第6の扉 大切な友達
「……友達」
風花は『友達』という言葉を、大切な宝物のように優しく呟いた。
「「あっ……」」
美羽と一葉は風花の表情を見て、声を漏らす。今まで無表情で、にこりともしなかった風花が笑ったのだ。
二人はその変化に驚き、お互いに顔を見合わせるも、胸の中に優しい感情が広がるのを感じていた。そして、風花に優しく話しかける。
「一緒に行こっか」
その言葉を聞き、風花の目が嬉しそうに輝く。表情にはあまり感情が出ない彼女だが、目の中の感情は忙しいようだ。そんな風花を見ると、二人は頬が緩むのを感じた。
「ねえ、苗字じゃなくて名前で呼んでもいい?」
「うん」
「じゃあこれからよろしくね、風ちゃん」
美羽に名前を呼ばれ、また風花の目の輝きが増す。遊びに誘ってもらえたこと、名前で呼んでくれたこと、そして何より二人と友達になれたことが嬉しかった。ぽっかりと開いた穴に何か暖かい物が入ってくる。
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キーンコーンカーンコーン
「バイバーイ」
「また月曜日な」
鐘が鳴り響き、クラスメイト達が別れの挨拶をしながら、教室を後にしていく。そんな中……
「ふ、この戦いにもようやく終焉が訪れたな。次の戦いに備えよう」
訳) 今週も1週間が無事に終わりました。来週も元気に会いましょう
彬人が一人、教室の扉にもたれかかりながら呟いている。
「……」
「風花、大丈夫だよ。あれ毎日の恒例行事みたいなものだから」
彬人の行動を理解できずポカンと見ていた風花に、一葉が説明してくれる。
「あれは帰りの挨拶。本人曰く『さようなら』って言ってるらしい。朝も同じ感じで入ってくるよ。つまり『おはよう』って言いたいみたいなんだけどね」
一葉と彬人は1年生の時に同じクラスで、仲が良かったようだ。彬人の扱いに慣れている。
風花は一葉の説明を真剣に、こくこくと頷きながら聞いていた。
「本城くん、ばいばい」
「終焉おめでとう」
「ふっ」
クラスから別れの挨拶やコメントが飛び、彬人は満足して教室を出ていった。
「それじゃあ、風ちゃんまた日曜日ね」
「うん、ばいばい」
彬人の様子を眺めていた風花に、美羽と一葉が別れを告げる。
美羽は帰宅、一葉は剣道部の練習へと向かうようだ。そんな二人の背中を見送った風花も、家に帰るために荷物をまとめていく。
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「翼、明日暇か?」
帰宅準備を進めていた翼に優一が話しかける。
「うん、大丈夫だよ」
「千歳公園行こうぜ!」
千歳公園は東中学校の近くにある。そこの池に主がいると噂になっているらしい。主を釣り上げたら有名人になれるかもしれない、と優一は張り切っている。
「僕、お父さんに釣り道具借りていくよ」
「よし、決まりだな。明日が楽しみだ」
翼は妙に張り切っている優一を微笑ましく思いながらも、別れを告げ風花の家へと向かった。
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ピーンポーン
「いらっしゃい」
呼び鈴を押すと、風花が出迎え、庭へと案内してくれる。庭を見た翼からほわー、と声が漏れた。
「塀に囲まれてるから、外から私たちのことは見えないし、どれだけ魔法の練習をしても大丈夫だよ」
「なるほど、だからこの広い家なんだね」
風花の家は庭を高い塀に囲まれていた。加えて松の木やドングリの木などが植えられており、視界を遮る一因となっている。魔法を秘密にしなくてはいけない彼らにとっては最適の練習場だ。
「よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
お互いが向かい合い、ぺこりと挨拶をする。
今日から二人は魔法の練習を行う。未知なる力の前に翼の体に力が入ったが、風花が緊張を取るように優しく話しかけてくれた。
「相原くん、一緒に頑張ろうね」
「あ、うん!」
柔らかい口調と優しい声で、翼に入っていた力が抜けた。それを確認した風花が話を進める。
「まず、昨日の力の説明をするね」
京也と戦えた翼の力は、精霊としずくが共鳴することで発揮されたもの。しかし、今後は手元にしずくがないため、翼自身が精霊の力を引き出さなくてはならない。
翼の最初の課題は変身すること。精霊を意識し呼びかけることで、火練が力を貸してくれるらしい。
「この前の感覚を思い出しながら、変身の呪文を唱えてみて」
風花が変身の呪文を教えてくれる。言葉に出すことで、精霊を意識しやすくなるらしい。
「やってみる……」
翼は目を閉じ、手を祈るように組む。そして火練の暖かい声、炎の感覚を思い出しながら、呪文を唱えた。
「我に宿りし精霊よ、我と戦う剣となり、我を守りし盾となれ、火練!」
グッと力を込めて呪文を唱えた。しかし……
「あれ?」
恐る恐る目を開けるも、何も起きていない。この前のような炎も出ていないし、服も髪もそのまま。翼は風花に言われたように呪文を唱えた。何も間違えていないはずだ。それなのになぜ変身ができないのだろう。
「相原くん、魔法は想像力、イメージが大事なの。だから1回でできなくても大丈夫だよ」
落ち込む翼に風花は声をかけ、少しの笑顔と共に励ましてくれた。翼はきちんとイメージができていなかったのだろう。
その後、何度も何度もイメージをしながら変身の練習は続いていった。
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ボーンボーン
リビングの時計の音が庭まで届く。
「今日はこれくらいにしよう。お疲れさまでした」
「はぁ、はぁ。ありがとう、ございました」
あれから2時間。翼はずっと変身の呪文を唱え続けたのだが、結局成功しなかった。彼の周りに火の粉が出現することもなく、時間だけが過ぎてしまった。翼は体力を消耗したようで、肩で息をしている。
「どうしてできないんだろう。やっぱり僕が弱虫だから……」
翼はため息をつく。風花が一生懸命練習に付き合ってくれているのに、その成果を全く出せていない。自分が情けなくなった。
「大丈夫、ちゃんとできるようになるよ。また一緒に練習しよう」
風花は相変わらずの無表情でねぎらう。しかし、翼を見つめるその瞳に不安や不満の色は、全く浮かんでいなかった。
翼は風花の目を確認すると、じんわりと目頭が熱くなるのを感じたが、ぐっと唇を噛んでこらえる。
「ありがとう、桜木さん」
彼女のために強くなると決めたのだ。できるまで何度でも挑戦するしかない。翼は自分の中で、決意を固める。
二人はリビングに戻り、休憩することになった。ふと翼は学校での風花たちのやり取りが気になり、質問してみる。
「今日、横山さんと藤咲さんと楽しそうに話してたね」
「うん、日曜日に出かけられることになったの。二人ともすごく優しくて、私の大事な友達」
風花は大切な宝物のように話してくれた。二人のことが大好きなのだろう。翼は柔らかく話してくれる風花を見て、自分も頬が緩むのを感じた。
「またね」
また月曜日に練習する約束をし、二人は分かれる。
自分の家へと帰る途中、翼は風花に言われたことをずっと頭の中で繰り返していた。
「炎、火練さん、温かい、真っ赤……」
ブツブツと声に出して、一人イメージトレーニングを続けていく。
お読みいただきありがとうございます。誤字報告ありがとうございます。お手を煩わせてしまい、申し訳ありません。