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私と僕とアクアリウム  作者: Heine Sudra
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桜の花びら

 泳げない僕は目の前を浮かんでゆく月光に照らされた空気泡を見つめていました。

 3月下旬、太陽が少しずつ落ちてゆく中で、東京都立の高等学校に在籍する僕は写真を撮るために、川沿いを独り下っている。当然、桜の季節ということなので人通りがものすごく多い。歩けば肩は擦れて、自分の履いている靴の紐が解けたかどうかも気にできない。

 だがあと数時間もすれば人通りは掃けるだろう。それまでの辛抱だ。そして僕は濾される餡のように人混みの中を前へ前へと押し出されている。ここで餡子の餡を喩えに出したのは春っぽさを僕の頭の中で演出した結果である。それほど餡子にこだわりは無いが強いて言えば僕はこしあ……。

 妙な説明文を僕の脳内で喋っていた途中……。僕の眼球から脳内へ一直線に景色が差し込んできた。川を挟んだ向かいの道に映るハーフアップの女の子。風を嘲笑うように舞う桜の"はなびら"を親指と人差し指の二本指で掴み取る。

 魔法使いだ、この世のものじゃない。反射的にそう思い込んでしまった。大袈裟なのは分かっている……。しかしその瞬間においては微塵も大袈裟に感じ無い程に思えた。それほどに僕の視界を独占し続けたのだ。いやそうではない。これは僕の眼球に流れ込んできたのでは無い、彼女が自身を僕に流し込んできたのだ。そう、まるで

「貴方にしか私は見えていないのよ」と微笑むように。

 僕は彼女を追いかけて、川に点々と架けてある橋のひとつに目をやり、そこを目掛けてひたすらに人混みを掻き分けた。息を詰まらせる思いで人混みを必死に掻き分けて、橋を渡り、向かいの川沿いの道を進んでいった。しばらくすると、空が帳を下ろしたように薄暗く変化してゆく。そして掻き分けていた人混みは段々と薄れて居なくなり、気づいた時には川の向こうにいた彼女と、僕は2人きりとなった。

 なぜだか彼女はこっちを見つめて、そしてゆっくりと歩み寄ってくる。

「……ねぇ、私が桜を掴む瞬間、見てたよね?」

僕の脳内は今、文字通りの真っ白だ。確かに見たことには見たが、こうやって面と向かって問われると悪い事をしたかのような気分になってしまう。

「見たよ。二本指で、ぱって、"はなびら"を取ってた。」

すると彼女は

「ただ取っていたんじゃないの。貴方に"花弁"を取っているって、想わせてたの。」

全くもって彼女は何を言っているんだ……?確かにあの瞬間この目の前にいる彼女しか目に映らなかった。

「んーとさ、それ、つまりはどういうこと?」

僕が今聞けることなんてこれが限界だ……。彼女は少し考えてからこう答えた。

「魔法をかけたの。水族館みたいなね。」

何だこの女は。摩訶不思議がここまでピッタリくる女は初めて見た。水族館とはなんだろう。彼女の言うことの意味が汲み取れないまま、僕たちを見届けていた太陽が眠りについた。

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