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きみと桜の木の下で  作者: 花音
第2章  戦いの幕開け
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第34の扉 月の国編その2

「ん……」


 風花が目を覚ますとそこは見知らぬ天井。ふかふかのベッドの上に寝かされていた。ここはどこだろう、起き上がりキョロキョロと見渡していると、


「あなたは?」

「わたくしは、ひかる様のメイドの美鈴(みすず)と申します」


 メイド服を着た女性がちょこんと立っていた。見惚れるほど美しい所作でぺこりと頭を下げてくれる。さすが王宮に遣えているメイド。

 美鈴は風花ににこりと微笑むと、すぐに申し訳なさそうな顔をして話を続ける。


「王子が申し訳ございませんでした。私共も強引な方法はせぬようにと申しましたのに、聞いていただけなくて……」

「王子はいつも言うことを聞いてくれないのですか?」


 風花は首を傾げて不思議そうに尋ねる。その言葉にさらに申し訳なさそうな表情で、美鈴は言葉を紡いだ。


「立場上あまり強くも言えず……」

「意見を言うのに身分は関係ありませんよ。美鈴さんたちの言葉が王子に届く日がくるといいですね」


 風花は柔らかく微笑みかけてくれる。美鈴は風花の言葉が信じられず、ポカンと口を開けていた。

 風花は風の国の姫、王族である。王族と言えば、椅子にふんぞり返って、上から目線の命令を投げつけるだけだと思っていた。自国の王子であるひかるが良い例だ。彼は身分が下である自分たちの言うことを、ほとんど聞いてくれない。

 王族に対して、そのようなイメージしか持っていなかった美鈴は、彼女の口から飛び出した言葉に目を丸くするしかない。しかも、風花はなぜ美鈴が驚いているのか、分かっていない様子。本当に本心から出た言葉なのだろう。


 コンコンコン


「お目覚めですか、風花姫」


 風花と美鈴が話していると、ひかるが入ってきた。相変わらずのキッラキラ衣装である。照明に反射して少しばかり眩しい。風花が目を細めていると、彼女が座っているベッドまで近づいてきた。


「さぁ、式の準備をいたしましょう!」

「ひかるさん、申し訳ありませんが、あなたと結婚することはできません。みんなのもとへ帰ります」

「姫、困ります。私はあなたと結婚したいのです」

「私はしたくありません」


 ひかるは全く風花の話を聞いてくれない。結婚してくれの一点張りである。風花が抜け出す方法を考えていると、頭の上からひかるのため息が降ってきた。ようやく諦めてくれたのかと思い、彼の方へ目を向けると、きらりとひかるの目が光る。


「っと。同じ手には引っ掛かりませんよ」

「流石、私の惚れたお嫁さんです」


 風花はひかると目を合わせる前に反らし、攻撃をかわす。ひかるは風花のその仕草になぜか満足そうに微笑んでいた。


「帰してください。みんなが心配していると思うんです」

「私はあなたと結婚したいのですよ」

「私は嫌です」

「結婚してください」

 

 他に説得の言葉はないのだろうか。あまりにも強引な彼のやり方に、流石の風花もため息が出る。何と言われようとも風花に結婚の意志はない。自分は今心を失っている状態。しかも全てを取り戻せる保証もない不完全。そんな自分が誰かと結婚するなど相手に失礼である、と考えている。それを伝えてみるも……


「結婚してください」


 話を聞いていただろうか。「できない」と伝えているのに「してほしい」しか言わない。風花の口からもう一つため息が漏れた。心なしか顔も引きつり、引いているように思える。心を失くした少女にこんな表情をさせるとは、なかなか手ごわい相手のようだ。


「結婚してください」

「できないです」

「風花様、お願いします」

「できません。え……あ、れ?」


 言い争いに頭を抱えていた風花だが、突然彼女の視界がぐにゃりと揺れた。姿勢を保っていることすらままならない。必死に耐えていたのだが、重心が後ろに傾き、ベッドに倒れ込んでしまう。


「な、にを?」


 薄れゆく意識の中、風花は必死に口を動かす。もう身体は言うことを聞いてくれない。鉛のように重くなり、指先さえも動かせない。ひかるは倒れ込んだ風花を満足げに見下ろしていた。


「姫様は何も気にすることはありません。ゆっくりとお休みください」


 そう言うと、風花が必死にこじ開けていた瞼を手で覆い閉じさせる。その行為を最後に彼女は眠りの世界へと旅立ち、穏やかな寝息が室内に響いていた。ひかるは風花の髪をひと撫ですると、後ろに控えていた美鈴に冷たい口調で命令を下す。


「式の準備を急げ」

「かしこまりました」





__________________






「砂漠だぁ」


 太陽の扉魔法をくぐり、月の国へやってきた途端、のんびりとした颯の声が響く。そう、彼らが居るのは、砂漠である。月の国は辺り一面砂漠となっている。その中に一つ高くそびえたつ城。その周りを囲むように、月の国の住人が暮らす街があった。大きな町ではないが、砂漠の中のオアシスのようだと翼は感じた。


「お……」

「太陽の限界が近い……」


 のほほんと翼が考えていると、隣から優一たちの声が届いた。そこには、何やら身体からどす黒い物が出ているような気がしなくもない彼の姿が。太陽自身、目の前で大好きな風花を攫われて、相当頭にきているのだろう。今の太陽に普段の柔らかな雰囲気は感じない。


「……」


 初めて見るピリピリとした太陽に翼がビクついていると、彼の腰に目が行った。腰には、灰色の細い長剣が刺さっている。太陽は戦闘系の魔法を使うことができない代わりに、その剣で敵を倒していく。手合わせをしたことはまだないが、相当の腕前だろう。彼から漂う空気がそう告げていた。


「風花様のお連れの方ですか?」

「「!?」」


 突然声がかかり、全員ビクリと肩を揺らす。振り向くとそこには月の国の兵士が。早速の戦闘開始だろうか。全員警戒しながら、臨戦態勢を取る。しかし……


「城へ案内します。こちらへどうぞ」


 警戒する翼たちとは対照的に、ニコニコしながら招いてくれる兵士。罠でも仕掛けているのだろうか。


「招き入れてくれるのなら、突入すればぁ」


 悩み込んでいると、のんびりとした颯の声が響く。確かにそうかもしれない。翼たちそのまま兵士の後をついていくことにした。





_________________






「みなさん、遠いところよくいらっしゃいました。今日はどうぞ、我々の結婚式を楽しんでいってください」


 兵士の案内で城に入った翼たちは王の間へと通される。そこには笑顔でニコニコで出迎えるひかるが。どうやら罠などはなく、ひかるが結婚式の参列を望んだらしい。


「何が『我々』の結婚式だよ。桜木が同意してないだろ」


 優一の苛立たし気な声が響くが、ひかるの涼しい顔は崩れない。そして、得意げにパチンと指を鳴らした。その合図と共に、部屋の奥のカーテンが開く。


「姫なら準備万端です」

「桜木さん!」「姫様!」


 そこには、真っ白なウエディングドレスに身を包む風花の姿が。綺麗にまとめられた頭の上には、きらびやかなティアラが乗せられている。顔にはベールがかかっており、彼女の姿は誰が見ても花嫁そのもの。しかし、彼女の瞳からは光が消え、ぼぅと翼たちの姿を映しているだけだった。

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