5話:小さな夢と冒険者登録
魔王を倒すための勇者一行から、夢を追い求める冒険者へ
子供の頃、母親が読み聞かせてくれたおとぎ話の中に、俺の一番好きな話がある。
「黒猫と迷宮都市」という話で、不吉だと群れを追い出された黒猫の獣人が、ダンジョンの中にある都市へたどり着き、そこで幸せに暮らすというものだ。
その時すでに俺はこの力を発現していて、時折虚空(正確に言えば何もないわけではないのだが)を見つめる俺は、同い年の子供には少し気味悪がられていた。
だから、群れに馴染めない黒猫が幸せになるこの話が好きだった。自分と重なる部分があって、勝手に共感を覚えていた。
そして幼心に決めていた。大きくなったら村を出て、冒険者になろう、と。
きっと、迷宮都市を見つけるんだ、と。
晴れた空の下、見慣れぬ街の看板を頼りにとある建物を目指す。
活気のある往来を歩けば、目的地は案外簡単に見つかった。
「着いたぞ冒険者ギルド!」
潜在魔力の高さを買われ、アルシオン王国の魔術師の庇護下、魔術塔と呼ばれる場所で魔術の粋を叩き込まれてきた俺は、実のところ冒険者として活動したことは一度もない。
アルシオン王国の第一王子……つまりはカインが聖剣に選ばれたとき、魔王討伐の旅のメンバーとしてそこに組み込まれたからだ。
それまで魔物相手との戦闘訓練は教育係の魔術師と一緒にやっていたので、最初の方は勝手の違いに戸惑ったこともあったが、今では大分慣れた。だがそれもあくまでもパーティを組んで、という条件は付くが。
ギルドの扉を抜けると、カウンターに若い女性……受付嬢が立っているのが見える。
ダンジョンへ潜ったり依頼を受けるには、基本的に冒険者登録を済ませるのが常識だ。
というか、冒険者登録をしなくとも依頼などは受けられることには受けられるが、それをしないメリットというのがほとんど無い、というほうが正しいか。
過去に重犯罪を犯して逃亡の身でない限り、国家間共通の身分証にもなる登録証は持っておいた方が確実に良い。
カウンターへ近づき、受付嬢に声をかける。
「すみません、冒険者登録をしたいのですが」
「おはようございます。登録ですね、畏まりました。ではこちらの書類に名前と大まかな役割・特技等をご記入ください。それから登録料として銀貨5枚のお支払いをお願いします」
笑顔と共に差し出された紙に目を通す。
彼女と説明通り、名前や年齢、パーティ内で担える役割を記入するための欄が備えてあった。
「(名前か……)」
偽名を、と一瞬考えて、否定する。
顔を知っている人は知っているのだ。書類上を多少誤魔化したところで不利になるのは後々の自分だろう。
さらさらと必要事項の欄を埋めていき、間違いがないかざっと目を通してから登録料と共に受付嬢に渡す。
「お願いします」
「はい、確認いたしますね。アルマ・カサルティリオさん……って、アルシオン王国の勇者一行では……?!」
俺の名前を読んだ受付嬢が目を丸くする。だが大声を出さなかったのはさすがプロだ。
いくら隣国だと言っても、王族の関係者を快く思わない者は多い。無駄なトラブルは避けたかった。
「あははは……正確には、元、です。その……事情がありまして」
「……なるほど。ええ、ええ。冒険者ギルドは指名手配犯以外は大体来るもの拒みません!不備は無いようなのでプレートを発行いたしますね。おかけになって少々お待ちください」
言われた通り適当な席に座って待つ。日中から酒を飲んでいる冒険者もちらほら見受けられる。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。アルマさんの活躍、期待してますね!」
そういって渡された札は鈍い茶色。最低ランクである銅等級を示す証だ。
しっかり刻まれた自分の名前を確認してから、大切に身に着ける。
冒険者にはランクというものがあり、依頼をこなしていくことでランクを上げることができる。
最低等級の銅から、鉄、銀、金、白金、オリハルコン級まであるが、実質存在するのは白金までと言われている。まったくオリハルコン級冒険者が存在しないというわけではないのだが、全世界の冒険者の中でも片手の指で収まるほどしか居ないので、実質的な最高ランクは白金とされているのだ。
ランクは冒険者の実力を示すものであると同時に、冒険者の無駄死にを防ぐ機能でもある。実力に見合わない依頼やダンジョンへの挑戦を防ぐことで、冒険者という人材を守ってくれるという仕組みだ。
まあそれでも身の丈に合わない依頼を強行受諾して結果死にました、という冒険者は毎年後を絶たないらしいが。
「新人冒険者の方には一応ガイドブックのご案内をしてるんです。カウンター横、あそこにおいてある本がそうなので、よかったら読んでおくことをお勧めしますよ」
「わかりました、ありがとうございます」
言われたことには従っておいた方がいい。年季の入ったガイドブックのページを捲る。
そういえばカインはあまり人に指図されるのを好まなかったなと思い返す。些細なことで腹を立てては揉め事を繰り返していたから、途中から交渉事は俺かクルスが担うようになっていた。
それでも駄目ならエレオノーラが頼みの綱だった。女性というのは場面次第では非常に強い。
「(そう考えるとカイン様って戦闘以外では割と役立たずだったことが多かったような……?)」
不敬だと切り捨てられそうな思考を一瞬浮かべ、即座に考えなかったことにする。今度こそ殺されてしまうかもしれない。せっかく拾った命をわざわざ捨てるような真似はしたくない。
本を閉じる。
ダンジョン内では自分の命を最優先に行動しましょうとか、薬草は種類ごとに正しい採集方法で納品しましょうだとか、そういったことがたくさん書いてあり非常にためになった。
となると実践してみたくなるのが人の性というもの。すぐにダンジョンに潜れるようにいつも使っている装備は身に着けてきたから、行こうと思えばいつでも行ける。
「ここって確か、近くにダンジョンがいくつかあるんですよね」
「はい!トレラには未踏破のダンジョンが二つと、踏破済みのダンジョンが一つあります。未踏破の二つのうち一つ、≪白穹の迷宮≫は、鉄等級以上の冒険者さんのみ挑戦可能ですが、もう一つの≪怪鳥巣の迷宮≫は三階層までならアルマさんでも挑んでいただけますよ。踏破済みのダンジョン……≪水瓶の迷宮≫は階層制限はありませんので最深部まで潜っていただいて構いません。私としては、≪水瓶の迷宮≫から挑むことをおすすめします。ダンジョンっていうのは、実際潜ってみないと勝手がわかりませんから」
丁寧な説明に頷きながら挑戦条件を記憶する。
「成程、ありがとうございます。じゃあ≪水瓶の迷宮≫に行こうかな。ええと……」
「南門を出てそのまままっすぐ歩くと見えてきますよ。……というか、お一人で向かわれるんですか?」
「その……ちょっと暫くパーティ組むのは控えたいかな、って思いまして」
「……そうなんですね。ソロでの挑戦は、同じ等級の冒険者でパーティを組んだ時よりうんと危険度が増しますから、少しでも危険だと感じたらすぐに引き返してくださいね!ご武運を」
「十分気を付けます。行ってきます!」
心配そうな受付嬢に見送られながら、俺はギルドを後にする。
彼女に話した理由は半分ぐらいは本当だ。こんな力を持っていると知られるリスクは減らしておきたかったから。
残りの理由は、自分の実力を知るためだ。魔術塔時代の遠征はいつも先輩魔術師が居たし、勇者一行の一員になってからは言わずもがなだ。だから俺は自分の本当の実力というのを知らない。
どこまでやれるか、それを確かめたい。仲間の助け無しでどこまで行けるか、それを知りたいのだ。
これから、自分の人生を生きるために。
トレラの街の門を抜けて、道なりにまっすぐ進む。
受付嬢の言った通り、≪水瓶の迷宮≫はすぐ見えてきた。
迷宮付近で最終的な打ち合わせをする冒険者たちの横をすり抜け、入口に立つギルド職員にプレートを渡すと、挑戦許可はすぐに下りた。
「(……緊張するな)」
背中を守ってくれる仲間はいない。だが今の俺はこの上なく自由だった。
子供のころに抱いた夢を叶えるための冒険が、今ここから始まる。
深呼吸一つして、俺はダンジョンへと足を踏み入れた。
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