第26の扉 ダンジョン攻略戦その8
「本当に助かって良かったよ」
「みんな、ありがとう」
息を吹き返した風花に、みんなそれぞれ声をかける。ただ一人、翼を除いて。翼はまだぐっと拳を握りしめていた。
「……」
風花はまだ体力がすべて戻ったわけではない。何だかとろんと眠たそうな表情をしていた。それに太陽が気がつき、風花を抱きかかえる。
「少しお休みください」
「太陽、ありがとう」
風花は太陽に抱えられると、コテンと体を預け、すぐにスースーと寝息を立て始めた。風花の寝顔をみんな安心して眺めていたが、彼女が眠りについたことを確認した翼が口を開く。
「あ、あの、みんな、ごめん。僕のせいで桜木さんが……」
翼の拳はぐっと握られ、震えていた。深々と頭を下げている。翼は今回のことに余程責任を感じているのだろう。
「翼のせいじゃないだろう?」
「そうだよ、悪いのは風ちゃんにウイルスを仕込んだ奴なんだから」
謝る翼に優一と美羽が答える。しかし、翼の顔は晴れない。
「でも、僕が弱かったから、桜木さんが死にかけたんだ。みんなが託してくれたのに……」
「それは違うよ」
翼のネガティブな発言に対して、間髪入れず美羽が反論する。翼の目をまっすぐに見つめて、優しく話しかけた。
「相原くんがここまで頑張ってくれたから、風ちゃんは助かったの」
「でも、僕があの人に勝てていたら……」
「風ちゃんの魔力はもう危なかったじゃない」
「でも、僕が弱いから時間がかかったんだ……」
「そんなことないよ」
「でも……」
「あー、もう! でもでもばっかりうるさいな」
翼がうじうじといつまでも言い訳を並べるため、いつも怒らない美羽が珍しく怒りだしてしまった。
翼は「ひっ!」と小さく悲鳴を漏らすも、そんな彼の肩を掴み、美羽は「だったらさ……」と声を低くして質問を投げる。
「もし仮に、相原くんじゃなくて私が最後までたどり着いていたとして、今回みたいな結果になったら、相原くんは『お前のせいで桜木さんが死にかけた』って言うの?」
「それは……」
「言わないでしょ? そういうこと!」
美羽は乱暴に掴んでいた翼の肩から手を放す。あーあ、と苦笑いしながら声を漏らした優一と一葉が続けて口を開いた。
「それに翼だったから、桜木が少し手伝っただけで勝つことができて、薬が手に入ったんだ」
「今回は風花が助かったんだからそれでいいんじゃない? これ以上言うとまた美羽が怒るよ?」
二人の優しい言葉に翼はちらりと美羽を見る。頬をぱんぱんに膨らませて怒っているようだが、何だか優しい雰囲気が漂っている。翼は目頭が熱くなるのを感じた。
「……ありが、とう」
ゴシゴシと目をこすって、翼はニコリとお礼を言う。翼の中の黒い感情が、スッと消えていった。
そんな中……
「ふ、戦士には休息が必要だ」
訳)お腹が空いたので帰りましょう
彬人が気の抜けた一言を放つ。一葉がバシンと頭を叩いて、みんなが笑いに包まれた。こうして翼たちのダンジョン攻略は無事に終わったのだ。
「スースー」
その日の夜、風花は部屋で穏やかに眠っている。だいぶ体力を消耗しているのだろう。ダンジョンで眠りについてから、彼女は一度も起きていない。太陽は穏やかに眠る彼女の様子を確認すると、自分の部屋で風の国に提出するための報告書をまとめていた。
「……?」
すると、太陽の部屋のカーテンが揺れる。気配に気がつき、カーテンの先に立つ人物に太陽は声をかけた。
「お久しぶりですね、お元気そうで何よりです」
「お前こそ、元気そうだな」
「……今日は姫を助けていただきありがとうございました」
太陽は立ち上がり、深々と頭を下げる。彼の言葉にカーテンの奥で慌てる様子があった。その様子には太陽の口から自然と微笑みが漏れる。
「い、いや、俺は大したことはしてない。薬を手に入れたのはあいつらだろう」
「ですが、京也さんがいなければ……」
太陽の言葉にカーテンの奥の人物、京也が言葉を返す。その言葉はひどく悲しく、苦しそうな言葉だった。
「今回はお前たちの味方でいられたが、次からは助けられるか分からない。俺をあてにして動くなよ」
「分かっております。京也さんは敵として見なくてはいけないのですよね……」
「悪いな、まだ時間がほしいんだ。証拠が掴めない。それにあいつのことも放っておけないしな」
太陽は京也の言葉に『証拠』の意味、『あいつ』と示した人物に思い当たった。真剣な表情で京也に言葉を返す。
「わたくしも風の国の調査報告書を探してみます」
「あぁ、ありがとう」
しばしの沈黙が二人を包む。京也は話しにくそうな顔をしていたが、意を決したようで太陽をまっすぐに見つめ、口を開く。
「今回のローズウイルスを仕掛けたやつのことだが……父様だった」
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ダンジョンから帰還した京也は魔界、王の間へ行く。一面真っ黒で至る所から禍々しい雰囲気を感じる王の間。かなりの威圧感が京也を襲う。その威圧感の中心には京也の父親である董魔が、大きな椅子に座っていた。京也は跪き報告を行う。
「申し訳ございません。今回もしずくを奪うことができませんでした」
「そうか、残念だったな。ところで……」
董魔は面白そうににっこりと笑って、京也に言葉を投げる。
「風花姫は生きているのか?」
京也はその言葉に驚き、目を見開いた。しかし董魔の様子を見て、全てを理解する。
「今回のローズウイルス仕掛けたのは、あなたですね?」
「あぁ、その通り」
京也は心のしずくを回収するために出かけて行った。董魔がローズウイルスの話を知っているはずがない。そんな彼が『風花は生きているのか』と尋ねたのだ。犯人しか知りえないような情報を彼が知っていた。
京也の問いかけにも董魔の笑みは崩れない。京也は拳をぎゅっと握りしめながら、答えの続きを聞く。
「風花姫の庭にバラを咲かせたのは私だよ。あれで姫が死ねば全てが解決するだろう? 今回はお前が助けたようだな、京也?」
「今、風花が死んでしまってはあの世界でのしずく探しが困難になります」
「あぁ、そういえばそうだったな。忘れていたよ」
白々しく言う董魔は、風花が死んでもいいと思って仕掛けたに違いない。怖い顔をして睨んでいる京也に対し、にんまりと笑うと董魔は含みのある言い方でこう言った。
「京也、安心しろ。しずくのことはお前に任せる。しばらくは俺から手出ししない」
「……わかりました。失礼します」
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「次は本当に、風花を殺す気でいるのかもしれない」
「姫のことは我々が守ります。今回のように危険な目にはもう合わせません」
その言葉と共に太陽の目に強い光が宿った。必ず風花を守り抜いてみせる。彼の瞳がそう告げている。京也はそんな太陽の様子を見て、苦しそうに言葉を吐き出す。
「父様が本気を出したら敵わない。次を仕掛ける前に、あの証拠を集めることができたらいいんだがな」
悲しい言葉を呟くと、京也は太陽の部屋を出て闇に消えた。
「京也さん、どうか無理をされませんように」
太陽は京也の消えた闇に呟いた。
お読みいただきありがとうございます。
ダンジョン編は今回でおしまいです。




