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きみと桜の木の下で  作者: 花音
第2章  戦いの幕開け
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第37の扉 月の国編その5

「美鈴さん!」


 風花の叫び声が響き渡る。風花をめがけて振り下ろされたひかるの剣を、美鈴が間に入り受け止めたのだ。彼女は素手で刃を握りしめている。彼女の白い肌を真っ赤な血が染め上げ、ポタリ、ポタリと、床に滴り落ちた。


「美鈴、離せ」

「離しません!」


 冷たく言うひかるに、美鈴は痛みをこらえながら言い放つ。ひかるは剣に込める力を緩めるつもりはないようだ。痛みで美鈴の顔が歪んだ。


「ひかる、様……」 


 相当の痛みが彼女を襲っているはずなのに、美鈴はその手を離そうとしない。


「離せ。お前も俺のことが嫌いなんだろう」

「絶対離しません!」


 手から血が流れ続け、美鈴の足元に真っ赤な血だまりを作る。しかし、彼女はその手を離さない。しっかりと握りしめ続ける。そして、美鈴はひかるの目を見つめて、力強く、そして優しく告げた。


「みんな、王子のことが大好きですよ」


 美鈴の暖かい言葉と共に、ひかるの頭の中に響いていた冷たい声が消えていく。


「王子は心のお優しい方です。みな、存じております」


 美鈴はゆっくりと剣から手を放し、ひかるの手を優しく握る。自分のぬくもりが彼へと伝わるように。先ほど翼が自分にしてくれたように。

 美鈴はひかるに遣えているメイドの一人娘として紹介され、ずっと側にいた。ひかるの両親が病に倒れた時、ひかるが友達と喧嘩して帰ってきた時、辛い時にいつもそばにいたのは美鈴だった。そんな彼女の言葉がひかるの心に染み渡る。


「王子が民のことを真剣に考えてくださっていること、我々召し使いに対しても、お心遣いを忘れずにいてくださること。すべて分かっております」


 美鈴はひかるの手をゆっくりさすりながら、言葉を紡ぐ。ふわりと二人を暖かな風が包んだ。


「王子のこの手。まめができて固くなっています。我々を守るために強くなろうと、何度も剣を振っておられたからですよね」





__________________


※※※※


 数年前


「どうするのです? このままでは他の国に侵略されてしまいます」


 レゴリスの取れる月の国は、日々他の国から狙われていた。王と王妃が亡くなり、代わりに新しい王となったのはまだ幼い私。戦力が減ったことを好機と考え、多くの国が月の国に侵略してきていた。


 私がしっかりしなくては、みんなのこと守らなくては、と幼い私はその小さな背中にすべてを背負い込んだ。

 私は国を一生懸命守ろうと剣の修行に励んだ。マメができて、剣を握ることさえつらい時でも、私はやめようとしなかった。


「王子、今日はもう止めましょう。お体が持ちません」

「嫌です、今こうしている間にも敵が攻めてくるかもしれません。私は一日でも早く強くならなければいけないのです」


 幼い自分は大切なものを守る術を何一つ持ち合わせていなかった。だから、守るための力が早く欲しかったのだ。


「ひかる様……」

「まだ私の体は戦えます、だから……」





 毎日の厳しい修行を乗り越え、私はいつの間にか月の国一の剣士となった。その噂は様々な国を駆け巡り、月の国に攻撃を仕掛けようとするものはいなくなった。




__________________





「以前私のした質問を覚えていらっしゃいますか?」


 美鈴はひかるの手をさすりながら、優しく問いかける。過去を思い出していたひかるは現実世界に意識が戻ってきた。



『ひかる様はどうしてそこまで頑張るのですか?』

__『大切なものを守るためだ』



 美鈴の質問にひかるはまっすぐな目で答えていた。それはひかるが国を、国民を心の底から大切だと思っているから出てきた言葉だろう。


「今回の風花姫様との結婚も、月の国を思ってのことですよね?」


 美鈴の質問にひかるはぐっと唇を噛む。

 風花の出身国である風の国。風の国は強い魔法使いが多いと有名な国なのだ。味方にすれば、月の国の防衛力はさらに増すことになる。そして自分の身に何かあったとしても、風の国の後ろ盾を得られれば、今後の月の国の未来は明るい。

 自己中心的な性格で、周りから嫌な言葉を投げられる彼だが、『ただ国を守りたい』という一心での行動だった。彼はこうすることでしか自国を守るという術を知らなかっただけなのだ。

 美鈴は柔らかく微笑むと、話を続けた。


「ひかる様が我々を愛してくださっているのに、我々があなたを愛さない訳がありません」


 美鈴の暖かく、まっすぐな言葉がひかるの中に入っていく。


「風花姫様に教えていただきました。本当にその人のことを想っているのなら、過ちを犯すことを何としてでも止めるべきだと。間違った道へ進ませてはいけないと。

 今回のことは我々は正しいことだとは思えません。今まで王子に声を届けられなかった私たちにも、責任があります。だから……」





「これからはあなた様と一緒に、歩ませてくださいませんか?」





 美鈴の言葉を聞き、ひかるの目から涙があふれる。


「こんな私を愛してくれるのか? まだ私と歩んでくれるのか?」

「もちろんでございます。とっくの昔からみなひかる様のことが大好きですよ」


 ずっと見ていてくれた、支え続けてくれた彼女の言葉が、ひかるの中の黒い感情を洗い流していく。

 もう冷たい言葉は聞こえない。


「…………ありが、とう」


__________________










「皆様、この度はお世話になりました」

「良かったですね、美鈴さん」


 風花たちの見送りのためメイドや執事、兵士たちが集まってくれている。みんな素敵な笑顔だ。そんな中、一番輝いた笑顔を見せてくれているのは美鈴だった。

 今回の一件が無事に解決したのは彼女が勇気を出して、行動したからだろう。翼は心の中で敬意を表し、彼女を見つめる。


「何とお礼を言ってたらいいのか分かりません」

「ご迷惑をおかけして、本当に申し訳なかった」


 ひかると美鈴は深々と頭を下げる。そしてまっすぐな目で……


「私はもっと立派な王になる。国のみんなに更に慕われるように」


 きっと月の国はこれからもっと良い国になっていくのだろう。彼らの笑顔がそう告げている。


「さようなら、またいつか」


 翼たちは見送りの人たちに手を振り、太陽が開いてくれた扉をくぐって元の世界へと帰って行った。





__________________





「それにしてもびっくりしたよな、いきなり結婚だなんて」

「でも私もあんな風に立膝してもらって、プロポーズしてもらいたい!」

「藤咲さんって案外乙女だよねぇ」

「案外って何よ」


 元の世界に戻ってきて優一と颯に、一葉がいじられている。風花が攫われて一時はどうなるかと思ったものの、全員無事に帰ってくることができた。


「……」


 賑やかに優一たちが騒ぐ中、翼の表情は晴れない。今回の戦いでも自分の無力さを思い知った。自分は何もできない。今のままでは何も守れない。


「次こそは絶対に守る」


 拳をぐっと握って、その瞳に風花を映す。

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