7話:悲鳴の正体
今回ちょっと短いです
悲鳴が聞こえたのはそう遠くはない場所からだった。
考えるより先に駆け出したのは、いつもそうしていたからかもしれない。
ガイドブックに書いてあった、「困っているふりをして襲ってくる冒険者もいるので、ダンジョンでは自分の身の安全を最優先にするように」との項目が頭を掠めるが、本当に窮地に陥っていたら、とも思う。
不意打ちに対処できるように覚悟を決めながら角を曲がると、果たして冒険者はそこにいた。
「やめなさい!なにをするんですの!」
悲鳴の主……豪奢な金髪をリボンで結んだ少女を襲っているのは、魔物ではなく冒険者であった。
そのことに驚きつつも身を潜めながら動向を窺う。男三人が少女一人を囲んでいるのだ。演技抜きに襲われているのはほぼ確実として、下手な出方をすれば少女を人質に取られる、もしくは殺される可能性もある。ここは慎重にならねば。
「へへへっ、男と女がすることつったら一つだろうよ」
「ちょうど溜まってたんだよ、ぐへへッ」
「ツイてるなァ俺たち、クックック」
「わ、私たちは仲間ではなかったんですの……?!」
「はぁ?そんなわけねえじゃん。誰が好き好んでガキのお守りなんかするかよ!ヒャハハハ!」
「そ、そんな……」
男たちが少女との距離をさらに縮める。三人の視線が完全に俺の居る方から逸れたのを確認して、小声で詠唱に入った。
「黒より昏き影よ、鎖となり楔となりて我が意のままに縛めよ。≪束縛≫」
詠唱が終わると、地面から伸びた影の鎖が男たちに絡みつき、縛り上げる。
「なんだこれッ?!」
「くそっ、身動きがとれねえ!」
「畜生!」
男たちはじたばたと藻掻くが、がっちりと食い込んだ魔法の鎖はびくともしない。
それを確認して、俺はもう一つ呪文を唱えた。
「夜闇の隣人よ、甘美なる夢へと誘いたまえ。≪眠りの霧≫」
「うぅっ………」
無事に男たちが眠ったのを見届け、少女の所へ駆け寄る。
彼らが魔法抵抗系の装備をしていたら殴るしかなかったが、そうではなかったので良かった。
「大丈夫か、怪我は?」
「へ、平気ですのよ。……私を助けてくださったの?」
少女のアメジストのような瞳が潤む。
俺は彼女を安心させるように頷いて、微笑んで見せた。
魔力的な乱れも見られず、呪いの類も見えない。本当にただ荒くれものに襲われただけのようだ。
「さ、帰ろう。暫くは起きてこないと思うが……ここに放っておいて大丈夫なのかな……」
「……ここは安全地帯だから魔物は湧かないと、彼らが言ってましたわ」
「そうなの?じゃあ大丈夫かな……まあ襲われても自業自得だし、ちょっと可哀想だけど仕方ないよな……。歩ける?」
「ええ、大丈夫ですわ」
歩けないなら背負って、と考えたが、気丈にうなずいたのを見てその必要はなさそうだと判断する。
ただ、やはり不安そうな顔はしていたので、そっと手を握る。少し驚いたような顔をした後、おずおずと握り返された手を引いて、俺たちはダンジョンの外へと歩き出した。
「ベアトリス!」
無事にダンジョンから出て街へと戻ると、一人の男が駆け寄ってきた。
少女が手を放し、男の所へ走っていく。ベアトリスというのは少女の名前らしい。
「パパ!!」
「何処へ行っていたんだ!心配したんだぞ!」
「パパ、パパごめんなさい……」
「一人で外に行ってしまうだなんて……それで、あの人は?」
「そう、聞いてパパ!私ダンジョンで襲われて……それを助けてもらったの」
ちらり、こちらを訝しげに見たベアトリスの父親の目が、彼女の次の一言で驚愕に見開かれる。
「だ、ダンジョンまで行っていたのか!今はそれについては何も言わんが……襲われただと?」
「ええ。その……冒険者の人に、乱暴されそうになって……でも、怪我はありませんのよ!あの人が助けてくださったから」
「それは、それは……。ああ、なんとお礼を申したらいいか。娘を救ってくださり、ありがとうございます」
二人が俺に向き直る。ベアトリスの父親は深々と頭を下げ、またベアトリスもそれに倣った。
「いえ、当然のことですよ。……それより、ベアトリスさんに怪我がなくて本当に良かったです」
「恩人殿に何かお礼がしたい……。この後の予定がなければ夕食などどうかね?」
「是非お伺いさせていただきます」
断る理由も特になかったので頷き返す。ベアトリスが凄く来てほしそうな顔でこちらを見ていたし。
「こちらだ。少し歩くが着いてきてくれ」
言うなり、ベアトリスの父親は歩き出す。
それにくっついて俺も、夕暮れのトレラの街を歩いて行った。
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