第193の扉 改めまして
「コホン、改めまして……」
太陽が咳ばらいを一つして、改めて自己紹介が再開。ちなみに彬人はずっと太陽を離そうとしないので、引っ付いたままで自己紹介が再開している。
「私たち太陽と月、二人で一つの身体を共有しております。今までは封印にほとんどの魔力を使用しておりましたが、それが無くなったので魔法を使えるようになりました」
先日まで、太陽の魔力のほとんどを使って、月を隠しこむように封印していた。しかし、今その封印は無くなったため、自由に月が出てこれるし、魔力も思う存分使うことができる。
「私はうららさんと同じで光魔法、月は京也さんと同じで闇魔法を扱うことができます」
『ちなみに今まで通り回復魔法と扉魔法も使えるぞ』
太陽の説明に付け加えて、月がドヤ顔気味の声でアピールしている。つまり彼らは4種類の魔法を自在に使えるということだ。
「最強ではぁ?」
「すごいね」
更に太陽は剣術の腕前もピカイチ。今までもかなり頼もしい存在だったのだが、とんでもない存在にパワーアップしたようだ。
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「おい彬人、そろそろ太陽を離せ」
「嫌なのだ」
自己紹介がひと段落し、みんながくつろいでいる中、相変わらず太陽にピシッとくっついて離れようとしない彬人。優一が文句を言うも離そうとしない。
「俺と神崎は太陽に話があるんだ。離せ」
「嫌なのだ、離さない」
「太陽だって困ってるだろ? 離せ」
「困っていないのだ、離さない」
何と説得しても離そうとしない彬人。彼のそんな様子に、次第に優一の額に青筋が浮かび上がる。
「彬人てめー、いい加減にしろよ! こうなったら力づくでも離れてもらうぞ!」
「やれるものならやってみるがいい! 俺と太陽は絶対に離れないのだ!」
「ああ、分かった、やってやるよ。佐々木、やれ」
「あいあいさー」
優一の合図をきっかけに、ビシッと元気に敬礼した結愛が歩みを進める。そして、彬人と太陽の隙間に上手に腕を挟み込むと……
「よいしょー!」
「「!?」」
そのまま勢いをつけて宙に放った。彬人だけを投げ飛ばすつもりだったのかもしれないが、彼が太陽を掴んでいる影響で二人仲良く飛んでいった。
「よっと、太陽ゲット! 佐々木、ナイスだ!」
何はともあれ、宙を舞った衝撃で彬人の手が太陽から離れた。下に控えていた優一が彼をキャッチして事なきを得ている。ちなみに彬人は「ぐぇ」と痛そうな音を響かせて床に激突した。
「痛いのだ! ひどいではないか!」
「やれるもんならやってみろって言ったのはお前だろ? じゃ、太陽はもらっていくから」
彬人が文句を言う中、太陽を抱いて颯爽とリビングを出ていく優一。そして苦笑いを零しながら、うららも彼らに続いてリビングを後にした。
「うぅ……グスン、太陽、たいようが……あ、ぁ」
「彬人くん大丈夫?」
「ぐふっ、最高すぎる。めっちゃ飛んだやん、ふふっ」
一方、太陽を取り上げられて号泣している彬人。今日の彼は情緒不安定である。翼と颯が慰めるも、泣き止む気配がない。
「ねぇ、一葉ちゃん、さっきの本城くんの行動ってどう思う?」
彬人が泣き叫ぶ中、少し離れた所で美羽が一葉に話を振っている。彼女の笑顔が何だか黒っぽいのは気のせいだろうか。
「どうって……みんなに構ってもらえなかったから、拗ねただけじゃないの?」
「……んー、半分正解かな」
一葉の解答に困ったように微笑む美羽。
一葉は鋭い時は鋭いのに、鈍い時はとことん鈍い。優しく答えを教えてあげるのも、友としての役目だろう。
「あのね、多分ね、原因は一葉ちゃんだと思うよ?」
「え、私?」
「うん。あの時、太陽くんをベタベタ触ってたでしょう? 本城くん的にはそれが嫌だったんだろうね」
「へ……」
美羽の言葉に鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる一葉。そして、しばらくフリーズしたのち真っ赤になって、煙を吹き出した。
「脈ありですね、お姉さん?」
「違う違う違う! そそそんな、そんなこと、あるわけ」
「でもぉ、本城くんがバカだったから太陽くんを抱きしめちゃったけど、本当は一葉ちゃんを抱きしめてたはずなんだよ? ほら、『俺以外の奴に触ってんじゃねーよ。お前は俺だけ見てればいいんだ』って感じで? キャー、ドラマじゃん! 月9じゃん!」
「ちょ、ちょっと、美羽!」
真っ赤になった一葉が慌てているが、美羽の言葉で彬人の行動の意味に納得してしまった。胸が痛くて、ざわざわする。
(もしかして、彬人も私のこと……)
今まで掴み取れそうで捕まえられなかった彼の真意の端を、ようやく手にしたかもしれない。
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「優一さん助かりました、ありがとうございます」
「いや大したことはしてない、お疲れ様」
一方、リビングを出た優一、うらら、太陽の三人。リビングの中ののんびりとした空気とは一変、ピリッとした真剣な空気が漂い始める。
「これからの話を聞かせてほしいんだ」
そして、その真剣な空気を更に張りつめて、話を切り出す優一。彼らは風花が封印の中身を知る、その日のことを言っているのだろう。
「お二人ともお加減は? 変わりありませんか?」
「大丈夫だよ。心配かけたか?」
「問題ありませんわ」
太陽の心配そうな声に、優一とうららはにこやかに答えてくれる。二人が先日知った事実。感情に引っ張られていれば、風花を見る瞳が変わってしまうかもしれない物。
しかし、どうやら太陽の心配は杞憂に終わったようだ。二人は感情に引っ張られてはいない。
「ありがとうございます」
太陽は彼らに敬意を表して頭を下げる。
本来なら背負う必要のない物を背負うと言ってくれた。風花だけでなく、太陽たちの力にもなりたいと言ってくれた。そんな彼らの存在がどれほど心強いことか。
温かく頼もしい彼らと一緒なら、残酷な運命も変えられるかもしれない。
太陽が自分の主人の未来に想いを馳せていると、難しい顔をしながら二人が口を開いた。
「桜木はいつこの真実を知るんだ?」
「いつまでも隠したままにはできませんよね?」
優しい二人の瞳が太陽を射抜く。
風花への隠し事。以前は彼女の記憶の中にあったのに、今は隠してしまっている部分。
「できることなら、心のしずくが全て揃うその瞬間まで、隠しておきたいと思っています」
「でも、董魔が大人しく待ってくれるはずないよな」
京也の父親、董魔。彼は心のしずくが全て揃うその瞬間まで、待ってはくれないだろう。
「しずくを砕いた理由がそこにあるのでしょう。器ごと持ち帰るのではなく、姫の心を砕いた理由が」
「京也は? あいつは完全に敵って感じじゃないよな?」
「はい。しかし、彼には守らなければいけない存在がいるのです。その方を盾に取られれば、彼は容赦なく私たちに牙をむくはず」
京也はしずくを奪うつもりがない。董魔からの命令に従っているフリをしながら、最初から手加減して自分たちと戦っていてくれた。彼の実力を持ってすれば、自分たちを倒すことなど容易いことのはずなのだ。それほどまで彼の力は膨大である。
「よく一緒にいる黒ローブか?」
「はい。命令に背けば、あの方を殺すと言われているようです」
「ひどいことをしますわね」
京也と行動を共にしている黒ローブの少女。彼女の正体は優一たちと同じクラスの川本愛梨である。
京也も本心では風花の敵になりたくないのだろう。しかし、愛梨を人質に取られているこの状況。命令に従わないという選択肢は彼にはない。
「ん? どうした?」
京也の名前が出てから、ほんの少し表情が曇った太陽。彼のその仕草に優一が質問すると、ためらいがちに言葉が返ってきた。
「董魔様の目的は、……本当に風の国への復讐なのでしょうか」
王妃殺しの犯人を風の国が庇っていると思っている董魔。今までの彼の行動は全て風の国への復讐だと思っていたのだが、太陽には違和感が。
「あまりにも回りくどい気がするのです。京也さんを使って、姫のしずくを奪おうとしていることも、●●をその手に握っていることも」
「「確かに……」」
太陽の言葉に優一とうららも賛成を示す。
風花の心のしずくを奪って力を手にしたいのなら、京也を使うのではなく、董魔自身で奪えば早い話である。それなのに、わざわざ京也を介することに意味はあるのだろうか。そもそも、董魔の真意は風の国への復讐なのだろうか。
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「京也」
魔界、王の間にて、董魔が威圧的に京也に言い放つ。
「早く次を仕掛けて来い」
「……はい」
京也はぺこりと頭を下げて、いつもの如く冷酷な仮面を貼り付ける。彼のその横顔が一瞬苦し気に歪んだのは気のせいか。




