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きみと桜の木の下で  作者: 花音
第7章  かくしごと
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第149の扉 涙

「優一くん、行こうよ」

「いやだ、お前らで行け」


 翼が説得しているのだが、優一は全く首を縦に振ってくれない。彼は封印反対派なのだ。タタンが告げようとしているのなら、その方がいいと思っている。記憶は太陽のものではなく、風花のものなのだから。


「困ったな」


 頑なな優一の態度に翼はため息をつく。

 翼も優一の言っていることが分からない訳ではない。記憶は風花のもの、太陽のものではない。しかし、いつも風花のことを第一に考える太陽が、隠した方がいいと判断した情報。中身が何なのかは知らないが、相当の物なのだろう。

 太陽は風花の笑顔を守るために、それを決断した。自分がもし同じ立場なら、彼と同じ決断をするはず。だから翼は太陽の味方である。





 _______________




「風花姫は風の国の人たちが、大好きなんじゃな」

「はい!」

「さて……」


 その言葉と同時に、それまで穏やかな表情で話を聞いていたタタンの様子が変わる。風花が首を傾げるもその要因は分からない。


「風の国の人たちは……」

「……」

「姫に、どんなことをしてくれたのかな?」


 風花はタタンの言っている言葉の意味が良く理解できない。キョトンと首を傾げて、彼を見ている。

 しかし、タタンはその視線に気がついているのにそれ以上何も言わない。


「んー?」


 自分で考えろということなのだろうか。風花は自分の中にある風の国の人たちとの思い出を探していく。


「えっと、すごくいい人たちで」

「ふむ……」

「いつも姫様、姫様って可愛がってくれました」

「ふぉふぉふぉ」

「いつもニコニコ笑顔で」

「それは良いことじゃなぁ」

「それで、それから……あ、れ?」


 風花は言葉に詰まる。記憶に白色の靄がかかって上手く思い出せないのだ。

 風花の記憶は心のしずくとなって、様々な世界に散らばってしまっている。彼女は今14歳。今まで生きてきた14年分の思い出は、彼女の中にまだ戻っていない。その白い靄の部分は、まだ取り戻していない記憶の部分だろうか。しかし……


「な、んで?」


 風花の瞳から涙が零れ落ちた。ポロポロと溢れて止まらない。本人も泣いている意味は分かっていないようで、不思議そうに零れ落ちる涙を見ていた。




 _______________






「桜木さん?」


 しばらく言い争いを続けていた翼と優一だが、眠っている風花の変化に気がついた。彼女は幼児化したまま眠っているが、その瞳からは一筋の涙が。夢の国で彼女に何かあったのだろうか。


「優一くん」


 風花の涙を見た途端、翼の雰囲気が変化した。普段の柔らかさを消して、ピリッとした空気を纏い、優一へと口を開く。


「一緒に行くよね?」

「いやだ」

「桜木さんが泣いているんだよ」

「それがどうした?」


 風花の涙が流れても優一の意見は変わらない。威圧的な翼の態度にも怯まない。


「……」


 風花の涙を見て、太陽が瓶を取り出した。瓶の中には封印の強さを示す石が入っている。この石が黒ければ封印が強い状態。白色に近づけば、その封印が弱まっている状態だと以前教えてもらった。

 今、封印の石の色は黒色。


「おそらく、まだ何も思い出していません。ただ時間の問題でしょうね」


 太陽は悲し気にその石を見つめる。石は黒色を示しているのだが、時折不安定にその色が揺れていた。おそらく、封印を解くきっかけになるような話をしているのだろう。風花がそこに達したら、彼女は全て思い出す。


「俺は行かない」

「心配じゃないの?」

「封印の話を聞いているんだろう、何も心配することじゃない」


 以前太陽は言っていた。封印の中身を知れば、彼女は悲しむだろうと。それでも少しでも彼女に笑顔で居てほしいから、自分は封じるのだと。


「リーダーは僕だ。僕の言うことは聞いてくれるよね?」

「拒否する」

「っ……」


 翼は優一の頑なな態度に唇を噛み、悔しさで拳を握った。爪が食い込んで、手の平には血が滲む。


「そもそも行ってどうするつもりだ? 話の途中で連れ帰ってきて、太陽にまた記憶を封印してもらうのか? 結局いつまで隠し通すつもりだ?」


 風花は太陽が背負っている物を知った時、心を病んでしまうのではないか。自分は何も知らされず、負担だけを太陽にかけた、と。彼女は確実に自分を責める。

 その未来が訪れるのなら、それは早い方がいい。

 優一の鋭い視線と意見が翼を貫く。


「急いで行けば、何も思い出していない状態で連れて帰って来れる」


 翼は正面から優一の視線を受け止め、跳ね返す。

 風花はまだ何も思い出していない。封印の石は不安定に揺れているだけ。今ならまだ間に合うはずだ。

 翼自身も風花が知ってしまった時の未来が怖い。その未来が怖くても、『少しでも姫に笑っていてほしい』と、泣き出しそうになりながら、太陽が紡いだその言葉を守りたい。


「僕は行くよ。君が行かないなら、置いていく」

「おい、翼!」

「彬人くん、君は一緒に行くよね?」

「は、はいっ!」


 翼がギロリと彬人を睨む。普段は優しい翼からいきなり睨まれて、彬人は慌てて返事をした。思わず厨二病が抜けている。


「太陽くん、行ってくるね」

「よろしくお願いします」


 翼は太陽に声をかけ、もう一度優一を見た。目が合うと、ぷぃっと彼は反らしてしまう。その行為にムスッとした表情を浮かべるものの、翼は風花と手を繋ぎ、隣に横になった。彬人は美羽と一葉の間に寝っ転がって、二人と手を繋ぐ。


「では、行ってらっしゃいまし」


 太陽はそう言うと、二人の上に扉魔法を展開する。彼らの上にふわふわと雲のような白色の四角形が浮かび上がった。それと同時に二人は静かに目を閉じる。




 _______________



「ごめん、なさい。なんで、私、泣いているんだろう」


 風花の涙はポロポロと溢れ続けて止まらない。本人も理由は全く分かっていなかった。戸惑いながら涙を止めようとするのだが、止めようとすればするほど溢れていく。

 そして、頭の中の白い靄の部分を探ろうとすると、胸がズキンと痛みだす。


「な、んで……」


 この涙はどうして流れているのだろう。

 なぜ胸が痛くなるのだろう。

 悲しいことなんて何もないはずなのに。


 タタンは風花の涙を静かに見ていたが、次の質問をしようと口を開く。


「では、姫。そなたの……」


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