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次の日の午後──。
私たちは身ぎれいにしたノア君を伴い、村の中を歩いていた。笑顔で声をかけてくれた村の方々は、一緒にいる子どもが彼だとわかると一様に顔を引きつらせる。
太陽の光を受けてきらきらと輝く銀の髪。シミ一つない白い肌。これで痩せぎすでなければ、間違いなく美少年と呼ばれるだろう。
「みんなびっくりしてるね」
「僕が一番びっくりしてます……」
ノア君が職業を授かった後、私たちは彼を借りていた家へと連れ帰った。回復魔法で体中にあった傷や痣を癒し、お湯を沸かして汚れを落とした。長くぼさぼさだった髪を短く切って清潔な衣服を着れば、可愛らしい男の子の出来上がりだ。
私に手を引かれ、ちょっと照れた様子で視線を彷徨わせながら付いてくる姿は、弟がもう一人できたみたいで本当に可愛い。
「ノア、あの家か?」
「……は、い」
目的地であるノア君の家が見えた。さっきまでの笑顔は消え失せ、ノア君は私の手をぎゅっと握りしめる。私の身体に身を寄せ、少しでも隠れようとする姿に胸が痛んだ。
目の前までたどり着き、扉をノックする。数回繰り返しても返事がなかったため声をかけると、奥から女性の怒鳴るような声が返ってきた。
「うるさいねえ! 誰だい?!」
「シェリィ・ベルナールと申します。ご相談したいことがあり、お伺いしました」
名乗った途端に家の中が慌ただしくなる。ノア君の父親と兄だろうか、若い男と中年男性の声も聞こえ始め、数分もしないうちに扉が勢いよく開け放たれた。
「シェリィ様、ようこそいらっしゃいました。どうぞ中へ」
出て来たのは大きな体躯をもつ赤毛の女性。彼女は、様々な物が散らかった家の中へと手のひらを向けた。中にはまだアルコールが抜けていないのか赤い顔をした中肉中背の中年男性と、じとりとした視線を私に向けている若い男性が見えた。
「ここで問題ありません」
というよりも中に入るのは無理だ。母親の声が聞こえ始めたときから、ノア君が尋常じゃないくらい震えてる。
「こんな玄関先で? どういった……ご用件でしょう?」
ノア君の姿を見たのだろう女性はほんの少し訝しむような様子を見せたものの、ただそれだけだった。すぐに私へと視線を戻し、ぎこちない笑顔を貼り付けている。
「単刀直入に申します。ノア君を従者見習いとして預かりたいと思い、許可をいただきに参りました」
彼女らは一斉にびくりと震える。中年男性と中年女性が顔を見合わせる中、若い男性がこちらへと向かって歩いてきた。
「ノアだって? あんな無能より、俺を従者にしないか?」
「まあ、それがいいわ! やっぱり、スタルタスは誰かと違って頭がいいわね!」
「貧相なやつと違ってスタルタスは剣の腕もいいからな!」
この人たちはなんなんだろう。目の前にいるノア君に気付きもせずに彼を貶め、ルゥとパステルを前に剣の腕を誇るなんて。
「いいえ、護衛は間に合っていますので必要ありません。ノア君を従者見習いにします。よろしいですか?」
こういう人たちには遠回しにいっても無駄だろう。多少機嫌は損ねるかもしれないが、ノア君に家族のこんな姿を長々と見せたくはない。
「ちっ、お高くとまりやがって。誰から聞いたかしらねえけど、うちの奴隷をタダで貰おうってのか?」
「……奴隷だと?」
怒りを顕わにした若い男性が発した奴隷という言葉に殺気立つルゥとパステル。二人に気圧された彼らは、怯えた顔で息を呑んだ。
「い、い、いやですねえ、シェリィ様。今のは言葉の綾ってやつですよっ。貴族のあなたにはわからないでしょうが、貧しい村では子供も大切な働き手なんですよ~」
「……それで、対価として何をお求めで?」
「ほら、わかりやすいものがあるでしょう?」
「金銭ですか。では、相場の支度金をお支払いいたしましょう。こちらをどうぞ」
あらかじめ用意していた小袋を手渡す。中に入っているのは金貨三枚。この村では無用の長物だとしか思えなかったが、中身を確認した彼らはにやりと下卑た笑みを浮かべた。
さらに、突然顔を伏せた女性がわざとらしい泣き真似をしながらにじり寄ってくる。
「愛する我が子を連れていかれるのは親としてどんなに苦しいことか……お若いあなたには想像すらできないくらい辛いのです」
心の奥底で怒りが燃え上がりそうになるのを必死に抑える。演技をするのなら、あの女を見習ってちゃんと騙しきれ。何よりも、その泣き真似の奥に透けて見える欲にかられた顔で愛を語るな。
「お嬢、落ち着けにゃ」
突然、頭の後ろに受けた軽い衝撃とともにかけられたパステルの声。びっくりしている私をよそに、彼女は前に歩み出た。
「おっさん、おばさん、お嬢がその気になれば教会の名の下にノア君を『保護』することもできるにゃ」
「なっ、ここは王国じゃねえんだぞ! 教会の威光が通じるかよっ」
「あれ? おかしいにゃ? 職業発現の儀ができたのは、どの国の誰のおかげかにゃ?」
パステルから顔を覗き込まれ、黙り込む若い男性。すっとぼけながらパステルはさらに進み、彼らの中央で立ち止まる。
「それを従者見習いという形にしてやると言ってるんだにゃ。もう一度、よく考えるにゃ」
うっすら殺気を漂わせながら告げるパステルに、それ以上反論する者は誰もいなかった。……うん、パステルの方がルゥよりよっぽど悪者みたいだよね。
誤字報告ありがとうございます((*_ _))
また、体調不良により2日お休みをいただきました。引き続きお楽しみいただけますと幸いです。




