表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きみと桜の木の下で  作者: 花音
第4章  本当の戦い
80/230

第79の扉 覚悟

「いいねぇ、みんなは時間を自由に使えて」


 運動場で部活の練習をする生徒たちを見て、教室の窓から颯がポツリと呟く。颯は風花の家への集合時間まで、教室でのんびりすることを決めていた。彼曰く「一度家に帰るのはめんどくさいぃ」から。


「……」


 そんな中、野球部の練習をしているはずの優一が教室に入ってきた。どうやらタオルを忘れたらしい。優一はカバンからタオルを出して練習に戻ろうとするのだが、颯の方を振り返り声をかけた。


「なんかあったか?」


 優一はまっすぐに颯を見つめている。颯の雰囲気から何かを感じ取っているようだ。彼はその人の雰囲気や仕草から、何かを読み取るのが絶妙にうまい。何もないと誤魔化したところで、納得しないだろう。


「練習はぁ?」

「少しなら平気だ」


 優一はそう言うと、観念した颯の隣に並んで立ち、窓の外を眺める。運動場ではたくさんの生徒たちが部活動に励んでいた。汗を流しながら楽しそうに練習に打ち込んでいる。彼らの表情はとても生き生きとしていて、笑顔が輝いていた。


「俺の家はチビたちがいるからさぁ」


 そんな彼らを眺めながら、颯が寂しそうに呟く。

 颯の家族は大家族。颯が長男で下に8人(男女4人ずつ)の弟妹がいる。両親が共働きのため、弟妹の面倒は一番年上の颯の役目。颯は幼い頃から「お兄ちゃんなんだから」と、自分の言葉を飲み込んで生きてきた。


「俺もあんな風に思いっきり走りたかったなぁ」


 両親に部活をやりたい、と打ち明けたことはない。困らせてしまうことが分かっているからだ。まだ年齢の小さい子が居る中で、彼が部活に費やせる時間はない。

 部活に打ち込んでいる生徒たちを颯が寂し気に見つめる中、優一が口を開く。


「いいぞ、やりたいことを思いっきりできるのは」

「……だろうねぇ」

「俺は野球がやりたくてやってる、楽しいぞ」

「……」


 優一の言葉に颯は少し苛立ちを含む声を出すが、優一は構わず話を続ける。


「颯は足が速いもんな」

「……」

「思いっきり走ったら、気持ちいいだろうな」

「ねぇ、優一くん。君は何が言いたいの?」


 颯は挑発してくる優一に、苛立ちの声をあげる。彼は何を言いたいのだろうか。


『言っても何も変わらない』『言ったら迷惑をかけてしまう』


 いつだってそうだった。今回の部活の件だけではない。今までやりたいことはたくさんあった。でも、それを打ち明けたことはない。だって、何も変わらないことが分かっているから。大好きな両親を困らせたくないから。


 颯が自分の中の感情と戦っていた時、優一が優しく口を開いてくれる。


「言葉にしないと伝わらないこともある」

「……」

「俺、気がついたんだ。ちゃんと伝えないと伝わらないって。我慢しているなんてつらいだろ」


 優一は苦しそうに顔を歪める。彼の頭の中には昨日の風花との会話が。

 風花があそこまで壊れたのは、自分を責め続けたからだ。彼女が一言『苦しい』『助けてほしい』そう言っていれば、あそこまでなることはなかっただろう。彼女は自分からその言葉を告げることができない。飲み込まれた言葉は心を蝕んでいく。

 そしてそれは風花に限ったことではない。言葉を飲み込みすぎれば、その分辛くなる。颯も同じこと。自分から言えないのなら、言えるように背中を押せばいい。

 優一の言葉を聞いた颯の胸に熱い物が広がり、今まで黒く渦巻いていた感情が消えていった。


「……ありがとぉ」




______________









「話ってなーに?」

「ふ、深淵の覇者との戦いか?」

 訳)京也くんがまた何かしてきたのですか?


 今からの話し合いの内容を知らない結愛と彬人が、ほんわかとした声を出す。現在風花の家のリビングに翼たち精霊付き8人と風花、太陽の10人が集まった。


「俺たちは水の国で初めて、『相手を殺さないと殺されるかもしれない』っていう経験をしたんだ……」


 優一はその雰囲気を壊すように、真剣な声で話を切り出した。

 神殿での戦い、安全な日本との違い、命のやりとりを行わなければいけない状況。


「今後さらに凶悪な敵と対峙することがあると思う」


 どちらかの命が消えなければ終わらない戦い。そんな時、自分は迷わず剣を振るえるのだろうか。命の灯を消すために動けるだろうか。

 優一の話を聞いた全員に緊張が走る。


「俺は桜木の仲間になると決めた時、一つの約束をした。『しずくと誰かの命なら命を優先する』と。だけど、その覚悟だけじゃ甘かったんだ」


 『しずくと命』ではなく、『命と命』を天秤に乗せなくてはいけない時が来る。今はまだそんなに激化した戦場へ足を運んでいないが、近い未来にやってくるだろう。『命と命』の天秤が。その時に消える命は、敵か味方か。


「今回このことをみんなに話したのは、もう一度覚悟する必要があると思ったからだ」

「覚悟……」

殺す(・・)覚悟じゃない。守る(・・)覚悟だ」


『殺さなくていい、守れればそれでいい』


 翼の頭の中に水の国での美羽の言葉が駆け巡る。

『命と命』の天秤に唯一抗えるとしたら、守るための強さだろう。水の国での戦闘のように、気絶、拘束、戦意喪失、なんでもいい。殺さずに倒す術を身に付けられれば、残酷な天秤に抗える。


 しかし、それはかなり難しいこと。殺す強さよりも、守る強さの方が身に着けるのは難しいだろう。そして、一歩間違えればどちらかの命が消えるかもしれない、という緊張状態に自分たちは耐えられるのだろうか。安全な世界で暮らす自分たちにできるのだろうか。


「あ、あの……」


 翼たちが重い表情で考え込む中、今まで言葉を発さなかった風花が初めて口を開いた。彼女の瞳に迷いの色はなく、固く何かを決心しているような表情をしている。


「あの、み、みんなに、選んでほしいの」


 彼女の手はギュっと握られていた。しかし、微かに震えているようにも見える。その震えの理由は何だろうか。

 翼たち全員の視線が風花に注がれる中


「もう、冒険を終わりにするかどうか」


 彼女が悲しい言葉を紡いだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ