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五日後──私たちはグランゼまであと半日の距離にある宿場町にいた。もう日は暮れ、ランプの暖かな光が旅籠の一室を照らしている。粗末なベッドの上では、ノア君がアシュレを大切そうに抱きしめて寝息を立てていた。
一方、私とルゥとパステルの三人は、彼らのことを見守りながら薄いホットワインを酌み交わしている。
「ぐっすり寝てるね」
「ああ、出会った日など夜中に何回も起きていたからな」
「そうね。アシュレがいるおかげかしら」
視線に気づいたのか、ノア君に抱きしめられているアシュレがそっと右手を振ってきた。手を振り返すと、彼女は嬉しそうに身体を軽く揺らしてからノア君の方に身体を向ける。
ノア君がアシュレを召喚した日──彼女を異界へ送り還そうとしたのだけれど、彼女は子供が駄々をこねるように巨体をばたばたさせて嫌がった。大きすぎて連れていけないと説得したら身体の岩が剥がれていって、こんな可愛らしいサイズまで小さくなったのにはびっくりしたなあ。
私がノア君とアシュレを眺めながら彼女と出会ったときのことを思い出していると、ルゥがホットワインをあおってから呟いた。
「……そうだな」
ん、どうしたのかな。ルゥが奥歯にものが挟まったような言い方をするのって珍しい。
「どうかしたの?」
「……聞いた話でしかないのだが、召喚獣とは術者の心を映す鏡なのだそうだ」
心を映す鏡……。ゴーレムがノア君の心を映しているって何を意味するんだろう。
「ゴーレムは堅固で大きな身体を持ち、力は万力よりも強い。……何より、術者の言うことに従順だ」
「つまり?」
「無条件に信用でき、自らを守る存在を求めているのかもしれんな」
ルゥはそう言いながら陶器製のデキャンタを傾け、木のコップにワインを注いだ。
「……そっか。私たちは出会ったばかりだものね」
いきなり現れた私たちと一緒に、今まで住んでいた場所から離れることになったんだもの。心細くなるのも無理はないよね。
ホットワインを一口飲む。ぬるくなったそれは、少し冷えてしまった身体と心を温めてくれはしなかった。
「心配しなくてもお嬢のことは信用しようとしてるにゃ」
「怪我とは違い、心の傷は回復魔法で治るようなものではない。だが、我らが傷を塞いでさえいれば、ゆっくりであっても必ず癒えるはずだ。焦る必要はない」
「……二人ともありがとう。そうできるように頑張るね」
パステルとルゥはいつも私を支えてくれる。私にとっての彼女たちのように、ノア君を支えられる存在になりたいな。
次の日の昼下がり、私たちは舗装された街道にくつわを並べて北へと向かっていた。右にルゥ、左にパステルがルシーナとオルフェにそれぞれ騎乗している。私の前にはノア君がちょこんと座っていて、ベッセルの頭の上には角につかまって腰を下ろしているアシュレがいる。
皆で話しながら並足でゆっくり進む。街道の先には高い尖塔が見え始め、緩やかな坂を上り切ったところでグランゼの町全体を見渡すことができた。
統治のため平野に造られた王都のような平城とは異なり、防衛のため丘の上に造られた堅牢な砦。グランゼはその砦を中心に人や物が集まってできた町だと学園で教わった。正円に近い王都とは違い、グランゼは砦の西と南を流れる河川の合流点を長大な城壁で覆った歪な三角形に近い形をしているのが分かる。
坂を下りながらグランゼの南に流れる川に近づいていく。城壁ほどの高さはないものの、川の対岸には土塁が築かれていて、魔物の侵入に備えている様子がうかがえた。また、その川にかかる大きな橋の手前では、検閲を行っている兵士の姿があった。
角馬たちから下り、馬車の列に並ぶ。思ったほど待たされることもなく私たちの順番が来たようで、武具を身に着けた犬獣人の兵士がやってきた。
「荷物を検める。革袋の口を開けろ」
「どうぞ」
中身を見るわけではなく、荷物を次々と嗅いでいった兵士さんは手で橋の方を指し示した。
「通ってよし」
えっと……検閲ってこれでいいの?
「ありがとうございます」
私が下げた頭を上げたときには、彼はすでに次の馬車へと向かっていた。なんだか肩透かしを食らったような気分になりながらも、ベッセルの手綱を引いて歩き始める。
「王都はもっと渋滞していたけれど、随分速いのね」
「王都と違い、グランゼに持ち込み禁止のものなどほとんどないからな。麻薬の類がないかだけ確認しているのだろう」
なるほど。彼は麻薬探知け──いいえ、麻薬取締官ってことなんだ。
橋を渡り、グランゼの中に入る。私たちが道なりに進もうとする中、馬車の半数以上はすぐに左に曲がっていくのが見えた。
「あれ? あの馬車はどこに行くの?」
「あれは商人のための商人街に向かってるんだにゃ」
商人のための商人街……あ、問屋街ってことかな。どんな物が集まってるんだろ? やっぱり武器とか?
「ね、今度さ、色々探検してみない?」
「にゃはは、お嬢はノアより子供みたいだにゃ。でも、私も行ってみたいにゃ」
「ぼ、僕も、見てみたい、です」
ようやくたどり着いたグランゼに浮足立つ私たち。しかし、一人冷静だったルゥから声がかけられた。
「まずは教会へ向かおう」




