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きみと桜の木の下で  作者: 花音
第3章  言葉の重み
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第52の扉 本当になりたいもの

「京也」


 誕生日パーティーを終え、京也が魔界の城に帰ると、父親である董魔(とうま)が話しかけてきた。思わぬ人物の登場に京也の緊張が跳ね上がる。

 董魔は冷酷冷徹。そしてとてつもなく強い。彼の魔力量は京也と桁違い。威圧感、殺気、威厳。膨大な圧が京也に降りかかった。


「……何でしょうか」

「お前、まどかの件を嗅ぎまわっているらしいな」


 京也はビクリと肩を揺らす。冷汗が一気に噴き出し、息がしづらくなるのを感じた。


「あれは、風の国の仕業だと決着がついているんだ。これ以上調べる必要はないだろう?」

「ですが、犯人はまだ捕まっておりません。本当に風の国の仕業でしょうか?」

「お前は心のしずくだけに集中していればいいんだ」

「……」


 京也は苦しそうに唇を噛む。これ以上言い合いを続けて、彼の機嫌を損ねるのはまずい。


「早く次を仕掛けてこい」

「……分かりました」







_________________







「本城くん、この問題分かりますか?」


 現在数学の授業中。西野に指名された彬人が、キラーンという効果音を響かせて立ち上がった。


「ふ、teacherそれは愚問だせ。俺にはもう答えが見えている」

「では、答えをどうぞ」

「む? 今言ったぞ?」

「?」


 西野の頭にクエスチョンマークが浮かんだ。それは彼だけでなく、他のクラスメイトたちも同じである。誰一人として彼の言葉が理解できない。


「む?」


 しかし、本人はなぜ理解してもらえないのか分かっていない様子。キョトンとした顔をしている。

 今回彼に与えられた問題は『この図形の角度が同じであることを示せ』。黒板には三角形が二つ重なって描かれており、AとBと書かれた部分の角度を証明する問題だ。


「もう一度言ってもらえますか?」


 困ったような笑顔を浮かべて西野が尋ねる。しかし、彼は「答えはもう見えている」としか言わない。これは何だか嫌な予感がしなくもない。


「藤咲さん、すみませんが翻訳してくれませんか」

「多分ですけど、『見るからに一緒である』って言ってると思います」

「……頑張って勉強しましょうね」


 キーンコーンカーンコーン


 西野がため息をついたタイミングで、授業終了の鐘が鳴り響いた。彬人は補修常連組。もう少し真面目に授業を受けてくれないと困るのだが、彼は気にしていない様子。


「ふ、戦士には休息も必要である」

 訳)お腹が空いたのでご飯を食べます


 お昼休憩となり、早速弁当袋をガサゴソしている。先ほどの授業のことはコロッと忘れているようだ。この分では次のテストで赤点を叩きだしてくれそうである。


「ふははっ」

 訳)いただきます


 今日の彼の昼食はコンビニのサンドイッチ。早速食べようとしていたのだが……


「いただきます」


 隣の席では風花が手を合わせて、自分のお弁当を食べようとしていた。今日の彼女のお弁当は彬人と同じくサンドイッチ。猫のお弁当箱に野菜やハムが挟まったサンドイッチが詰められており、とても美味しそうである。


「桜木、それは自分で作ったのか?」

「うん、作った」


 風花と太陽は二人暮らし。家事を分担しながら行っているが、基本的に学校に持ってくるお弁当は、風花作である。


「一つ交換してくれ」

「いいよ」


 風花は彬人の申し出を快く了承してくれ、お互いがサンドイッチを一つずつ交換した。

 京也の誕生日パーティーで、料理の腕前を惜しみなく披露してくれた風花。しかし、今回はサンドイッチ。具材を切って、挟むだけなので誰が作っても味は同じである。彬人はそう高を括っていたのだが……


「悪……」

「ふんっ!」


 一口食べた瞬間、『悪魔の食べ物』と呟きかけた彼の顔面に、一葉の拳が炸裂。鈍い音ともに壁に激突し、気絶した。


「本城くん、すごく飛んだね」


 幸い彼の失礼な発言は、風花に聞こえなかったらしい。彬人の飛行距離に目を輝かせている。それもそのはず、彼は教室の端から反対側の壁まで飛んでいったのだ。一葉の腕は細いのに、どこから男性一人を殴り飛ばす力が出ているのだろう。謎である。


「一葉ちゃんナイスゥ」

「当然よ」


 目を輝かせている風花の隣では、美羽と一葉がハイタッチしている。彼女たちは風花のセコムのようだ。風花を悲しませる奴は許さないらしい。何とも頼もしい。






_________________







「あいつはバカだな」

「あはは……」


 時は進んで、現在掃除の時間。翼と優一は先ほどの彬人のすっ飛びを思い出しながら、ゴミ捨てに向かっていた。なぜ自ら風花の料理を食べようとしたのだろう。自殺行為である。実際に食べたことのある翼は苦笑いが止まらない。


「寒いな、早く戻ろう」


 二人は草でいっぱいの袋を持って、学校のゴミ捨て場に向かっていた。東中学校のゴミ捨て場は校舎裏にあり、暖かな春の日に限らず、風が強く吹いている。建物の関係で、季節関係なく冷たい風が吹き抜ける場所なのだ。そのためか滅多にそこに人はいない。

 二人は震えながら歩いていたのだが……


「ん? 何か聞こえる?」


 翼と優一が耳を澄ませていると、自分たちの進行方向から聞き覚えのある声が。何やら言い争いをしているような空気を感じる。


「桜木の声か?」


 よく聞いていると、それは風花の声に似ていた。彼女が言い争いをするなんてことは今までにない。余程のことがあったか。二人は急いで声の方へと向かう。


「桜木さん?」


 翼たちがたどり着くと、そこには案の定風花と、隣のクラスの伊東ひさしが。翼の声に反応して、彼らの動きがピタッと止まった。


「あ、相原くんと成瀬くんだ」

「邪魔が来たか」


 風花は普段通りだが、ひさしは何やら怒っている様子。彼が風花の退路を塞ぐべく、壁に押し付けているように見える。何をしているのだろうか。


「伊東、くん……」


 翼はひさしの存在に一瞬びくりと肩を揺らす。彼にとってひさしは天敵。なるべくなら関わりたくない相手だ。

 しかし、今回彼の足は一歩も後ろに下がらない。普段ならビクビクと震えたり、怯えたりするのだが、ジッとひさしのことを見つめたままである。


「っち、調子に乗るなよ。弱虫の癖に」


 翼のその態度が気に入らないのだろう。盛大に舌打ちをしながら、翼へと近づいてきた。


「さ、桜木、さんに何を、したの?」

「あ? 何もしてねーよ」


 声を震わせながら尋ねる翼に、ひさしは威圧的に言い放つ。彼は体格も良く、身長も高い。上から見下ろされる形になり、翼の声は自然と小さくなってしまった。


「今に見てろよ、痛い目に合わせてやる」


 ひさしはそんな彼の様子に満足したのだろうか。不気味なことを呟きながら、翼の横を通り過ぎる。


「大丈夫か? 変なことされてないか?」

「平気。ありがとう」


 解放された風花の元へは優一が。彼女は特に怪我をした訳でもないし、怖い思いもしていないようだ。風花の様子に二人はホッと胸を撫で下ろす。

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