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きみと桜の木の下で  作者: 花音
第4章  本当の戦い
78/230

第77の扉 もう間違えない

※※※※



 ……俺はバカか。桜木の変化に気がつけなかった


 俺は涙を流し続ける彼女を見て、自分の迂闊さを思い知る。彼女の涙は止まらない。俺がこいつを追い詰めたからだ。悔しさで拳を握る。


 そこまで考えてなかった。経験があると思ってた。でも、よく考えたら経験があると思ったこと自体がおかしかったんだ。桜木は俺らと同じ年だぞ。そんな女の子が命のやり取りをする場に経験があると考える方がおかしいんだ。




 桜木は俺の質問を肯定した。「初めて(・・・)か?」という質問に対して頷いたのだ。




 加えて彼女は記憶がない。たとえ戦闘経験があったとしても、その記憶が戻っていない可能性の方が高い。魔法がある世界だから、日常的に戦闘に参加していると思い込んでた。戦闘に慣れていると思っていたんだ。

 そして……


 大量の涙


 こいつは今心がない状態。感じない(・・・・)わけじゃない。感情が外に出にくく(・・・・)なっているだけだ。

 戦いの前も最中も後も、全く感情の変化が見えなかった。いつも通りの無表情。瞳にはたくさんの感情が現れるが、そこにさえ全く感情を出していなかった。

 我慢していたのか? ただでさえ感情が出にくいのに、我慢したら現れるはずがない。それを俺は、平気(・・)だと勘違いした。

 平気なわけじゃなかったんだ。辛い思いを抱え込んで、押し込めて、必死に涙を堪えた。自分が巻き込んだからここで泣いてはいけない、と自分を責めて。怖いと思っても不安にさせてはいけないから『大丈夫』と微笑んだ。


 彼女は一体どれだけの感情を飲み込んだ?


「……」


 桜木にとっても初めてのことだったのに、俺は更に追い詰めるようなことを言った。

 どうして、気がつけなかったんだ……


「桜木、悪かった。お前も初めてだって知らなかったんだ、ごめん」

「成瀬くんが、謝ること、ない。でもごめんなさい、涙が、止まらない」


 ポロポロと彼女の頬を涙が伝う。俺はそれを見て胸がギュっと苦しくなった。


「好きなだけ泣け。俺が全部受け止める」

「うぅ、あぁぁ……」


 俺がギュっと彼女を抱きしめると、桜木は声をあげて泣いた。まるで幼い子供のように。


「みんなの、つらいことに気がつけなかった。私の、せいだ」


 彼女の言葉に俺の心が締め付けられる。俺たちが辛い思いをする度に、何倍もの痛みが彼女を襲うだろう。こいつは優しすぎて、脆い。


「……お前のせいじゃない」


 俺は桜木を抱きしめる腕に力を込める。今の俺の言葉でもこいつを傷つけた。

 水の国からの帰り道に、翼がぶつかったこと。太陽をいきなり引っ張っていったこと。普段の桜木ならそんなことはしない。でもそうさせたのは、桜木が自分で精いっぱいで周りを気遣えなかったからだろう。

 それに加えて、俺は責めるようなことを伝えた。


「うぅ……」

「ごめんな」


 桜木は俺の服をギュっと握って泣き続けている。俺はその頭を撫でて、謝ることしかできなかった。俺がこいつを追い詰めたんだ。ごめん……







「落ち着いたか?」

「グスン、うん、ありがとう……」


 桜木の涙はしばらくすると収まった。彼女の表情を確認しながら、俺は言葉を紡ぐ。桜木の瞳から恐怖の感情は消えていた。涙を流せたからなのか、少し晴れやかな表情をしている。


「明日、みんなで話し合おう。同じように我慢してるやつがいるかもしれない」

「……うん」



※※※※




「神崎、太陽、明日みんなを集めて話をするよ」

「分かりました」


 部屋から出てきた優一は待機していた二人に声をかける。彼は翼が増えていることに驚いたが、何も言わなかった。太陽と翼が風花の元へと向かい、部屋には優一とうららの二人きりに。


「神崎、俺を殴ってくれないか?」

「理由を聞いても?」

「……俺の判断ミスで桜木を傷つけた」


 彼はひどく後悔しているようだ。苦しそうに顔が歪んでいる。うららは少し迷う仕草を見せるも、優しく微笑んで言葉を紡いだ。


「本当に判断ミスであったのかどうか、明日の話を聞いて決めることにします」

「分かった、ありがとな」









「桜木さん」

「あれ、相原くん。どうしたの?」


 部屋に入ると風花の横に太陽が座り、背中をさすっていた。涙は流れていなかったが、目が赤くなっている。優一との話し合いで涙を流したのだろう。

 しかし、彼女の表情は何だかすっきりとしていて、翼が感じていた違和感は見つけられなかった。


「姫、申し訳ありませんでした。私がもっと注意するべきでした。命のやり取りをする場にあなたを行かせるなど……」


 太陽は苦しそうに顔を歪める。水の国は本来危険な国ではないのだ。翼たちが行った時に偶々代替わりだっただけ。翼たちがそんな経験をしていたことを太陽は知らなかった。


「ごめんね、心配かけて。私の覚悟が足りなかったんだよ。明日みんなとお話ししようね」


 そう言う風花の瞳に迷いの色は浮かんでいなかった。










「ふ、過酷な道のりだった。だが、俺はこの呪われた地にたどり着いたぞ」

 訳)おはようございます。今日も一日頑張りましょう


「本城くん、ちょっとこっちに来てくれる?」

「む?」


 翌日、放課後風花の家に来てほしいとみんなに呼びかける。優一、一葉、うららは部活があるため全員部活が終了する時刻に、集まろうという話になった。

 翼は特に予定はなく、彬人の挑戦状も今日はなかった。美羽の仕事も今日は休みである。颯はいつもは弟たちの面倒を見なければならないが、母親が休みということもあり都合がついた。


「じゃあ、解散!」


 優一が事情を説明し終わり、それぞれ自分の席へと戻っていく。そんな中、彬人が不思議そうに声をあげた。


「む?」


 彬人の目線の先には一葉が。自分の席に座り、教科書の整理をしているようだ。特に変な点はないように見える。しかし、彬人は彼女をじっと見つめて、首を傾げていた。


「一葉、何かあったのか?」

「別に……」


 彼女はそう言うも、おそらく何かあったのだろう。一葉は彬人と目を合わせようとしない。そんな彼女の様子にますます首を傾げながら彬人は質問を重ねる。


「ふ、俺の美貌に見惚れたか」


 彬人はいつものように冗談を飛ばす。普段ならここで一葉の拳が顔面に炸裂するのだが、今日は飛んでこない。一体何があったのだろう。考えてみるも全く答えが出ない。今日の優一の話と何か関係があるのだろうか。

 彬人はそれ以上は話しかけず、様子を見守ることに決めた。


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