1-4:瀕死の少女
「カラナ、もっと胸の辺りを照らしてもらえる?」
リリオの指示通り、手のひらの上に生み出した"照明球"を少女の胸元に寄せる。
捕縛した『ハイゴーレム』の拘束は部下に任せ、カラナは下水道で助けた魔導師――この少女を密かに自宅へと運び込んだ。
もうずっと意識が戻らない。少女のケガは思っていた以上に深刻だった。
顔こそ傷ついておらず酷く汚れているだけだが、服を脱がせ露わにした上半身は、ほぼすべてがヤケドに覆われていた。その上、胸から脇腹にかけて深い刀傷が走っている。
胸が上下しているため、かろうじて息があるのは分かったが、瀕死の重傷だった。
先日の『ゴーレム』との戦いでついた傷――と言う訳ではなさそうである。
だとしら、こんな重傷の身体で、あの戦いを繰り広げたと言うのだろうか?
「助かりそう?」
「分からない。何とか頑張ってみるけど……!」
深夜にも関わらず、リリオはすぐさまカラナの自宅に駆けつけてくれた。
カラナのベッドに寝かされた少女の治療を懸命に続ける。
ずれた眼鏡を直し、額の汗をぬぐい、少女の傷口から石の破片をピンセットで取り出す。
傷口は魔法で塞げるが、その前に皮膚の内側に入り込んだ石や金属片を取り除かねばならない。
「全身の火傷と言い、何か爆発に巻き込まれた様な感じね。
カラナ、タオルを交換して」
血で真っ赤に染まったタオルを受け取り、真新しいタオルをリリオに渡す。
「こんな女の子に酷い! 誰がやったのかしら……!」
リリオは誰に聞かせるでもなく独白を繰り返しながら、少女の傷口をひとつひとつ塞いで行った。
***
カラナは、このコラロ村の出身である。
父親は首都テユヴェローズで漁師を営んでおり、一年の大方は海の上で過ごす男である。その為、幼いころから母親とともにコラロ村で育って来た。
彼女の実家は村の東側にあり、やや年季が入っているが煉瓦造りの二階建てで、村長ローレルの屋敷と比べても遜色のない立派なものである。
少女を治療していたのは、二階にある彼女の部屋であった。
治療が終わり、少女の容態が落ち着きを取り戻したのは、夜明けが近づいた頃合いだった。
静かに自室の扉を閉め、リリオとともに一階に降りる。
降りた先はリビングがあり、部屋の中央のテーブルにひとりの恰幅の良い女性――カラナの母親ブランカが座っていた。
テーブルの上には火の灯ったロウソクと、裁縫道具が散らばっている。少女が身に着けていた上着のほつれを縫い込んでいる様だった。
「お母さん、まだ起きていたの?」
「あんな傷だらけの子どもを連れ込まれて、寝れる訳がないじゃないか」
視線を手元に落としたまま、ブランカは答える。
「ごめんなさい。他に思いつかなかったの」
カラナとリリオが並んでイスに腰かけると、ブランカは視線をふたりに向けた。
「謝ることじゃない。あんたは良い判断をしたよ。
あんな素性の知れない女の子を診療所や紅竜騎士団の詰め所に連れ込む訳には行かないからね」
リリオに向き直り、頭を下げる。
「ありがとうねリリオ。こんな夜中に無茶を言って来てもらって」
「いえ、医師の務めです」
屈託なく笑うリリオだが、相当に疲れているだろう。
村人の治療にひたすら専念したその晩に、今度は瀕死の少女の治療である。よく集中が切れないものだと感心する。
「それで、大丈夫なのかい、あの娘は?」
「身体の傷はすべて治しました。しかし、意識が戻りません。最悪このまま……と言う事も」
「そうかい……」
ブランカが腕を伸ばし、針を引いて糸を深く編み込む。
「これはあの娘の着ていた服さね。ぼろぼろだがこりゃずいぶん上等な代物だよ。
……とりあえずここまでかな?」
上着を丁寧に折りたたんで、テーブルに置く。他にも彼女が身に着けていた物が一式、キレイに並べられていた。
上着と同じ素材のズボンに、これまた上等な群青に金の装飾が施されたローブ。
そしてテーブルの脇に立てかけられた錫杖だ。
銀の本体に金のレリーフがあしらわれ、先端には大きな碧い魔導石が埋め込まれている。手にするとずっしりと重く高級感が伝わってくる。
一方で、それ以外の持ち物は極めて簡素だった。
と言うより、持っていたものと言えば小指の先ほどの大きさの赤い宝石。アクセサリーと言うよりも何かの破片と言う粗削りな代物だ。
金銭や食料などはまったく持ち合わせていない様子である。
「それじゃあ、わたしは騎士団の宿舎に帰るね?
あの娘の様子が変わったら、すぐ呼んでちょうだい」
「ありがとうね」
玄関から出て行くリリオを見送り、ふと壁の時計を見る。
短針は朝の四時を回っていた。
カラナの時間を気にする仕草に疲れを感じ取ったのか、ブランカが二階へ戻る様に指で促す。
「お前も少し休んだらどうだい?」
「大丈夫よ。あの娘の様子が気になって眠れそうにないわ。それにベッドを占有されちゃってるしね」
「無理するんじゃないよ。あたしは一足先に休ませてもらうわ」
母親に微笑み、カラナは二階の少女が眠る自室へ戻った。
扉を閉め、机の下のイスを引っ張り出してベッドの横に移動させ、そこに座る。
窓から射す月明かりに照らされた少女の顔は、まだ血色が悪く苦しそうだった。
「……何とか持ち直してくれればよいのだけど……」
少女の額を撫でる。熱はない様だ。
「しっかし……まさかあの魔導師がこんな女の子だったとは、驚きね」
実力から言って、髭を蓄えた賢者の様な人物像をイメージしていた。
無論、魔法は完全な才能であり、年齢の高い低いは、実力を測る物差しのひとつでしかない。
この娘の年齢で、名を遺した魔導師は歴史上、いくらでも例がある。
だが、同業のカラナでさえ、やはり実力と年齢の不釣り合いに驚いたのだ。
魔導に精通していない一般人の受ける印象はそれ以上だろう。
逆さまに座ったイスの背もたれの上で腕を組み、明日のことを考える。
第一に、この娘が目を覚ましてくれること。それが最優先である。
そして、しばらくは少女の存在を村人たちから隠した方が良いだろう。良くも悪くも奇異の眼で見られることは想像に難くない。
まだ報告を上げていないが、村長ローレルも同じ判断をする筈である。
「……何はともかく、まずは目を覚ましてもらわないと……」
すやすやと寝息を立てる少女の顔を覗き見ながら、カラナは近づく夜明けを待ち続けた。