2話:どうしてこうなったんだっけ
実質これが一話かなって長さになりました。
……そもそもどうしてこうなったのだったか。
重い沈黙で満たされた帰路、刺すような勇者の視線から逃れるように思考を巡らせた。
ほんの数十分前の事、俺たちは魔物退治を行っていた。
王都からかなり離れた町からの依頼で、本当ならば冒険者が受諾するべきなのだが、良くも悪くも彼らは対価主義で、つまるところ貧しい村からのやっすい依頼なんざ誰も受けなかったのである。
ただ、放置され続けていたのがいけなかった。
繁殖を重ねた魔物は当初記されていた数よりもはるかに多く、また村人たちもすでに死に絶えていた。
「なんだこれは、聞いてないぞ!」
「ひでぇな……」
顔を顰めるカインとクルス。エレオノーラに至っては、声すら出せないようで、ただ目を閉じて祈りを捧げていた。
眼前に広がる廃村には、かつてこの村の住人だった怪物……ゾンビが蔓延っていたのである。
「村人たちをなんとかできないのか?」
「……私にできるのは、彼らを土に還すことだけです」
「……そうか」
「しかし、それも僧侶として大切な役目。……ゾンビを浄化しつつ、生き残りの村人が居るかどうか探しましょう、勇者様」
彼女の言葉に頷くカイン。当初討伐を依頼されていた魔物を切り伏せながら、俺たちは村を進んでいった。
数多の魔物を屠りながら生存者の見つからない廃村を歩く道中、違和感を覚えたのはクルスと俺が同時ぐらいだった。
「なぁ、ちょっとおかしくねえか」
「おかしいとは…何がです?」
「……村の規模に比べてゾンビの数が多すぎる」
「やっぱアルマもそう思うよな」
「ああ。……なんて言うべきかな。人為的な、魔術的なものを感じる気がする……」
「なんだと?!」
「シッ!声がでけーよカイン様」
カインが大声を上げ、クルスが咎める。その背後から迫る魔力反応に、俺は目を見開いた。
「ッ、大地よ我らを護り給え!≪岩盾≫!」
ガツン、と岩の壁を重い衝撃が揺らす。とっさに放った短縮詠唱でこの一撃を防げたのは、我ながらよくやったと思う。
直後、上空から響いた女の愉快そうな哄笑に、俺たちは一瞬呆気に取られていた。
「あらあらまあまあ!王子様が勇者様だって言うからどうせおままごとかと思ったのに。よくやるじゃないの」
「なッ、き、貴様……何故こんなところにいる……!ここは人間の国だ、貴様ら穢れた種族が踏み入れて良い土地ではないぞ!」
そう。その女は上空からやってきた。
蝙蝠に似た黒い大きな翼を広げて。
「どうして魔族がこんなところに……!」
「どうして?どうしてかしらねぇ。どこぞの人間風情の国の勇者様が、我らが主、我らが魔王様のお命を狙っているから、かしらねぇ?」
「この魔族風情が……!みんな、行くぞ!こいつを野放しにしておくわけにはいかない!」
「簡単に言ってくれるけど、私だって死ぬつもりはないわよ?せいぜい足掻いて見せなさい、ふふふふっ」
言うなり、魔族の女は手を振りかざす。
練られていく魔力の数は四つ。それに対抗するために同じ数を俺も用意する。
魔物はせいぜい犬か良くて猿程度の知能しか持たないが、魔族は違う。
身体的なポテンシャルも、魔力の扱いも、何もかもが俺たち人間より優れている。
名前が似ているが、魔物と魔族は根本的に別の生き物だというのが彼ら魔族の主張、らしい。
つまりどういうことかというと、魔物退治がいくばくかできるからと言って舐めていたら簡単に死ぬ。覚悟していても死ぬ。今回の不意打ちを防げたのは、本当に幸運だった。
「さて、初撃からくたばるなんてがっかりさせることしないでよね?≪骨槍≫」
「……堅牢なる大地よ、我らを護り給え。≪岩盾≫」
「魔法にばっか気ぃ取られてんじゃねーぞ!」
「援護します!主よ、彼の者に白光の裁きを。≪聖光矢≫!」
「貴様をここで倒す!うおお!」
魔法と魔法がぶつかり、岩の盾が砕け、ナイフが女の髪をかすめ、光の矢が避けた先の空間を射抜く。
雨粒の間を器用に避けるようにくるくると飛び回る女に聖剣が振るわれる。
すんでのところで女が抜いた黒い短剣がその軌道をずらし、体勢を崩したカインにその刃が迫る。
そしてそれをまたクルスの投げたナイフが弾いて逸らす。
似たような攻防を繰り返し、お互い決定打に欠ける戦いだった。
否、そう思っていたのは俺たちだけだった。
「案外耐えるのね?でもつまらないわ。そんな実力で魔王様を狙うだなんて、失礼にもほどがあるわよ?私、貴方たちと遊ぶのも飽きちゃったし」
魔力が収束していく。刹那目を閉じ、膨れ上がる気配と、放たれる魔法の予測を組み立てる。
恐らく女の得意分野は俺と同じだ。
「クルス!」
前線で身構える斥候に怒鳴る。
「何する気かわかんねーけど、任せとけって!」
カンの良いクルスは、何も言わずとも、自分の役割を理解してくれる。だからこそ彼の前でこれは使いたくなかったのだが。
仕方ない。俺だって死にたくはないのだ。
「さて、終わりにしましょう。≪巨万の屍兵達≫」
女の詠唱に応え、地面から這い上がるは悍ましい屍たち。魔術的に召喚された彼らは、術者の技量次第では自然発生したものよりもはるかに強い力を持つ。
「な、なんて外道な……!」
「くっ……!主の御名に於いて汝らの魂を清めん!≪浄化≫!」
「アハハハッ!そんなちんけなお祈りじゃ、私の屍兵達は倒れないわよ?」
カインの聖剣も、エレオノーラの祈りも、死へのタイムリミットをわずかに引き延ばすだけにしかならない。
半ば錯乱しかけ、剣を振り回すカインの姿に、女が勝利を確信した笑みを浮かべる。
壁のように押し寄せる屍の兵をどうにかできるかは、イチかバチかでしかない。
けれど。
「ッらぁ!」
糸を使い飛び上がったクルスが、女の背後から短剣を向ける。
忌々し気にそれを弾く、その一瞬の隙と油断を待っていた。
これでいいんだろ、とばかりに向けられたウインクに微笑みで返し、そして、俺は吼えた。
「全部、俺に寄越せえええェッ!!!」
全身の魔力を抜かれていく感覚。地面に這わせたそれらを伸ばし、屍を捕らえ、飲み込んでいく。
「ッおお……!!!!!」
口の中が血の味で満たされる。頭が割れそうに痛い。平衡感覚がおかしくなる。
だが、踏ん張る。こんなところで死にたくない。死にたくはないのだ。
「……ッ!」
奪った。
そう確信した直後、今まさにカインを殺さんと剣を振り上げていた屍兵達の動きを反転させる。
「…は?」
目を丸くした女が正気に戻らないうちに、女を殺すべく、俺は兵をけしかけた。
「嫌、嫌よ、どうして?!私の言うことを聞きなさい、聞けったら!」
何が起こっているかようやく理解した様子の女が、悲鳴を上げた。
自分の召喚した兵隊に殺される運命になろうとは、彼女もまさか思わなかったろう。
「遊びの時間は終わりだ。……ここで果てろ!」
「いや、たすけて、嫌ぁ、いやあああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!あぁぁ……」
女は叫び、そして、数多の屍に飲み込まれて、自らもその一つとなった。
「……はぁ、はぁ……はぁ………ッ」
大量の魔力と精神力を消耗し、思わず俺はその場に頽れる。
「き、き、貴様……………」
そして……勇者様に剣を向けられたのだった。
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