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きみと桜の木の下で  作者: 花音
第4章  本当の戦い
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第76の扉 涙の理由

 パタンと部屋の扉が閉められた。


(俺の言い方が悪かったか、必要以上に桜木を怯えさせすぎたか…… どっちにしてもやっぱり愛されてるね、桜木は)


 風花は相変わらず恐怖の感情を瞳に宿している。優一は自分の言い方がきつくなったり、顔が怖くなったりするのは自覚しているが、自分ではどうにもならないのだ。元々こういう顔なのだ、仕方がない。おそらく今回の話をするのが自分ではなく翼や颯ならば、風花はここまで怯えなかっただろう。


「ふぅ……」


 部屋には風花と優一の二人きり。扉のすき間から何やら黒い物が見えなくもないが、今は気にしないことにする。優一は息を吐き、話を始めた。




※※※※




「さっきも言ったが、今からする話はお前を傷つけるかもしれない。最初に言っておくけど、俺はお前を憎んだりしている訳じゃないからな。ただ話した方がいいと思ったんだ」

「……分かった」


 桜木は素直にこくんと頷く。

 遠回しに言うと伝わらないか、変な解釈をされるかもしれない。きつい言い方かもしれないが、全部正直に話そう。


 俺は彼女の不安げな表情を見ながら、なるべく柔らかく話しかける。


「今回の戦いで俺たちは、初めて敵を『殺さないと殺されるかもしれない』って体験した。翼は最初にそれでパンクして停止。横山が気付いて復活したけど、その横山も限界が来てた。おそらく藤咲もあまり外に出していないだけでそうだろう。実際俺も魔力操作を誤ったら命が消えるなんて状況、耐えられなかった」


 俺の水はあまり長く拘束すれば窒息、藤咲の氷は凍死、壊死の危険性をはらんでいた。翼と横山の能力は焼死の危険性を持つ。それぞれ全員が魔力操作を誤れば殺せるということを、強く実感した戦いだった。そして、油断すれば自分の命が消えていてもおかしくない状況。今までに経験したことのない極限状態に身を置いてた。


「お前は戦闘に慣れているから平気だったかもしれないが、俺たちは違う。今回来てなかった彬人、颯、佐々木、神崎だってきっと同じことになるだろう」


 俺たちの住むこの世界には魔法がない。人が亡くなるという状況も、日常茶飯事では起こらない。血を見ることですら、交通事故や何かの事件に巻き込まれたりしなければ滅多にみることはない。そんな安全な世界に俺たちは暮らしているんだ。


 そもそも戦争も体験したことのない俺たちが、いきなり異世界の戦いに参加すること自体が間違っていたのかもしれない。桜木のように戦闘の教育を受けてきたわけじゃないんだ。


 今までの戦いを思い返すと、きちんと戦った経験は今回の神殿での出来事が初めてだ。


 京也は京也だし、

 ダンジョンの時は桜木のことで頭がいっぱいでそれどころではなかった。

 月の国の時は向かってくる兵士たちを颯が一発で戦闘不能にしてたし、あの時は兵士たちに俺たちを殺そうという意思はない。

 鬼ごっこの時は紅刃の能力を付与された人形。

 ひさしの時は俺たちがちょっと攻撃しただけでは死なない魔神。

 瞬の時は心のしずくを取り返すことが目的で殺し合いじゃない。


 そんな中での今回の戦い。冷たい殺気と辺りの空気。あんな空間初めて経験した。


「とりあえず、みんなで話す機会があった方がいいと思うんだ」


 今回は短時間の作戦だったから何とかなった。だが、今後何があるかわからない。俺たちの覚悟が足らなかったんだ。これは遊びじゃない。命と命のやり取りを行う、真剣な戦闘の場なんだ。


「お前はどう思う?」


 桜木は神殿での戦いが終わってから様子がおかしい。ぼんやりと心ここにあらずって感じだった。こいつの中でも何か思うことがあったんだろう。お前の目にあの戦いはどう映った。


「わ、わた、し……」


 桜木は弱弱しく言葉を紡いだ。そして、その頬には大量の涙(・・・・)がつたっている。


 まぁ、そうなるかなとは思ってたけどやっぱり泣かせちゃったな。でも、言わないわけにはいかなかったし。泣いた理由は……


「私、相原くんたちがそこまでなっているなんて気がつかなかった。みんなにつらい思いをさせちゃった、ごめんなさい」


 ……だよな。理由も考えてたのと一緒だ。まぁ、ここまで泣くのは予想以上だったけど。

 桜木はずっと俺たちを巻き込んだことを気にしていた。そんなこいつに俺たちが辛い思いをしたことを伝えれば、自分の痛みのように苦しむ。いや、自分の痛み以上に苦しい思いをする。


「……」


 分かってた。だけど、言わなければ俺たちが壊れる。別に桜木を責めるつもりは全くない。こいつに巻き込まれたとは一度も思ったことはない。憎んだこともない。だけど、今後俺たちがちゃんと心のしずくを集めていく上で、避けては通れない道なんだ。今は辛いだろうけど、俺たちが支えるから……


 その表情は無表情。瞳の中にも何の感情も映していない。

 桜木は心のしずくを取り戻し、その感情が表に出てきやすくなった。だけど、彼女の感情はまだ読みにくくて、儚い。






 ん、待てよ。なんだこの違和感は……

 

 桜木()大量の涙を流している。そして全く止まる気配をみせない。


 俺は重要なことを見落としていないか

 彼女はさっきなんて言った? 本当に俺が予想していたことと同じだったか?



『相原くんたちがそこまでなっているなんて気がつかなかった(・・・・・・・・)



 気がつかなかった、あの桜木が? そんなことあり得るのか?


 桜木はいつも俺たちのことをよく見ていてくれる。

 彼女は以前翼の努力の成果を全て言い当てた。それはこいつがいつも周りに気を配って、見ていてくれたからだろう。

 その桜木が「気がつかなかった」と言った。


「うぅ……」


 それにあの涙。桜木の涙は止まらない、止まる気配すら見せない。ポロポロとあふれ続けている。

 桜木は心が欠けている。こいつの感情が外に出てくる時は、それだけその感情が強くなった証だ。この涙の理由は何だ。


 おい、まさか……


 俺は一つの可能性にたどり着く。そうであってほしくないと願いながら彼女に一つ質問をした。




「       」





 桜木はその質問に首を縦に振った。


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