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いったい何なの? 白卑兎って、白くてふわふわの可愛らしい姿だし、悪い面だと食欲と性欲が旺盛で食肉用に繁殖されてることくらいだったはずだけど……。いや、そうであってもプリシアにとっては何か特別な意味を持つ言葉なんだろう。
なおも私を威嚇するかのように息を荒げているプリシアに、私は頭を下げた。どういう意味を持つのかは分からないけど、私が悪いのは確かだ。
「……ごめんなさい、確かに今のは私が悪かった。初めて口に出したけれど、もう二度と言わないと誓うわ」
「……え?」
「何? もういいでしょ? 貴方が騒いだせいで、殿下が心配そうにしているわよ?」
プリシアがはっとした表情になったのも一瞬のこと。殿下の方へ視線を向け、すぐににこやかな笑顔を作れる演技力の高さには感嘆する。
笑顔を張り付けたまま動こうとしない彼女を放置し、ルゥとパステルの元へと向かう。何か戸惑っている様子の殿下が、呼びかけに答えない彼女の元へと駆け寄っていった。
「どうだった?」
「ああ、問題なく聞こえた。殿下にもそのままの内容を伝えはしたが、半信半疑と言ったところだ」
「ルゥのものまねは傑作だったにゃ!」
ルゥは私のアイコンタクトの意味を正確に理解してくれていた。信じてくれるかどうかは殿下次第だけど、ほんの少し警戒してくれるだけでも構わない。
「しかし、あれがお嬢が危険視する聖女か? 安い嫉妬ばかりで大事を成せる者にはみえなかったが」
「いじめっ子のガキんちょにしか見えないにゃ」
私が黙り込んでいると、二人がプリシアをそう評した。
「私もそう思っていたわ。でも、彼女が聖女の職業を授かって以来、彼女を見るたびに胸騒ぎがするし、それは年を追うごとに強まっているの。それに、彼女は自分の欲のためなら何でもする。平然と自分の体を差し出し、他人を陥れることを躊躇わない。私はそんな彼女が……とても恐ろしく感じる」
それに、さっきの表情が頭にこびりついて離れない。いったい、どれが本当の彼女なんだろう。少なくとも聖女になる前までは、平気で人を傷つけるような子ではなかった。祭事で一緒になったときは、楽しくおしゃべりしたりしたこともある。
角馬に上り、彼女の方を見る。こちらを見つめるプリシアの瞳にどんな感情が込められているか、私にはわからなかった。
(……お嬢、……お嬢)
……誰かが私を呼んでる?
「お嬢! 手綱を引け!」
遠くから聞こえていると思った声が突然耳元で聞こえ、はっとした私は言われるがままに手綱を引いた。ルゥとパステルの二人も手綱を引き、速度を落とした私の横に並ぶ。
「もう一時間近く駈歩で駆け通しだ。そろそろ休ませないといくら角馬でも潰れてしまう」
「……ごめんなさい。ぼんやりしてた」
「もう少し行けば小川があるから、そこで昼ご飯でも食べようにゃ~。私たちが準備するからお嬢は休んでていいにゃ」
「パステル、ありがとう」
パステルが示したほうには石造りの橋が小さく見えていた。並足で10分ほど進めば、 小川のせせらぎが聞こえ始める。ふと後ろを振り返る。目に映るのは街道、草原に森。いつのまにか王都の城壁すら見えなくなっていた。
「落ち着いたか?」
「うん。ルゥもありがとう」
小川に着き、角馬たちを放す。よほど喉が乾いていたのだろう、彼らは川原へ走っていきごくごくと水を飲み始めた。
無理させちゃったかな。そうだ、あれを少しあげよう。背負っていた革袋から巾着を取り出し、中から薄茶色の塊を3つほど選ぶ。
前世の白い砂糖とは違い、この世界で砂糖と言えば、この塊のような黒砂糖に重石を載せて蜜を絞り出した薄茶色のもの。それでも割と高価なんだけど、いっぱい走ってくれたからいいよね。
「ベッセル、ルシーナ、オルフェ」
名前を呼ぶと、三頭は水を飲むのを止めてこちらに寄ってきた。私が騎乗していたベッセルは、くりくりっとした目が可愛い芦毛の雌、ルゥのは青鹿毛で凛とした雌のルシーナ、パステルのが栗毛でイケメンのオルフェ。
一頭一頭撫でながらお礼を言い、砂糖の塊をあげると、ぶるるっと嘶き頭を私にこすりつけてくれた。草をはみ始めた三頭をしばらく眺めてから振り返れば、ルゥとパステルの顔が目の前にあった。
「えっと、二人も食べる?」
高速で首を縦に振る二人。大きく開いたパステルの口に角砂糖くらいの塊を入れると、彼女は緩む頬を両手で押さえ、嬉しそうに飛び跳ね始める。ルゥの方を見れば、彼もまた大きな口をこれでもかというほど広げて待っていた。
ルゥの口と自分の口に砂糖を放り込む。少し癖のある香りとコクのある優しい甘みが広がる。口の中で転がせば、砂糖と一緒に私の不安もほろほろと溶けていくような気がした。
グランゼまでは大型馬車で30日ほど、ベッセルたちの足なら十日と少しで辿り着ける。




