第7の扉 勇気を出して僕が
翼と優一が釣りの約束をしていた土曜日がやってきた。
千歳公園は動物の形をした遊具や砂場などある。小さな子供たちに人気で、地域住民の憩いの場となっていた。
今回の翼たちの目的である池は公園の隅にある。普段は小学生たちがよくザリガニ釣りを楽しでいるのだが、今日は翼と優一以外に人の気配はない。
「よし! 釣るぞ!」
今日の優一はやる気がみなぎっている。そんなに魚釣りが好きだっただろうか。翼は首を傾げながらも、釣竿に餌をつけ、池に垂らす。あとは食いつくまでずっと待つだけだ。
「釣れない」
1時間が経った頃、ポツリと呟いた優一の声が静かな池に響き渡った。主どころか小魚の一匹さえも食いつかない。
「嘘だったのかな、くそー」
悔しそうに優一が釣竿を握りしめている。彼が手に入れた噂は嘘だったのだろうか。首を傾げる翼の隣で、優一は地団太を踏んでいる。
「諦めた方がいいかもね。……あれ、桜木さんかな?」
翼が優一を眺めていると、その後ろに風花がきょろきょろしながら歩いているのを見つけた。
「おーい! 桜木さん」
翼が呼びかけると、風花は二人の方を振り返った。気がついたようで、走ってくる。
「「こんにちは」」
「こんにちは。ん?」
風花は翼と優一が釣竿を持っていることに気がつくと、じっと眺めた。初めて見るようで、無表情ではあるが目は興味津々という感じである。そんな様子を微笑ましく思いながら、翼は声をかけた。
「桜木さんも一緒にやる?」
翼の申し出に風花はぐりんと勢いよく振り向き、興味津々な瞳のままで翼を見つめる。
「あ、あの、えっとね……」
彼女の食い付き様に驚くも、翼には伝えなくてはいけないことがある。申し訳なさそうに口を開いた。
「釣れるか分からないんだ。僕たちもずっとやってるんだけど、釣れなくて……」
「そっか」
翼の発言に風花の瞳の輝きが弱くなる。余程楽しみだったのだろう。無表情なのに、何やら寂しい雰囲気がにじみ出ていた。
「もう一本釣竿あるから待ってな。準備するから」
申し訳なさそうに呟く翼とは対照的に、優一は風花の分の釣竿の準備をしている。一人でも人数が増えた方が、川の主を釣りやすいという魂胆なのだろう。彼はまだ諦めていないようだ。
「ありがとう」
優一の言葉で風花の目の輝きが戻った。余程やりたいようだ。これは主を釣るまで帰れないかもしれない。
苦笑いしながらも翼が風花に小声で話しかける。
「しずくを探しにきたの?」
「うん。私が近くに行かないと気配を感じられないから」
ある一定の距離にならないと、風花は気配を感じられない。そのため様々な場所に行っているようだ。
風花と翼がこそこそと話していると、後ろから優一の声が聞こえてくる。
「桜木、教えてやるよ。こっちおいで」
風花は興味津々な瞳のまま、優一の方へと歩いていく。近づくにつれて心のしずくの気配を感じ、瞳から感情が消えた。
「まずこうやって…… で、餌をつけて……」
優一は風花の様子には気がつかず、説明を始める。風花は上の空でしずくの気配を探っていた。
「で、こう投げるんだ。簡単だろ?」
ドーン!
彼が釣竿をびゅんと投げたタイミングで、池の水が水柱のように上に上がった。
「え!? 俺のせいじゃないよな」
タイミングがタイミングなので優一が心配する中、水しぶきが風花たちの元まで届く。しぶきは太陽に反射してきらきらとしていた。
「あれ?」
そのしぶきの中に不自然な光り方をする箇所があった。翼がそれに気がつき、なんだろうと考えていると水柱の中に人影が一つ。
「くそ、びしょ濡れだ。しまったな、ポイントが池の中になってたのか」
水柱が消えると中から京也が姿を現した。京也は手足をブンブンと振って水を飛ばしている。頭から大量の水を被ったようで、全身びしょぬれなのだが、彼は池の真ん中付近の水表面に、浮かんで立っていた。
「なんだ、あいつ? どうやって浮いてんだ?」
「どうしよう、また京也くんが。優一くんも近くにいるし、僕は変身できないのに……」
首を傾げる優一と、くるくると考えている翼。魔法や風花の事情は優一には内緒なのだ。加えて翼は前回の練習で変身できず、まともに戦えない。どうしたらいいのだろう、と考え込んでいると、風花が翼にだけ囁く。
「成瀬くんを連れて二人で逃げて」
「え、でも……」
「二人が逃げる時間は私が何とかするから」
「ダメだよ、そんなの」
「もう相原くんを傷つけたくないの」
戸惑う翼に構わず、京也の方へ向き直る。「ふぅ……」と一つ息を吐くとゆっくりと目を閉じた。
「桜木さん……」
風花に傷ついてほしくないのに、変身もできない自分では到底彼女を守れない。翼は悔しさで拳を握った。
翼が動けない中、風花の足元に魔法陣が出現し、竜巻が巻き起こる。風花は先日と同様、真っ白な魔法衣装に変身した。しかし以前とは違い、風花の目から不安などの感情を読み取ることはできない。
「やあ、風花。今日こそしずくを渡してもらおうか」
「いやだ。絶対に渡さない」
「そう言われても困るんだよな。父様に怒られる」
気がついた京也が余裕の笑みで風花に告げる。彼はかなり強い。先日の戦いで風花は簡単に吹き飛ばされていた。それでも、今の彼女の目に不安や恐怖は浮かんでいない。翼たちを守ろうと必死なのだろう。しかし……
「水の妖精のスイだ。お前を倒すためにお越しいただいた」
京也は手のひらを池の表面につけ、ゆっくりと持ち上げる。それと同時に背中に羽をつけた人型の塊が浮かび上がってきた。
「今回は本当に死ぬぞ? 大人しくしずくを渡せ」
京也とスイ。二人の敵が不気味な笑顔を貼り付ける。
※※※※
「おい、なんかヤバくないか?」
少し離れたところで、桜木さんと京也くんの様子を見ていた優一くんが、僕に声をかける。僕も分かる、この状況がヤバいって。
「とりあえず、桜木を連れてここから離れるぞ。誰かに助けてもらわないと……」
優一くんはすごいね、こんな時でも冷静でいられるんだ。でも、今回は誰か助けを呼んでもダメなんだよ。それだと京也くんには勝てないんだ。
僕の頭には、前回の彼女の不安そうな顔と震える手が浮かんでくる。
今日はその感情は桜木さんの顔には浮かんでいなかった。桜木さんは今心が欠けている。でも、それは何も感じないっていう意味じゃない。感情が顔に出にくいだけなんだ。僕に心配をかけないように、怖いっていう感情を押し殺しているだけなんだ。
「……」
僕はまた桜木さんを置いて逃げるのか。 桜木さんが傷つくことをわかっているのに……
逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメなんだ。僕は決めたんだ、彼女を守るって……
「おい、翼、聞いてるのか?」
「優一くんは逃げて、できるだけ遠くに」
僕の言葉を聞いて、優一くんは目を見開く。
「は? お前はどうするんだよ」
「ここに残る」
「何言ってるんだよ。桜木連れて逃げるぞ。あ、おい!」
僕の耳に優一くんの静止の声は届いていなかった。ゆっくりと桜木さんたちの方へ近づいていく。
僕にもっと力があったら……
……違う、力は火練さんが貸してくれる。僕に必要なのは……
でも、できるのか、僕に。何回練習してもできなかったのに……
……違う、できるかどうかじゃない、やるしかないんだ……
勇気を出して僕が




