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理解不能

 俺の身を覆う黒い霧を人差し指に集約し、絶殺の意を込め、一つの弾丸として放つ——!!!

「俺はこの黒い霧を理解不能(アンノウン)って呼んでる。俺ですら制御できない力でね。さっきからアンタは俺を喰う気満々って感じだけど、コイツも腹を空かせてるんだ。悪いがその存在ごと喰らい尽くすぜ」


 放たれた弾丸は黒い流星となって、化け狐目掛けて疾走する。常人なら目で追うことすら不可能な神速の一撃。しかし、この一撃が化け物じみたものとするならば、目の前の敵もまた正真正銘の化け物であった。


 二足歩行とはいえ、研ぎ澄まされた野性の勘は健在ということか——至近距離で放たれた狩人の魔弾も、直線的な軌道ゆえに易々と躱されてしまった。


「どんな力か知らんが、当たらねば脅威でも何でもない!その前に喰らい殺してやろう!」

 躱したその勢いのままに、動けない俺へと再び肉薄する。その牙は次の瞬間には、俺の喉元を食いちぎり、確実に死へと至らしめただろう。


 だが、その次の瞬間は、永劫に訪れることはなかった。理解不能(アンノウン)は一度放たれたが最後、標的を消し去るまで、地獄の果てまで追い続ける——!!!


 背後からの一撃。理解不能(アンノウン)は、軌道を変え、完全なる死角からの魔弾となって、化け狐の胴体を穿った。 


「ガハッ……!」

 魔弾を喰らい、狐は動きを止める。魔弾は身体を貫通はしていない。しかし、理解不能(アンノウン)の恐ろしさは標的を追尾することではない。

 

 着弾後、そこを起点に急速に周囲を黒く侵食し、塵も残さず完全に消滅させる。その姿を今まで俺は喰い殺してるようだと思っていた。だが皮肉にも、目の前のソレは、呪いがその身を蝕んでいるようにしか見えなかった


「何だ……これはァァァァァ」

 狐は、絶叫をあげつつ、理解不能(アンノウン)を振り払おうともがくも、その行為は理解不能(アンノウン)の侵食を早めるだけだった。


 触れた部分にその侵食は飛び火する。当たったが最後、その殺意からは逃れることはできない。

 幕引きは呆気ないものだった。理解不能の侵食は凄まじく、目の前の狐は既に四肢を消失し、地に這う虫のようだ。


 もがく力もなくなったのか、或いは希望がないと諦めたのか、やがて抵抗のそぶりを見せなくなった。

 その姿に反して、俺の身体に力が戻る。金縛りのような身体の縛りも解け、俺は消滅寸前の狐のそばに近寄った。


「化け物め……」

 近づいてきた俺に向かい、線香花火のような、今にも消えゆきそうな声で狐は呟く。その言葉には怒りや屈辱だけでなく、恐れが込められているように思えた。


「否定はしないよ。こんな力全うじゃあない」 

「何故、すぐにその力を使わなかった?」


「できるならあまり使いたくはなかった。危険な力だからな。まぁでも、それ以上にさ。折角戦うんだ。あっという間にケリがついたら、面白くないだろう?」

「狂っているな……その力だけでなく、その精神性も、立派な化け物ということか」


 理解不能(アンノウン)の侵食が首を超えた。あと数秒で存在ごと消え失せるという中で、激情を宿していたその瞳が泣きそうになりながら歪む。その狐は、最期に鈴の音のような少女の声で


「死にたくないよぅ」

 そう呟いて消えていった。


 戦いは終わった。遭遇からわずか数分足らずで、少女も、狐も跡形もなく消え去った。後に残ったものは、教室中に広がる十数人の肉塊と、仄かに胸中に燻る高揚感だけであった。




「彼女……立花純花はクラス内のイジメの対象だったらしい」

 事件の後、翔子さんの待つ喫茶店に訪れた俺はあの夜に起こったこもを全て彼女に打ち明けた。


 翔子さんはいつものようにカウンター越しにコーヒーを出してくれた。一緒に差し出されたシフォンケーキは労いだろうか?


 俺はそのケーキを食べながら事の顛末を聞くことにした。

 あの中学校で起きたことは結局未解決の集団失踪及び殺人事件として捜査されるようだ。しかし事件の真相が世に明かされることはないだろう。


「立花純花は可愛らしい子だったが内気で大人しい性格だったようだね。しかし一部の男子達からは密かに人気があったようで、それがクラスの女子達の反感を買ったそうだ。可哀想だが、まあ、よくある話さ。やがてクラス単位のイジメと発展し 、こっくりさんを口実に弱みでも握るって笑い者にするつもりだったんだろう」


 今時の若者のくせに、こっくりさんとはアナログなもんだと翔子さんは苦笑する。

「……それがキッカケとなって今回の事件が起きたってことか?でも、クラスのイジメがなかったらこんなこと起きなかったんだろう?正直俺はさ、あの子のこと少し可哀想に感じるよ」


 御託を並べたところで、俺がこの手で殺したのだ。可哀想も何もないかもしれない。真っ当な戦いでなくても勝者が敗者に情けをかけること以上に残酷で侮辱的なこともないだろう。


 そんなことを思って自嘲気味に笑っていると、翔子さんはカウンターで何か作業をしてた手を止め、鋭く俺を見据えた。


「それは違うよ、白神。確かにイジメがなかったら、この事件は起こらなかっただろう。そこで行われたこっくりさんが引き金となり幻創世界と侵食者の発生を巻き起こした。でもね、クラス中を喰い殺したのは間違いなく立花純花が内に秘めた狂気と暴力性によるものだ。」


「……どうしてさ?」

「いいか白神。侵食者は人々の噂が言霊となってエネルギーを生み出し、それが幻創世界で形を成す……そういう存在だ。その性質上、その姿や能力は人々の噂や伝承になぞらえたものになるはず。白神、君はこっくりさんが人を食い殺すなんて聞いたことがあるか?」


「あ……」

 確かに聞いたことがない。俺が知る限り、こっくりさんという存在がもたらす災厄としては精神に異常を来たすとか呪われるとかだった気がする。その結果自殺に繋がることはあるかもしれないが、あの狐に直接食い殺されるという話はなかったはずだ。


「そう、こっくりさんは確かに少女に力を貸し、悲劇を引き起こした一因であるのは否定しようがない事実だ。だが、その力に特異な指向性を持たせ、殺戮に繋げたのは立花純花の意思によるものってことさ。遅かれ早かれ、彼女は人の理から外れたものとして消えなくちゃいけない運命だった」


 翔子さんは一息つくためかホットコーヒーをゆっくりと啜る。俺はというと、クラスのいじめや立花純花の暴力性など今までの話を反芻しながら、月並みだが本当に怖いのは人間の悪意かもしれない。そんなことを思った。


「いいや違う。人間の悪意っていうのは同じく人間の力によって抑止、あるいは滅ぼされるのが常だ。本当に怖いものはね、真っ黒で反吐が出そうな悪意を善意の施しと思ってる奴さ。そういう手合いはとっとと殺すしかない」


「ふーん、善の皮をかぶった悪意ねぇ……」

 それは未だ俺の生きてきた中で出会うことはないものだった。そもそも社会や人間という複雑な存在を善か悪かなんて単純な二項対立で捉えることができるのだろうか?

 

 ……いややめておこう。孟子だとかニーチェだとかですら結論出せていなさそうなのに、俺ごときが頭を悩ませたところで何の足しにもなるまい。


「それより俺は、人が考えてることをピタッと当てる翔子さんの方が怖いよ」

「それはわかりやすすぎる君が悪い。人を勝手に恐怖の対象にしないでもらおうか」


 こうして今回の事件には一旦の区切りがついた。警察による操作は難航が続くだろうし、あの学校に通うもの、事件の被害者遺族にとってこの事件に終止符が打たれることはないだろう。


 しかし、俺たちにできることは既になくなった。人の理から外れてしまった者は、人の理で解決すべき事象に手を出すことはできないのだから。


 翔子さんに別れを告げ、喫茶店を後にする。帰り道を行く中で、俺は釈然としない気持ちでいた。それは、喫茶店を去る直前に翔子さんが発したある一言のせいだった。


「白神、私はさっきこの事件は立花純花が引き起こしたものだと言った。でも手引きした人間はいるかもしれない。意図的に彼女の狂気に指向性を与え、侵食者という力と結び付け、この惨劇を起こさせた。そんな邪悪な人間がもしかしたら」 


 いや、考えすぎかもしれないな。そう呟く彼女を背に俺は喫茶店を去った

 しかし、この小さな不安の種は、後に新たな事件を巻き起こす。その時初めて俺は知るのだった。この事件、いや、全ての事件が鎖のように強く結びついた一群であったことを。


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