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きみと桜の木の下で  作者: 花音
第7章  かくしごと
143/230

第142の扉 無自覚

「申し訳ございませんでしたっっっ!」


 地面に頭をこすりつけながら土下座をする太陽。鈴蘭は必死な彼の様子に苦笑いするしかない。


「怖がらせた上に、女性を押し倒してしまうなど……」

「驚きましたけど、大丈夫ですよ」


 鈴蘭は優しく声をかけてくれるのだが、太陽は申し訳なさ過ぎて顔を上げられない。

 あの後、何が起こったかというと……


「太陽、さん……」


 身体に黒い物を纏わせながら、太陽は鈴蘭との距離を詰める。鈴蘭は完全に怯えきり、床にしゃがみこんでいた。これから自分は何をされるのだろう。自分の未来を思い、震えていたのだが……


「え!?」


 突然太陽が鈴蘭を押し倒した。彼の身体を押しのけようと抵抗するのだが、太陽が体重をかけて上に乗っているため、全く退けられない。


「ちょ、んん?」


 殺されてしまう、と思っていた鈴蘭だが、太陽の様子がおかしいことに気がつく。彼は鈴蘭を押し倒した後、ピクリとも動かないのだ。剣を抜くこともしないし、彼女を傷つけようともしない。一体どういう状況なのだろう。


「太陽さん?」

「はぁ、んぁ……」


 鈴蘭が戸惑いながら声をあげるも、太陽は答えてくれない。聞こえてくるのは、彼の苦しそうな息遣いのみ。そして、ぐったりとしたまま鈴蘭を押しつぶしている。


「……」


 鈴蘭は混乱する頭を何とか落ち着け、今までの情報を整理してみる。

 彼が身体に纏っていた黒い物は、依然漂っている。不気味な気配は消えていない。そして、自分が知ってしまった真実……


「身体が、熱い?」


 ぐったりとしている身体は、だいぶ体温が上がっているようだ。服越しに触るだけでもその高さが伝わってくる。それらの情報が鈴蘭の頭の中で一つの線となってつながった。鈴蘭は急いで彼の身体に魔法を放つ。












「申し訳ございませんでしたっっっ!」


 鈴蘭の回復魔法で身体の黒い物は消え、体温も戻ってきた。そして、意識朦朧状態だった太陽だが、一部始終を彼女から聞き、土下座している所である。


「大丈夫ですから」


 鈴蘭は太陽の謝罪に困ったような笑顔を浮かべる。一時は殺されるのではないかとさえ思ったが、結局怪我もしていないし、特に何もされていない。それでも太陽は顔を上げてくれない。


「本当にごめんなさい」


 太陽はそのまま地面に埋まるのではないか、という勢いで頭をこすりつけている。

 鈴蘭が怯える原因となった太陽の黒い笑顔は、彼から出ていた黒い物の影響でそう見えていただけ。

 そして、鈴蘭を押し倒してしまった彼だが、体温が上がり意識朦朧状態の中、崩れ落ちた所に鈴蘭が居たという感じである。

 太陽に鈴蘭を傷つけようとする意図は全くなかったのだ。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


 しかし、一部始終を聞いた太陽からの謝罪が止まらない。そろそろ頭が地面に埋まりそうである。鈴蘭はそんな様子に口元を緩ませながら口を開いた。


「誰にも言いませんから、安心してください」

「……ありがとう、ございます」

「押し倒されたことは内緒にしておきますね」

「いえ、そっちではなく」


 鈴蘭の言葉にようやく太陽が顔を上げた。鈴蘭は彼と目が合うと、ニコリと苦しそうな笑顔を浮かべる。


「……分かっています。秘密のことですよね?」


 鈴蘭は納得がいっていない。自分が知ってしまった秘密は、風花に伝えた方が良いことだと思う。しかし、まだ会って間もない彼らとの関係。自分の知らない事情もあるのだろう。それに


「これはあなたの口から風花さんに伝えるべきことです。私は絶対に告げませんよ」

「……ありがとうございます」


 太陽は鈴蘭の返事に悲しそうな笑顔を向けた。














 その頃、教室では、一葉が彬人の上着を握りしめて机に突っ伏していた。


 私はさっき何をされたのかな。みんなのコールに負けて、頭が真っ白になっちゃって。気がついたら、あいつの香りに包まれてた。それで、おでこに……


「プシュゥ」


 思い出した一葉の顔から煙が吹きだす。


 あーもう! なんでなの、なんでこんなにざわざわするんだろう。

 さっきだって、別にあいつの顔面殴れば良かったじゃない。いつもみたいに殴れば、それで終わりだったのに……

 身体が動かなかった。みんなの声に負けて、キキキキキ、キ、キスって想像したら、頭がぐちゃぐちゃになって。


 一葉は頭から煙を吹きだしながら、自分の肩に手を置く。そこは先ほど彬人が掴んだ場所。


 あいつの手、優しかった。大きくて暖かかった。前からあんなんだっけ?


「親衛隊を使うとか、横山反則だよな」

「ふはっ、完敗だったな」


 一葉が考え込んでいるうちに、メイド服から解放された男性陣が教室に帰ってくる。賑やかに話をしていたのだが、彬人が寒気を感じて、一葉の元にやってきた。


「おい、一葉。上着を返してくれ。寒い」


 前に押し倒された時にも思ったけど、あいつの手って何か優しくて、暖かいんだよね。触られても嫌じゃない。でも、他の女の子にも同じようにやってるんじゃないかな。何か嫌だな、そういうの。


「なぁ、聞いているのか?」


 そもそも何であいつのこと考えると、こんなにも胸が痛いんだろう。顔も熱いし、心臓も速くなる。あいつとは去年から同じクラスだけど、今までこんなことなかった。


「一葉、おい、一葉」


 頭がぼぅっとするんだよね。本当にどうしちゃったんだろう、私。まさかあいつ相手に恋してるとか? ないない、そんなの絶対ないよ。だって、彬人だよ? 彬人だもん。


「なあなあ、一葉」


 彬人なのに……

 なんでだろう、すっごく胸が痛いんだ、苦しいんだ。さっきみたいなこと、他の子にはしないでほしいなぁ


「一葉、返事してくれよー」

「あーもう! うるさいな、人が考え事している時に!」


 一葉が勢いよく顔を上げると、そこには彬人の顔が。彬人本人は無自覚だが、一葉を起こそうと必死だったため、かなり距離が近い。彼の顔を至近距離で見た一葉の顔が赤く染まった。


「やっとこっち向いたな。上着を返せ、寒い」

「あ、ごめん……」


 一葉は自分の心臓を落ち着けながら、握りしめていた上着を返却する。すると……


「また顔が赤くないか?」

「っっっ!!!!」


 彬人が一葉の赤い顔に気がついて、彼女に触れようと手を伸ばした。


「ぶへっ!」


 先ほどの額の感覚が一葉の頭でフラッシュバック。彬人の顔面に一発入れ、パタパタと教室を出て行く。


「なぜなのだ……」

「それはこっちの台詞だ。なぜ気づかないんだ」

「ふふっ、ふ、くるし……無自覚、タラシ、ふふっ、罪深いねぇ。ふふふっ」


 倒れた彬人と走り去る一葉。一連の流れを見ていた優一が彬人に憐みの目を向けている。彼の隣には笑い転げる颯が。

 一葉の赤い顔や思い詰めているような態度には敏感に気がつくのに、なぜ先ほどの行動の意味が分からないのだろう。謎である。

 寝っ転がって、しばらくぷくぅと頬を膨らませていた彼だが……


「あいつって、いい香りするんだな」

「お?」

「これはぁ?」


 自分の貸した上着に残っていた、一葉の残り香を堪能し始めた。彼の言葉を聞いた優一と颯が黒い笑顔を張り付ける。


「どんな匂いなんですかっ!」

「リポートお願いしますぅ!」


 手をマイクの形にして、彬人の口元に差し出した。二人の動作に彬人は真剣に考え込む。


 この匂いは何と表現すればいいのだろう。優しくて、暖かくて、いい匂い。一葉の匂いとしか表現できないのだが、何か言葉を当てなければいけないとすると……













「何だか落ち着く匂いだ」





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