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きみと桜の木の下で  作者: 花音
第9章  秋の月はあなたと共に
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第188の扉 むかしの話

「少し、むかしの話をすることにしましょう」


 太陽がゆっくりと口を開く。その表情がどこか寂し気に見えるのは気のせいだろうか。

 優一とうららが彼の表情の意味を考えていると、太陽の昔話が始まった。


「風の国と魔界は、以前は関係良好だったのです」


 隣同士にある風の国と魔界。その両国の王である風馬(ふうま)董魔(とうま)。彼らはそれぞれ風花と京也の父親である。そして、魔法学校の同級生で古くからの知り合い。お互いが国を治める立場になった時には、仲良く手を取り合って自国を守る約束を学生時代にしていた。しかし……


「現在風の国と魔界は敵対関係。そのきっかけとなる出来事は大きく2つ。『黒田まどか王妃殺害事件』と『聖魔対戦』です」

「おい、黒田って……」

「はい。京也さんの母上様です」


 10年前、京也が9歳、風花が4歳の時。風の国と魔界で合同の記念式典を行うことになった。しかし……


「記念式典の直前、風の国の兵士により京也さんが狙われ、それを庇ったまどかさんが刺されました」


 魔界の住民、風の国の住民、両国が入り乱れて式典に向け準備をする中、王宮で遊んでいた京也が狙われた。そして、彼を庇う形で王妃が刺され重症。医療班の懸命な治療も虚しく、王妃は帰らぬ人となった。


「発生から10年が経った現在ですが、いまだ犯人は捕まらず。手がかりは風の国の兵士、という目撃証言のみです」


 事件を知り、すぐさま風花の父である風馬が兵士を全員調査。消助を始めとして、記憶閲覧ができる魔導師が調査を行った。

 記憶閲覧系の魔法は、記憶そのものを閲覧するため、嘘をつくことはできない。これで犯人を炙り出せると考えていたのだが、兵士の中に犯人は見つけられなかった。


「目撃証言が間違っているとか?」

「いいえ。消助さんが目撃者の記憶から、風の国の兵士の服を確認しています」


 消助が事件の一番近くに居た京也の記憶を閲覧。顔は確認できなかったものの、犯人は風の国規定の制服を着用していた。


「成りすましでしょか?」

「分かりません。しかし、あの時は魔界と風の国の記念式典ということで、制服を新調しておりました。事件当日の朝まで王宮で保管しており、そう簡単に偽造できる代物ではないのですが……」

「犯人が風の国の王宮に自由に入り込める人物なら、その行為は簡単だな」

「はい。服を管理していた者はもちろん、国王様を始め王宮に住んでいる方も記憶閲覧系の術者が調査を行っております。しかし、その中にも犯人はおりませんでした」


 結局事件は迷宮入り。犯人に近づく糸口さえ掴めなかった。


「この一件で両国の関係は悪化。風の国を拒絶するように、董魔さんが両国の間の門を閉じました」


 自由に行き来できていたが、門が閉じたことで交流が絶たれた。風花と京也が遊べなくなったのはこの頃である。


「董魔様は風の国への不信感をずっと募らせていたようです。まどかさんの事件の犯人が捕まらないのは、風の国が犯人を匿っているからだ、と」


 いくら調べても手がかりは風の国の服を着ていたという事実のみ。真実を覆い隠すよう力が働いていると考えるしかなかった。


「数年後、聖魔対戦が始まります」


 聖魔対戦

 風の国と魔界の全面戦争。両国の被害は甚大で、多数の死亡者、負傷者を出した。太陽と月の両親が戦死したのも、この戦争である。


「董魔さんが姫の心を砕きました。心の器を取り出して、握りつぶしたのです」


 そして、風花の心はしずく型となり、全世界に散らばった。


「幸いすぐに心のしずくが数個手に入ったので、姫は一命を取り留めました」


 心の器を砕かれた瞬間、身体が生命活動を停止した風花。仮死状態になってしまい、そのままだと命が消えるところだったが、幸いにも彼女の側にしずくが落ちており、命を繋ぐことができた。














「ここまでは、前段階の話なのですが……」


 封印に関する前段階の話を終えて、太陽が優一とうららを見ると、彼の口からため息が漏れた。


「まだ全部を話していないのに、どうしてそうも聡いのですか」


 優一は震える手で口を覆い、うららの瞳が潤んでいる。どうやらすでに結論手前まで、たどり着いたようだ。流石はツートップ。


「少し席を外します。落ち着いたら続きをお話ししましょう」


 二人の様子を見て、太陽が姿を消した。パタンと扉が閉められ、部屋の中を重い沈黙が包む。優一とうららの目には太陽の話がどう映ったのだろうか。





_______________






「太陽、月。大臣辞任できたよ!」

「……何をしたのですか」


 太陽がリビングに戻ると、キラキラと瞳を輝かせる風花が。彼女の手元を見てみると、携帯電話を握りしめている。これは嫌な予感がしてきた。


「翼さん、説明していただいても?」

「実は……」


 風花に説明は期待できないので、隣で苦笑いしている翼に話を振った。

 時は少し遡る。


「もしもし、母様? 太陽と月は大臣を辞めるので!」

『ん? 風花ちゃん、いきなりどうし……』


 プツン









「と、いうことでして……」

「姫が一方的に電話を切ったのですね」


 翼の説明に太陽が頭を抱えた。しかし……


「これで大丈夫だよ! ね! すごいでしょ! ずっと一緒に居られるね!」


 風花はキラキラとした瞳でドヤ顔中。さっきから彼女が握りしめている携帯電話が、ブーブーと震えている気がするのだが、風花は完全無視。これは後日、風花の頭の上に怒りの鉄槌が落ちそうである。


「優風様に後程謝罪しておきます」


 太陽の口からため息が止まらない。






_______________







「神崎、答え合わせに付き合ってくれるか」

「えぇ……」


 しばらく放心状態だった二人が、気をしっかりと保ち、答え合わせ。彼らは今太陽から語られた言葉と、最初に出会った時に風花が語っていた事実との矛盾点に気がついたようだ。


「桜木は自分の心が砕けたのはなんて説明してた?」

「とある戦いに巻き込まれた、と。聖魔対戦のことでしょうね」


 最初に出会い、自分たちが精霊付きだと知ると、彼女は諸々説明してくれた。自分はとある戦争に巻き込まれて、心を失くしてしまった。だから、それを集めるためにいろいろな世界を回っているのだ、と言っていた。


「董魔が心のしずくを求める目的は?」

「力がほしいから、と」


 京也は父親である董魔の命令で風花の心のしずくを狙っている。風花のしずくには、感情、記憶、魔力が入っており、その魔力の部分を欲しがっていると風花が言っていた。


「董魔が力を欲するのはなぜだ?」

「まどかさんの件があり、もう大切な物を失わないように、かと」


 今までは董魔が力を欲する理由が曖昧だったが、太陽の説明で納得した。董魔はまどかのような犠牲者をこれ以上出さないために、力を欲しがっているのだろう。もう、何も失わないように。

 しかし……


「それなら、なぜ董魔は桜木の心を破壊した?」


 風花の心の器を取り出し、握り潰した董魔。そのまま持ち帰れば、莫大な力を手に入れられたのに、なぜそうしなかったのだろうか。


「「……」」


 二人の間を重い沈黙が包み込む。答え合わせは、もう終わり。彼らの出した結論は……


「砕かなければいけない理由があった」

「そして、砕くことでより苦しめる結末を用意した」


 この後、太陽が語ろうとしている事実は、思っていたよりも残酷かもしれない。


「まだ引き返せますが、どうされますか」


 二人が最終的な結論に想いを馳せていると、太陽が戻ってきて、最終確認を行う。

 『一分、一秒でも早く風花が全てのしずくを集めようとする』という事実。

 感情との決別ができなければ、その事実に引っ張られ、自分たちも壊れるだろう。それでも……


「「話してほしい」」


 そう告げる二人の瞳に迷いの色は浮かんでいない。彼らは覚悟を決めたようだ。隠されている事実を知っても、風花のそばを離れないし、壊れない。そして、太陽の背負っている物を分けてほしい。


「……」


 太陽は二人の決断に敬意を表し、ぺこりと頭を下げる。

 風花に隠している事実を知っても、この二人ならおそらく引っ張られることはないだろう。


「それでは……」


 太陽はゆっくりと息を吐きだすと、再び昔話が始まった。

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