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狐神具現

 教室のあちこちに肉塊の山は積み重なっており、教室はまさしく地獄絵図だ。無残なその死骸は十人以上のものと見える。。原型を留めていないその肉塊を注視すると、そこには制服らしきものが混ざっていた。


 考えなくてもわかることだった。消えた生徒はここで殺された。いや、損傷が激しすぎこの有様からして喰い殺されたのだ。そしてそれは、おそらく狐の神——こっくりさんとやらの餌となった。


「いや、待てよ……血が液状ってことは、これはついさっきの出来事ってことか」


 そう、俺の足元にあったのは、教室中に散乱する死骸と違って、まだ乾いていない血だまりだった。

 それが導き出す結論は一つ、近くにその捕食者がまだいるということ。

 警戒を強め、教室の外へと歩を進める。ドアに手をかけようと腕を伸ばした瞬間、ガラガラと古びた音を立てて、外からドアが開けられた。


「あれぇ、人がいる」


 場違いともいえる鈴の音のような綺麗な声だった。ドアの外にいたのは、肉塊に埋まっていたのと同じ制服に身を包んだ小柄な少女だった。


 百四十センチ程の小柄な背丈に肩にかかるほどに伸ばした黒髪で、目はガラス玉のように大きく、まるで童話に出てくる妖精を思わせるような風貌だ。


 しかしその可愛らしい容姿は、血塗れの教室と──血塗れの制服に最も似つかわしくないものだった。そのミスマッチな光景は何か異様な恐ろしさを俺にもたらした。


「君は……大丈夫か?他の学生たちは?」

 僅かに後ずさりしながら、俺は目の前の少女に尋ねた。この惨劇の生き残りだろう。でも何か得体の知れない不気味さを感じずにはいられなかった、


「私はとっても元気よ。でも……ちーちゃん達は死んじゃったの」

 少女は足元の肉塊を見て呟いた。しかし、俺はその姿を見て、どこか現実味を帯びていないような、そんな違和感を感じた。


「君はこの子たちが殺されるのを見たのか?」

「うん。見てたよ」

「じゃあ殺った奴はどこに行った?」


 俺は、少女に問いかけながらも、先ほどの会話で感じた違和感に思いを巡らせていた。

 この少女はこの惨劇を起こした奴を見たと言った。なら、何故この子だけ生きている?


 この少女に生かすべき理由があった?だとしたら今こうして少女一人でいるのはおかしい。捕まるなりなんなりされているのが自然だろう。

 しかし、少女の来ている制服は夥しい量の血で染まっている。つまり、至近距離で殺される様子を見ていたということだ。


 考えが纏まらない。一つだけ漠然と浮かぶ疑念に確信を持つことができない。それは余りにも考えられない馬鹿馬鹿しくて、最悪なものだったから。

 しかし俺の思索は、少女の一言によって終わりを告げた。


「いるよ。ここに」

 瞬きを一回——そんなほんの一瞬の出来事だった。俺の目の前に荒々しく毛を逆立てた狐が佇んでいた。


「今宵は良い日だ。我が飢えを満たすに相応しい特上の贄がわざわざ現れてくれるなんて」

 突如現れたその化け物は俺を一瞥し、そう呟く。


 体長はおよそ二メートルほど。俺の身の丈を優に超す巨体は、少し跳ぶだけで教室の天井に着いてしまいそうだ。特徴的なのはその大きさだけではない。鋭い牙や爪はほんの一振るいで俺のような人間など簡単に切り裂くことができるだろう。そして何よりも、御馳走を前に待ちきれず理性すら失ってしまった子供のように俺を見据える血走った赤い瞳が、こいつが化け物であることを示していた。


 その姿は狐というには余りにも暴力的で、神というには余りにも魔的であった。


「お前がこれを起こした侵食者(イローダー)か……!」

「如何にも。薄味の小童ではこの飢えは満たされなくてな。お前は他の人間とは違うようだ。その血肉を以って我が支配の始まりを成そうではないか」

 現れた狐は舌なめずりをしながら俺を見据える。

 

 一度発生した幻創世界を消すには、その主たる侵食者(イローダー)を消すしかない。それがこの狂った世界における唯一にして明確なルールだ。


「悪いが俺は喰われてやるつもりはさらさらない。お前を殺してその子連れて帰るだけだ」

 すると目の前の化け狐は、わずかに目を見開き、教室全体が震えるほどの轟音を放って笑い出した。


「これは傑作だ!よもや未だ気付いていないとは!いいだろう、愚昧な人間よ。教えてやる。そこに散らばった死骸は私の手によるものではない。私は力を貸しただけ!泣き叫び逃げ惑う娘共を、無惨にも生きながらにして喰らったのは其処な娘だ!」


 突如後ろから鈍い音と共に鈍痛が走り、俺は大きく吹き飛び、教室前方の黒板へと勢いよく叩きつけられた。激痛と衝撃で眩む頭を何とか上げると、そこには俺の血に濡れた椅子を持ち、微笑む少女がいた。


 痛みは幸いにも動きに支障はなさそうである。だが、俺の頭は未だ化け狐の一言に囚われていた。

 三人を殺したのはあの少女かもしれない。それは頭の片隅に浮かんではいた。しかし、直接手を下し、あまつさえ生きたまま喰ったなんてのは、思いもしなかった。いや、そんなことが起きたなんて考えたくなかった。


「本当に……君がやったのか?」

 無駄だと思いつつも、少女に問いかける。少女は大輪の向日葵のように笑い、俺の問いに答えた。


「そうだよ。みんなとちょっと喧嘩しちゃってね。朱ちゃんに叩かれて私カッとなって、叩き返そうとして、そしたらちーちゃんに抑えられて、離してほしかったから、腕を噛んだの。

 そしたら大喧嘩になっちゃって、私どうしようって思ってるうちになんかイライラしてきて。あ、みんな静かになるまでみんなのこと噛んで痛めつけてあげようって思ったの。

 段々楽しくなってきちゃって、そしたらいつの間にかそこの狐さんがそばにいてね。応援してくれるから夢中になっちゃって、気が付いたらみんなのこと食べちゃった」


 少女はまるで母親に悪戯がばれたかのように照れくさそうに笑っている。俺はその姿にこれまでにない戦慄を覚えた。


 事の残虐性もそうだが、この少女には一切の罪の意識がない。 先ほど少女は「ちーちゃん達は死んじゃった」と言った。到底殺した当人の発言ではないだろう。


 恐らく化け狐はこっくりさんという儀式により侵食者(イローダー)として顕現した。そして少女に力を分け与え、その見返りに喰われた少女達の魂を自らの力として取り込んだ。


 ……最早彼女とは刃を交えるほかない。化け狐と少女は二人で一つの侵食者(イローダー)なんだ。戦わない方法も彼女を人の理に引き戻す術も、俺にはわからなかった。


 立ち上がり呼吸を整える。目の前の二人を敵だと強く認識する。意識を自らの内に深く沈める。全神経を励起する。既に殴られた頭痛を痛む感覚は消えていた。


「……いいよ、殺ろう。ごちゃごちゃ考えるのはやめだ。その子はもう人の世に生きてちゃいけない。道を外れた化け物として……アンタら二人消してそれで終わりだ」


「餌風情が良く吠える。だが、活きが良いのは悪くない先ほどの娘達と同じく踊り食いといこうではないか」


 化け狐の輪郭が少しずつぼやけ、透過していく。やがてその姿は少女と重なり、少女達を中心に突風が巻き起こった。


 教室の机や椅子が凄まじい勢いで吹き飛び、四方を囲む壁にすら大きな亀裂が走る。

 風が止んだ。そこにいたのは少女でも化け狐でもない。


「融合したのか……」

 半人半獣。そう呼ぶに他ない存在。


 少女の肉体を霊媒とし、自らの力と存在を具現化したのだろう。 二足歩行ではあるが、爪や牙、頭から生えた狐耳など人をベースとしつつも、その姿は獲物を狩る獣としての特性を色濃く示していた。


「さて……息の根を止めない程度にするにはどうするか……

 あの娘達を喰らったのは彼奴だからのぉ。実体を為しての初の食事となれることを光栄に思うがいい。願わくば腹ごしらえの前の運動になる程度には死ぬでないぞ?」


 殺気が膨れ上がる。教室中が黒く塗りつぶされたと錯覚するほどの濃密な悪意。背筋が凍る感覚。だが、その殺気に呼応するように自らの神経が研ぎ澄まされるのがわかる。呼吸も心臓の鼓動すらも耳障りなほどの静寂が流れる。


 跳んだ——化け狐が弾丸を思わせる速度で俺へと肉薄する。振り翳された鋭い爪をすんでのところで交わす。虚空を切り裂いたその爪は、風圧だけで背後の黒板に深い爪痕を残した。


 まともに喰らわずともこの威力だ。直撃すれば致命は必至。狭い教室では分が悪い。

 窓をブチ破り、俺は校庭へとダイブした。間髪入れず奴も同じく校庭へ飛び出す。俺の着地を狙っての斬撃を奴の腕を蹴り跳ねることで軌道を反らし何とか逃れる。


 間合いは十メートルほど。先ほどの跳躍の勢いからして、ほんの一歩で詰められてしまうだろう。

「逃げてばかりとはつまらぬな。大人しくその身を差し出せば必要以上に苦痛は与えずに喰らってやるものを」


「さっき生きたまま喰うって言ってだろうが。それ以上に苦痛なことがあってたまるかよ」

「威勢だけはいいようだが……生憎私は気が長くないのでなぁ。馳走を前に行儀よく待っていろと言われても無理な相談というもの。悪いがもう幕引きとさせてもらおう」


 その時、化け狐は妖しく嗤った。先ほどの殺気とは違う生ぬるい纏わりつくような瘴気が一瞬にして空間を包む。


 逃れようとするも、足は地面一体化してしまったかのようにピクリともしなかった。それだけではない。足以外はかろうじて動くものの、全身がコールタールの海を泳ぐように重く、自由が利かなかった。


「うまくかかったようだな…」

「何をしやがった……?」


 全身の力を総動員して、疑問の言葉を紡ぎだす。その無様な姿を見て嘲笑を浮かべながら、奴は語った。

「これが我が力、呪鎖神域。その身は既に呪われている。貴様の身体の自由は最早ない。だが案ずるでない。その呪いによって死には至らぬ。何故なら貴様は私直々に喰うと決めているからな」


 ぬかった……!その見た目と機動性から直接攻撃とそれに準ずる能力だと思ったが、こいつと戦う上で、奴の認識内に入ってはダメだった。殺るならば、一度姿を消して暗殺するのが上策だった。急速に体中の力が抜けていくのがわかる。拳を握る程度の余力すら最早なかった。


 棒立ちとなった俺に向けて、化け狐はゆっくりと近づいてくる。逃げることは不可能だろう。迫り来る死を俺は、ただ見つめるしかできない。だが、まだ終わりではない。俺は手の内を未だ明かしていなかった。


 出来ることなら、最低限の出力で必中必殺の刻を狙うつもりだったが、出し惜しみをしている場合ではない。


 呼吸を整える。最小限の動作で最大限の酸素を送り込み、鈍重な身体を置き去りに、意識をどこまでも研ぎ澄ませる。自らの安全は度外視だ。俺が持つ最大出力を瞬時に引き出す覚悟を決めろ。


 残った力をかき集め、右腕を前に突き出し、その指を目前の敵へと照準を合わせる。さっきからこいつは俺を喰い殺すと言ってるが、食い殺すのは何もこいつだけの専売特許ではない。

 

 迫り来る死を身近に感じつつも、どこか俺の心は昂り、口元は小さく笑みを浮かべていた。

 その姿を見て、化け狐は足を止め、訝しげな眼を向ける。


「何の真似だ?立っているのすらやっとだろうに、その身体で何ができる?」

「生憎このまま殺されてやるほどお人好しじゃなくてね。俺の能力は呪いだなんて大層なもんじゃないが、なに、退屈はしないと思うぜ」


 イメージするのは、ある物質。無限に膨張するソレは、堰を切ったようにとめどなく溢れ出し、頭蓋を満たす。次第にソレは俺の全身から滲み出るように具現化し、荒れ狂う暴風雨となる。やがて風は集束し、漆黒の外套として俺を取り囲んだ。


 黒い霧——これが俺の能力。あらゆるものを跡形もなく消し去る圧倒的な破壊の権化、終焉の象徴。ただ一つの武器にして、強大すぎるその力は、行使者の俺すらも破滅し兼ねない諸刃の剣。

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