常識外の存在に攻撃を受ける可能性も考慮しないといけないんだ。空中は危険すぎる」
海東のような常識外れの化け物魔法使いがこの世の中には存在するんだ。
エルフ達もそうだし、シャク王子の兄、第一王子のウォルクス=ダランベールもその一人だ。
どんなに強固な結界でも空中では踏ん張りがきかず吹き飛ばされる可能性を考慮しないといけない。
空間ごと固定出来ないようであれば、それは耐える事が出来ず、それを空中で行うことができる人間はおそらくいない。
「ばいく!」
「二人乗りか? イリーナは小さいから乗れるか……だったらお前走って並べよ」
「あたし!? みっちー走りなよ!」
「オレじゃ3分ももたん」
「あたしも疲れるから、や!」
同意見だ。
「ホバークラフト!」
「仕組みがわからん、お前知ってるか?」
「知らん! エイちゃん知らない?」
「ごめん、わかんないや」
「むうぅ」
なんか空気で浮かせてるんだよな、あれ。
「あの、ロードボートで低空飛行じゃダメなの?」
「出来ないことはないけど、周りに被害がね」
「そっかあ」
ロードボートは風の鎧を纏って空を飛ぶのだ。
地表スレスレを飛ばすことは可能だが、風の鎧に触れたものが吹き飛ばされる。
近くに人がいたらかなり危険だ。
「そうだ! じゃあ馬車を改良しよう!」
「どういう形で? 車体を重くするとやっぱり悪路ではまっぞ」
「ああいえばこういう!」
「どうも」
「むう」
唸る栞。
「あ、あの」
「おお、エイちゃん! 何かいい案が!?」
「単純に、ホムンクルスの馬を増やすとかは? 今は1頭で引かせてるから2頭にすれば速度も……」
「どうかな……そこまで差は出ないかと」
「じゃあ馬より力強くて足の速い生き物でひかせる! 竜とか!」
「竜車か」
「うん! ファンタジーの定番!」
「それは……面白そうだな」
動物型のホムンクルスは思考を縛りさえすれば人間の様にドッペルゲンガーを素材として作成する必要が無い。
普段馬車をひいているホムンクルスの馬は、自力で上手に作成する事を諦めて戦場で死んだ馬の死体を使用して作成したものだ。
馬車をひけるような大きさの竜の魔物、何種類かいた気がするな。
「尻尾が邪魔だなぁ」
「だね。馬車も作りなおしになりそう」
栞と二人で魔物を眺めて腕を組む。
エイミーも見たいと言っていたが、魔物の死体を素体とするからここで血抜きと解体するよって言ったらそそくさと工房から出て行った。そういうのはまだ苦手らしい。
そして竜車を作るのはなんか違う気がするとの結論に栞とついた。
色々と竜の死体を地面に置いた結果、分かった事だ。
尻尾がどいつもこいつも長い。
尻尾の短い竜は地竜のタイプのみだ。歩く速度が基本的に遅い。
走る時はそこまで遅いとは言わないが、とドスドスと振動を起こしながら走る魔物、馬車に使うのは少々向いていない。
足の速い竜タイプの魔物は2足で走るが、尻尾が長いので馬車に当ってしまう。
でもあまり馬車と距離を置くと曲がる時大変だし、なにより見た目が長くなってしまうから格好悪い。
「他になんかいないの?」
「あとは鳥のタイプくらいかな?」
そこで1匹の鳥の魔物の死体を倉庫から取り出す。
「チョ〇ボ?」
「言うなって」
オレもそう思っているんだから。
茶色い毛に体が覆われた、体長が3m近い二足歩行の飛べない鳥である。
長い足と長い首が特徴のモンスターだ。
「この子にしようよ!」
「いいけど、何が合うかな」
オレは魔法陣の書かれた紙を一枚取り出してその鳥、【ダッシュピーパ】のお腹の魔核付近にその魔法陣を置く。
軽く魔力を流して魔法陣に走る光を目で確認。
「それは?」
栞がオレの顔を覗き込んで聞いて来る。
「その魔物の属性を確認する為の物。まあ予想通りこいつは土よりの風だな」
念のためきちんと調べないといけない。魔物の属性はその種類でほぼ固定されているが、多少は個体差があるのだ。
それに先入観だけで属性にあたりを付けるのも危険である。
火を吐く魔物が火属性とは限らないのだ。
「それで? どうやって作るの!?」
「まず血抜きだ」
工房備え付けのクレーンで逆さまに釣り上げて、ギャグ漫画に出て来そうなでかい注射器にチューブを取り付けて、ダッシュピーパの首に刺す。
魔道具が取り付けられているバケツにダバダバと血液が流れだす。
「うええ、すごい匂い」
「まあなぁ」
普通の血抜きではない、魔道具を使った血抜きだ。みるみるうちにダッシュピーパの体は縮んでいき、見た目的に言うとカラカラになる。
その状態で胸の部分を切り裂き、魔石を取り出してテーブルの上に置く。
「ほっほぅ、手慣れてるね!」
「お前らはみんな魔物倒してくるだけだもんな」
普通の冒険者は魔法の鞄などの高級品は持っていないので、大体その場で解体をして必要な部位だけ持って帰ってくることが多い。
イドも以前、クルストの街に住んでいた最初の頃がそうだった。依頼で必要な部位と食べれる部位以外は放置だった。
ただ、錬金術師として言わせると魔物の素材で捨てる部位というものは中々少ない。血液一つとっても研究対象だ。
イドに魔法の鞄を渡して丸ごと持って帰ってきてくれと言ったら、溢れかえるほど持って帰ってきてくれた。
イドは倒すよりも、解体する時間の方が長かったらしい。
ちなみにクラスメート達も丸ごと持ち帰り派だ。現代日本人に解体なんて無理なのである。
この鳥の魔物もそんな魔物の一つだ。
「ちょっと馬車を引くには足が細いな」
そのままの大きさで錬成しても十分な形になるだろうが、四本足の馬や牛と違い、二本足で歩く鳥は足が細い。
パワーで走るのではなく、体の軽さで速度を確保しているのだろう。
まあ魔物だから十分パワーもあるだろうけど。
先ほど広げた何匹かの竜の魔物の属性を調べて、ダッシュピーパに近い属性を持つ竜の1体釣り上げて、血抜きを行う。
その間に血抜きの終わったダッシュピーパのお腹を開いて内臓を取り出し、魔石も回収する。
「うええ、やっぱぐろいね」
「臭いもきついしな。生物素材の解体はこういう面との戦いだ」
もう慣れたけど。
それに工房内は空気を循環させる魔道具が仕込んであるから臭いもすぐに落ち着く。
「さて、大きい方の錬金窯でも入らないか」
当然である。
ただし、こういった調合を行う為の設備もこの工房には存在するのだ。
馬のホムンクルスも錬金窯には入りきらなかったからね。
「そっち持って」
「あいあい~」
栞と二人で錬金窯を移動させる。
そして、床板を取り外し壁のハンドルを回す。床板の下からお風呂よりも大きな水槽がせりあがる。
「おおー!」
「こいつを使うのも久しぶりだな」
これは特に大きいものを錬金する時に使う専用の錬金窯だ。まあ窯には見えないけど。
上から覗きこんでみるだけでなく、周りからも確認出来るようにガラス張りだ。
そしてこのプールの下には魔法陣が敷いてあり、熱する・冷やすといった行為も行える。ただ鍛冶設備ではないので、温度は300度くらいまでしか上げる事が出来ない。
「でかい! 中入っていい!?」
「そのまま煮るぞ」
「鬼か!」
「はっはっはっはっ」
道長君が解体ができるようになったのは、他にやる人がいなかったからとも言う




