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きみと桜の木の下で  作者: 花音
第8章  夏休み
159/230

第158の扉 天に召される

「桜木さんと太陽くんはぁ、泳いだことないのぉ?」

「ないの」「ないです」

「じゃあこれどーぞぉ」

「「おぉ!」」


 テントでは颯が風花と太陽に浮き輪を被せてくれる。風花は可愛らしい水玉模様の白色の浮き輪。太陽は美味しそうなフルーツが描かれた水色の浮き輪。二人は初めて見る浮き輪に興味津々のようだ。浮き輪の中心地でぽふぽふと遊んでいる。


「空気が入っているの!」

「入っていますね!」

「ぷにぷにしてるの!」

「ぷにぷにしてます!」


 目がキッラキラに輝いて楽しそう。二人ともお気に召したようだ。


「でも、これは何なの?」

「海に入れば分かるよぉ」

「太陽行こう!」

「はい!」


 颯がにっこり笑顔で二人のことを見送る。風花と太陽は仲よく手を繋いで、海の中へと消えていった。


「すごい!」

「すごいです!」

「浮かんでるよ!」

「浮かんでますね!」


 風花と太陽がキャッキャッとはしゃいでいる。彼らは、海初体験。ぷかぷかと浮いているのだが、その感覚が新鮮なようだ。波に合わせて揺られている。


「僕は今日天に召されても悔いはないよ」

「いや、悔いろよ。人生これからだろうが」


 そんな彼らの少し横では、海の上にぷかぷかと浮きながら、翼が生涯を終えようとしていた。それを何とか優一が食い止めている。しかし、翼はもう成仏できるようだ。何とも穏やかな表情である。


「良き、人生だったねぇ」

「……」

「可愛かったなぁ」

「そうだな……」

「なんであんなに可愛いのかなぁ。僕は幸せだよ」


 翼は風花の可愛らしい姿を見れたので、もう満足なようだ。しかし、それ以上の顔を見てしまった優一から苦笑いが漏れる。


「はぁ、本当に可愛いよねぇ」

「……」

「好きだな、大好きだよぉ」

「それは良かったな」

「本当に可愛い。抱きしめたい」

「なぁ、翼、そろそろ起きないとお前マジで死ぬぞ」

「んぇ?」


 幸せそうに漂っていた翼だが、優一の真剣な声に意識を現実へと引き戻す。そして、優一の目線の先に視線を移すと、そこには不気味な黒い影がこちらに向かってやってきていた。


「え、ねぇ、まさかあれって」

「あぁ、そのまさかだろうな」


 海で進んでくる不気味な影と言えば、あれしかないだろう。海の中のモンスター。凶悪生物。デーデン、デーッデン、デーデンデーッデンのあれである。


「逃げないと、死ぬよね」

「これはヤバい事態になったな」


 幸せな空気から一変、二人の額に汗が滲む。心臓が物凄い速さで鼓動を開始し、血液が全身を駆け巡った。

 ここは海の中。陸とは違う。翼と優一は泳げるものの、そんなに速くは泳げない。


「どうし、よう」

「これは、死ぬな……」


 二人に諦めモードが漂う中、容赦なく距離を詰めてくる海のモンスター。絶体絶命のピンチが二人に襲い掛かっていた。






_______________






 一方……


「一葉ちゃん、大丈夫?」


 テントでコロンと寝っ転がっている一葉の元へ、美羽が。一葉は先ほど彬人の言葉を聞いてから、胸の痛みと顔の赤みが収まらないのだ。恋する乙女は大変である。頭から煙が噴き出していた。

 美羽はそんな一葉のことをニマニマと眺めながらも、先ほど確信へと変わった情報を彼女へ伝える。


「……ということで、良かったね、脈ありだよ」

「ありがと」


 美羽から理由を聞いた一葉は赤い顔をさらに真っ赤に染め上げた。何かと分かりにくい彬人だが、少しずつ彼の真意を探っていくしかないだろう。今日はその第一歩だった。

 一葉は嬉しそうに唇をもにゅもにゅしている。恥ずかしくて、くすぐったいのだろう。しかし、とても嬉しそうな表情だ。


「ねぇ、本城くんの精霊の理由って何だと思う?」


 美羽がふと思い立ち、一葉に話を振った。

 精霊付き8人。それぞれ理由は異なるが、精霊は心の傷に宿る。

 翼は弱虫の鎖。優一は兄との比較。颯は両親への言葉。

 美羽は笑顔の仮面。一葉は暴力事件。結愛は血のつながり。うららは家族との関係。


「あいつだけ、知らない……」


 彬人以外の精霊付きは、その理由とそれに伴う黒い感情を乗り越えた。胸の中にずっと渦巻いていた黒色の感情が、何らかの形で解決している。しかし、彬人は……

 美羽の言葉を聞いて、一葉は彬人へと目線を移す。


「ふははははっ」


 彼は砂浜で魔王のような声を響かせ、お城制作を継続中。頭の上のアホ毛がぴょこぴょこと楽しそうに揺れていた。


「精霊の理由……」


 一葉自身経験したことだが、長年心の中に感じていた黒い感情が消えた時、世界が輝いて見えた。胸の中を苦しく絞めつけていたものがなくなり、心が晴れやかになったのだ。他の精霊付きたちもそれは同様だろう。

 しかし、彬人はまだそれから解放されていない。彼の心の中に安樹が住んだ理由。それを突き止めなければ、黒い感情は黒いまま。


「ふ、我が人生に一片の悔いなし」

 訳)お城が上手に作れました


 彼の黒い感情を解く糸口はあるのだろうか。一葉は無邪気に砂と戯れる彬人をその瞳に映す。





_______________






「ドッカーーン!」


 青ざめている翼と優一に近づいて来ていたのは、二本のアホ毛である。その持ち主はもちろん結愛。大きな水しぶきを上げて、にっこりと笑った結愛が水中から顔を出した。


「翼、逃げるぞ!」

「う、うん! ……あっ!? 優一くん待って、捕まった」

「は!?」


 本格的に逃げ出そうとしていた翼と優一だが、結愛が翼の足を掴んだ。そして……



「海の中でもジャーマンスープレックスできるって知ってる?」



 不気味にアホ毛を揺らしながら、翼の腰に手を回して結愛が囁く。その言葉を聞いた翼の顔がさらに真っ青になった。以前彼は風花の家で、結愛の餌食になっているのだ。


「知らない! 僕はそんなこと知らない!」

「じゃあ、結愛が教えてあげるね」


 翼は彼女から逃れようともがくのだが、腰に回った腕は全く剥がれない。海の中で力をきちんと入れられないのだ。結愛はニマニマと不敵に笑っている。


「では、いきまーす!」

「やだやだやだやだぁ、あぁぁぁぁ! 優一くん、お願い、たすけt」


 バッシャーン!


 翼が言い終わる前に彼の姿が海の中へと消えた。結愛は男子一人を投げ飛ばすし、暴れてもその拘束が緩むことがないので、意外に怪力である。彼女は10人の中でも一番身長が小さく、小柄なのだが、どこからその力が出ているのだろうか。


「つば、さ」


 しかし、優一はそんなことを考えている場合ではない。海の上にぷかぷかと翼の身体が漂っているのだ。先ほど言っていた通り、本当に天に召されてしまった。そして……


「よし! ネクスト、成瀬くん!」


 彼の後ろにアホ毛モンスターが出現。がっちりと腰の部分で掴み離さない。優一が抵抗するのだが、結愛の力が強く、逃れることができない。


「やめろ、佐々木!」

「良いではないか~」

「バカか、お前。死ぬって!」

「3、2、1!」


 バッシャーン!

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