第143の扉 出てきた答え
「一葉ちゃん」
「美羽」
真っ赤になって教室を飛び出した一葉を美羽が捕まえた。二人で廊下の壁にもたれながら、美羽が困ったように口を開く。
「いやぁ、いろいろ大変だったねぇ」
「……うん」
あのキスを再び思い出したのだろう、一葉から煙が出ている。煙を出しながらも、額に手を当てて、何だか幸せそうな表情を浮かべていた。そんな彼女の様子を見て、美羽がニマニマと口を開く。
「一葉ちゃんってさ、本城くんのことどう思っているの?」
「ぅ……」
美羽の直球の質問が一葉を貫いた。彼女から苦しそうな声が漏れるも、美羽はニマニマしながら一葉を眺めている。そして、そのニマニマに耐えられなくなった一葉が、唇を震わせながら、言葉を紡ぐ。
「べ、別に何とも思ってないもん!」
「ふーん」
「去年からクラスが一緒で、ちょっと他の男子よりかは仲がいいかなってくらいで」
「ほぅ、ほぅ」
「そ、それ以外は特に何とも思ってないんだから!」
「そっかぁ」
美羽は一葉の並べる言葉をふむふむ、と聞いていた。今の一葉は自分の中の気持ちを認めたくなくて、言い訳を探しているように思える。
美羽は先ほどのキス事件もそうだが、バトル大会のホテルで起こった「月が綺麗」事件のことも知っている。
バトル大会のホテルでは一葉に上手くはぐらかされたが、そう何度も逃げられる美羽ではない。キラーンと目を光らせて、一葉への攻撃を仕掛ける。
「そっかぁ、何とも思っていないんだねぇ。ふーん、それは良かったかもなぁ」
「?」
「いや、だってさ、本城くんってかっこいいじゃん? 顔整っているしさ、私、ああいうのタイプなんだよね」
「……」
「さっきのキスはヤバいね。惚れたわー。アレはヤバい。だけど、一葉ちゃんは別に何とも思ってないんだもんね?」
「……」
「何だかんだ、決めるところは決めてくれる感じがするんだよね。戦いの時は特にかっこいいし。普段アレなだけにギャップが良い! 普段がアレだから」
「……みぅ」
美羽の攻撃に耐えられなかった一葉が彼女の名前を呼ぶ。美羽はその反応に口を噤んで、柔らかな微笑みを向けた。
「うそ、私本城くんのこと、何とも思ってないよ?」
「……バカ」
下唇を噛んで、不機嫌そうな一葉。美羽は満足そうに微笑んで、口を開く。
「一葉ちゃんは、私が本城くんを好きかもしれないって知ってどう思った?」
「……ちょっとだけ、嫌だなって思った」
「じゃあ、それが冗談だよって言ったらどう思った?」
「……安心、した」
一葉の返事を聞いた美羽の口から息が漏れる。
「答え、出たね?」
「……ん」
そう、一葉は彬人のことが好き。その気持ちが恥ずかしくて、くすぐったくて素直になれなかったが、美羽の仕掛けた攻撃により表に出てきた。
「私、あいつのこと……」
一葉は恥ずかしそうにモジモジとしているのだが、何だか嬉しそう。彼女はきちんと自分の気持ちに向き合うようだ。今まで胸の奥にしまい込んでいた感情が一気に解放されていく。ポカポカとした暖かな感情が広がった。
自分の中の暖かな感情に口元を緩ませていたのだが、彼女には気になることが一つ。
「でも、あいつがどう思っているのか分かんない」
彬人は一葉のことをどう思っているのだろうか。彼は先ほど「大切なパートナー」と表現していた。常日頃から漆黒と深淵を愛する彼は、かっこいい言葉を使いたくてそう表現したのかもしれない。彼の真意はどこにあるのだろう。
そして、女性陣に対してやたら距離が近いのが彼の特徴である。先日、高い所の物を取ろうとしていた風花を持ち上げていたし、たけるに操られた結愛が懐に飛び込んだ時には、鼻の下を伸ばしてデレデレだった。
「この関係が壊れるのが怖いんだ。嫌われたくない。あいつと気まずくなるなら、私の気持ちは閉まっておいてもいい」
一葉は今の彬人との距離感が嫌いではない。自分の思いを告げてそれが崩れてしまう位なら、何も告げずこのままの関係を続けたいと思っている。
「よし! 私も協力する。本城くんがどう思っているか、さりげなく確認しよう!」
「ありがとう!」
「美羽ちゃん、一葉ちゃん!」
二人の会話の区切りのいいところで、風花が走ってきた。これから彼女の家に集まり、リミッター解除のための修行を行うことになっている。集まるのは女性陣三人と翼、優一、彬人。
「さっき連絡があったんだけどね、太陽が大臣の仕事で少し遅くなるんだって」
太陽も一緒に修行を手伝ってくれるのだが、急な仕事が入ったようだ。今公務を果たすべく、一時風の国に帰国中。
「私たちもまだ話があるから、みんなで先に始めててくれる?」
「うん、分かったー」
美羽の言葉に風花が了承を示し、翼たちの所へ走って行った。そんな無邪気な背中を見送りながら、美羽は一葉へ口を開く。
「そう言えば、明日から夏休みじゃん?」
「そうだね」
「お姉さんが一肌脱いで、あ・げ・る」
美羽は何を考えたのだろうか。楽しそうに口元を緩ませている。
「今日は楽しかったの」
風花が翼たちと帰りながら楽しそうにしている。今日の彼女は普段よりもテンションが高いようだ。採寸で太陽とお揃いの執事服を着れたからだろう。彼女から音符が噴き出ている。
「良かったね」
風花からの音符が突き刺さり、頬を緩ませているのは翼。そして彼からはお花が飛び出している。風花の音符と混ざり合って、何とも平和な光景が広がっていた。ちなみに双方無自覚である。
「お花飛んでるやん」
「ふ、天使たちの降臨」
そんなメルヘンな光景を眺めているのは優一と彬人。
文化祭が近づき、浮つきだすこの季節。さらに明日から夏休み。急展開する男女も多い中、ピュアボーイ翼と鈍感ガール風花は進展するのだろうか。とりあえず、何かしら面白い展開になりそうな予感がする。なぜか分からないがそんな予感がする。優一は今後の展開を想像して、黒い笑みを携えていた。
そして、優一にはもう一組気になるペアが。
「ふはははははっ」
隣で魔王が如く笑い声を響かせている彬人である。漆黒と深淵の戦士彬人と素直になれない一葉。この二人の関係も進展するのだろうか。
教室でのキス事件や、丹後の国での押し倒しなど、彬人は無自覚で女性との距離が近い。颯の言葉を借りると、無自覚タラシは罪深いのである。
「ただいま」
「「「お邪魔します」」」
そんなことを考えていると、風花の家に到着。庭に出て、早速練習が開始した。




