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きみと桜の木の下で  作者: 花音
第8章  夏休み
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第174の扉 太陽事変

「もう一思いに逝かせてよ! トドメをさしてくれよ!」

「落ち着けってぇ!」


 リビングでは翼がいまだ末期。優一と彬人が必死に自殺を食い止めている。


「よく考えてみろよ。お前がいきなり綺麗なお姉さんにバックハグされて、口を塞がれたらどう思うんだ?」

「プシュゥ」

「だろ? 桜木の状態はそれに近いんだよ。びっくりしてあんなことになったんだ」


 流石は学年主席。説明が丁寧で理論的である。彼の言葉を受けて、ようやく翼が落ち着いてきた。


「なるほど……」

「それに桜木はまだ恋を理解できないけど、お前は花火の時にその表情を見たんだろう?」


 夏旅行最終日夜。『僕のことを好きですか』という翼の質問に、風花は表情で答えている。その表情は翼しか知らないものの、その後の彼の顔にモザイクが発生していた。それほどの表情だったのだろう。


「ぐへへっ」

「「うわ、キモイ」」


 風花の表情を思い出したのか、再び翼の顔がモザイクに。優一と彬人が辛辣な言葉を放つも、それさえも彼の耳には届かない。

 風花が恋を自覚する日が近い。そして、彼女の思い人は恐らく翼。彼らの恋の結末はどんな姿をしているのだろう。


「ぶへっ!」


 翼がモザイクになる中、彬人の服に風花がボフンッと埋まった。その衝撃で前のめった彬人が翼と優一を押し、4人もろとも床に転がる。


「なんだよ、いきなり」

「えぇ、桜木? どうしたのだ?」


 転がりながらも彬人を離そうとしない風花。腰の部分でムギュッと抱き着いている。彬人はのんきに鼻の下を伸ばしていたのだが、翼が殺気を放ってくるので顔を引き締めた。

 風花は先ほどまで自室で太陽と話していたはずだが、どうしてこんなことになっているのだろうか。全く状況が理解できない。


「ぁぁぁぁ」


 耳を澄ましていると、二階の部屋から太陽の悶えている声が聞こえる気がする。彼らに何があったのか。


「桜木さん大丈夫?」

「どうしたのだ?」


 相変わらず彬人に抱きついて離れようとしない風花。事情を知っているであろう太陽を、優一が引っ張ってくると……


「ひ、め」

「や、嫌い、大っ嫌い」

「ぐ……」


 風花の攻撃が太陽にクリティカルヒット。ふらつく足元を優一が支えた。風花は相当怒っているようだ。彼女がこんなに怒るのは、何とも珍しい。


「何をしたんだよ、太陽」

「実は、かくかくしかじかでございまして」

「「「あーあ」」」


 事情を聞いた翼たちから揃って声が漏れる。風花を見てみると、まだほんのりと頬が赤く、瞳も潤んでいるようだ。彬人にピタッと引っ付いて離そうとしない。


「太陽やりすぎ」

「桜木可哀想」

「誠に申し訳ございませんでした」


 優一と彬人にジト目を向けられた太陽が、土下座で謝罪する。

 太陽は別に悪気があってやった訳ではない。恋心が疼いている今の状態が辛いだろうと、あんな強硬手段に出たのだ。しかし、結果は風花にもぎられて終了。心の蕾は固いらしい。彼女が恋を自覚するのはまだ先のようだ。


「桜木さん、太陽くんがごめんなさいしてるよ?」

「や、嫌い、大っっ嫌い」

「ぐ……」


 翼が仲直りを促すものの、風花はかなりご立腹。太陽のやり方が荒過ぎたのだ。恋を自覚できなかった風花からすれば、たまったものではない。


「どうしたら許してあげる?」

「や、嫌い、大っっっ嫌い」

「あぁ……」


「桜木さん?」

「や、嫌い、大っっっっ嫌い」

「ぐぅ……」


 翼の問いかけを全て拒否。彼女の言葉が太陽に突き刺さった。さらに……


「姫……」

「いや、触らないで、近づかないで」

「ぐはっ」


 手を伸ばしてきた太陽を、キッと睨み付け、パシッと手を弾いた。彼女の言動でついに太陽が崩れ落ちる。彼にしては、今までよく耐えていた方である。


「あらら……」

「詰みである」


 苦笑いの翼と合掌を捧げる彬人。そして、風花はもう太陽の姿を見たくないのか、顔を背けて彬人の服に埋まった。こうなってしまっては手の打ちようがない。


「優一、さん……たすけ、て、くださ、い」


 今にも力尽きそうな太陽。息がか細くて、顔面が真っ青である。彼にとって風花の『大嫌い』は刃物そのもの。あんなに連発して刺されては、そろそろ死んでしまうのだ。そんな様子を見かねて、ついに優一が動く。


「なぁ、桜木」


 彬人にしがみついている風花の前までやってくると、その背中越しに優しい口調で問いかける。


「太陽はちょっとやり過ぎたけど、胸が痛い原因を教えてって言ったのは、お前だな?」

「……」

「『本当によろしいのですね?』って太陽が確認した時に、頷いたのもお前だな?」

「……」

「どっちが悪いんだ?」

「……わたし」


 優一の誘導で、風花が彬人の服から顔を上げる。そして、崩れ落ちている太陽の元へ。


「たぃよぅ」

「ひ、め」

「いろいろごめんなさい……それ、と」

「それと?」

「触っていいし、近づいてもいいよ」

「ひめさまぁぁぁ!」


 ムギュっ! もう一度言う、ムギュっ!

 太陽は風花が潰れるのではないかという位、力いっぱいムギュっと彼女を抱きしめている。風花は苦しそうに顔を歪めながらも、太陽の腕の中に大人しく収まっていた。











「いやぁ、お騒がせしました」

「お騒がせしました」


 風花と太陽が揃ってぺこりと頭を下げる。風花の頬の赤みはもう落ち着いており、太陽に刺さったナイフも全て抜けた。二人とも完全復活である。そしてもちろん、風花の恋の蕾は胸の奥の奥へとしまわれた。


「あ!」


 ぺこりと頭を下げていた風花だが、何かを思い出したようでトコトコと翼の元へ歩いていき、彼の正面に座り込んだ。翼が何事だろうと首を傾げていると……


「相原くんにお礼を言ってなかったの」

「お礼?」

「うん。セレナ島で(守るために)抱きしめてくれてありがとう。嬉しかった」

「プシュゥ」

「!?」


 風花が肝心な部分を省略してお礼を告げたため、翼の顔が真っ赤に染まり頭から煙が発生。風花は彼の現象が分からなかったようで、再びパニック状態になった。


「なぜなの!? 相原くんが死んじゃう!」

「桜木、言葉はちゃんと使おう?」

「「南無」」


 パニック風花の頭を撫でながら、優一が注意している。その隣では彬人と太陽が翼に合掌を捧げていた。

 モザイク翼と恋心もぎり風花。

 彼らの関係が発展するのはまだまだ先らしい。



















「京也」

「……はい」


 魔界王の間。真っ黒な壁、窓もない部屋、禍々しい気配の立ち込める空間で、董魔と京也が対峙していた。いまだかつてない緊張を感じ、京也の心拍数が跳ね上がる。


「面白いことを思いついたんだ」

「何でしょうか……」


 ニヤリと笑いながら董魔が宣言し、京也に嫌な汗が広がった。董魔の言う面白いことは、大概京也にとっては面白くもなんともない。そして彼の予想通り……


「この薬を使って、姫の近くにいるあの小僧を消して来い」


 董魔は真っ黒のおどろおどろしい液体が入った瓶を一つ、差し出した。その液体の中身を理解した京也が顔をしかめる。


「嫌なら私が行こうか」


 なかなか瓶を受け取らない京也へ、董魔が威圧的に言い放つ。彼は言葉を発しただけなのに、心臓を掴まれているような恐怖が京也を襲った。


「……いえ、行ってきます」


 苦し気にそう言うと、京也は瓶を手に王の間を後にする。命令は絶対。逆らうことは許されないのだ。

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