3話:国王の決断
長い長い沈黙の中、ようやく王都へとたどり着く。
魔力切れでふらつく体では遠くへなんか逃げられないというのに、カインは俺の事を睨み通しだった。
「殿下!どうなされたのですか!」
城へ帰還するなり、使用人やらなんやらが騒ぎ出す。
それもそうだ。誰もが傷だらけの上疲労困憊していて、一言も口を開くことなく重苦しい空気をまとっているのだから。
「……陛下と話がしたい。お父上はいらっしゃるか」
「はっ、すぐにお伝えいたします!応接室でお待ちください!」
硬い顔をした使用人が走っていく。
その間も、俺を含めた誰もが一言も発さず、いつも使っている応接室で待っている時間は、途方もなく長く感じられた。
暫くして、ガチャン、と、ドアの開く音が響く。
誰が来たのか確認するまでもない。来訪者は俺達の横を素通りし、席に着く。
「それで、何があった」
カインによく似た碧眼に鋭い眼光を湛えた男……国王陛下が、一言、そう訪ねた。
「父上、聞いてください!この男……悍ましい魔術師が、僕達を騙していたんです!すぐに処刑するべきだ!人間の国にこんな輩置いておく訳には……」
「カイン、少し黙っていなさい」
「ですが父上!」
「……カイン、」
「俺が説明致します、陛下」
カインがもう一度口を挟む前に、クルスが説明役を買って出る。
王族を前にしても物怖じしない胆力は流石だと思う。俺には真似出来ない。
「うむ」
「どっから話しましょうかね。魔物の討伐依頼でここから少し離れた村へと向かっていたのは陛下もご存知の筈。そこでちょっとしたトラブルがありまして……」
ちら、とクルスがこちらに視線を向ける。
それに微かに頷いて返すと、彼は慎重に言葉を選びながら話を続けた。
「村は死者……ゾンビで溢れかえっていました。それから繁殖し群れと化した魔物も。ただそれ以上に問題だったのが、魔族の存在です」
「魔族だと?!仕留めたのか?」
「はい、無事に……とは行きませんでしたが、幸い誰も欠けることなく、討伐には成功しました」
「では、何が問題なのだ?」
「それは……アルマが死霊魔術を扱ったことです」
応接室に静寂が落ちる。
あの時の惨状を思い出しているのか、エレオノーラの顔色は優れない。
「なんだと………」
「お聞きください父上!この男は即刻、即刻死刑にするべきです!こんな、こんな穢れた力で僕が助かっただなんて認めない、認めないからな……!」
「ふぅむ…………アルマ、今の話は本当なのかね」
ギロリ、王の視線が俺を貫く。
「……ええ、事実です。隠しだては、致しません」
そう答えた声は、自分でも驚くほどに掠れていた。
死ぬかもしれない、というのが、怖い。魔物に殺されるのと衆人の前で殺されるのなら、俺は前者を選びたい。
「……そう、か。死霊魔術の使い手、か。それは……見逃すわけには行かぬ、背教だ。我々への裏切りだ」
「ではやはりこいつを処刑しましょう、するべきです!」
「それが良いだろ……」
「お、お待ちください!」
怒気と怯えを孕んだカインの、半ば叫ぶような声。
それに同意しかけた国王を遮ったのは、意外にもエレオノーラだった。
「……なんだ、申してみよ」
「恐れながら申し上げます……本来私のような聖職者は、彼を見逃さないのが道理。しかし……しかし、私は、私とカイン様は、アルマさんの行動によって救われました。強大な力を持つ魔族を討ち、生きて帰ってくることが出来ました。どうか、寛大な処置を……!」
「俺からもお願いします、陛下」
エレオノーラとクルスが頭を下げる。俺のために、頭を下げてくれている。
「二人とも……、」
「な、なんなんだお前たち……!僕は騙されないぞ!穢れた職は要らない!殺してしまうべきだ!」
一人で騒ぐカインと、頭を下げる二人を見比べ、国王は暫く顎に手で触れていたが、やがて何かを決めたように咳払いをした。
「異端者であることには変わりないが、私の息子の命を救ったのも、どうやら事実のよう。よって……」
応接室に緊張が走る。心臓が早鐘のように鳴って、口の中が渇いている。
「アルマ・カサルティリオの、国外追放を命じる!」
「なっ……!」
カインが納得行かないような声を上げる。俺は一言も発せなかった。
ただ目を見開いて、汗ばむ手を握りしめていた。
「……陛下の寛大な御心に、感謝、致します」
震える声でようやく、それだけ絞り出して、深く頭を下げる。
今になって、言葉一つで死ぬかもしれなかった恐怖が、俺の奥歯を鳴らした。
「荷物を纏めるくらいの時間はやろう。支度ができ次第この国から出ていき、そして二度と踏み入れることのないように。私は公務へと戻る。文句は夕食の後で聞いてやるから、今はアルマに手出しなどしないように」
「そんな……!納得できません、父上、父上?!」
大股で部屋から出ていく国王を、少し置いてカインが追いかけて行った。
扉の閉まる音と、取り残されたのは俺達三人。
「ま、ひとまずは良かったな、アルマ」
地面にへたり込んだ俺の肩をクルスが叩く。
俺のしたことを理解してなお、屈託のない笑顔を向けてくる彼には、礼を言っても言い切れないだろう。勿論、教義に背く事になろうとも俺を庇ってくれたエレオノーラにも。
「すまない、でも、ありがとう。本当に、ありがとう、二人とも……」
「気にすんなって。ちょっといけないことしたのでパーティメンバーが処刑されて死にました〜とか、それ黙って見てたんじゃ寝るに寝れねぇからってだけだぜ。斥候っつーのは仲間の命を最優先に考える仕事だかんな。多分に俺のためでもあるってわけ」
「クルス……」
「ち、力っていうのは使い道だと思うんです。……これは私の、聖職者じゃなくってエレオノーラとしての私の意見ですけど。褒められる力じゃないです、けど、でもアルマさんは、人を傷つけるためじゃなくて、私達を守るために使った。……だからその、なんて言うか、私の中の倫理観を優先しよう、って思ったんです。怖くないか、って訊かれたら嘘になりますけど、きっと後悔すると思ったから。……教会には、内緒ですよ」
「エレオノーラも………ありがとう、この国には居られないけど、二人の恩は絶対忘れない」
「そうしてくれや。百倍ぐらいで返してもらうからさ」
「あははは、百倍は困るな」
笑いながら立ち上がると、三人で応接室から出る。
それぞれに割り当てられた部屋へと向かいながら、俺は自分が助かったのだ、ということを改めて噛み締めていた。
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