第131の扉 戦いの目的
「桜木風花さん」
部屋の入り口に一人の女性が現れる。シスターのような黒色の服に身を包み、胸元には十字架。そして、手のひらには
「あ! 心のしずく!」
この女性はハナカラ族の長、牡丹。なぜ心のしずくを持っているのだろう。風花が不思議そうな視線を向けると、彼女が申し訳なさそうに口を開いた。
「実は……」
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時は風花たちがこの世界に召喚される数時間前に遡る。突然京也と真っ黒のローブを被った少女が、牡丹の前に現れた。
「それをよこせ」
彼の目的は、牡丹が先日見つけたしずく型の石を渡してほしいこと。威圧的な態度で牡丹の握る心のしずくを要求してきた。京也の威圧にたじろぐも、牡丹は取引を持ち掛ける。
「お願いがあります」
「?」
京也に仲間が売り飛ばされている現状を告げ、救ってくれたら返すと約束した。
今、この世界は強大な力を持つインセクト族に支配されている。牡丹が頼れるのは、目の前に現れた異世界人である京也のみ。わらにもすがる思いで彼に助けを乞う。
考え込んでいた京也だったが、しばらくして口を開いた。
「俺には助けられない。だけど……」
京也は苦しそうに唇を噛んでいたが、言葉を紡いでいく。その瞳の中に悲しそうな色が見えるのは気のせいだろうか。
「助けてくれそうな奴らを呼んできてやるよ」
そう言うと、彼はしずくをそのままに教会を立ち去った。
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「京也くんが……」
牡丹が心のしずくが風花の物だと知っていたのは、京也が告げたからだろう。そして、風花たちの足元に現れた魔法陣は、扉魔法の使い手である少女の物。
「巻き込んでしまってごめんなさい」
「みなさん無事で良かったです」
風花は牡丹の手を握り、ニコリと微笑みかける。彼女の笑みを見て、牡丹もニコリと微笑んだ。
「……」
優一は彼女たちのやり取りを見ながら、疑問を感じていた。ハナカラ族は回復特化型の種族。戦闘となれば、彼女たちはなす術がないのだろう。
なぜ京也は牡丹からしずくを奪わなかったのか。彼の実力であれば容易いはず。自分たちをわざわざ呼んだ、京也の意図が分からない。今回の件に限らず、彼は本当に敵なのか、と疑う場面は何度かあった。ダンジョンで風花を助けた時から抱いていた疑問が、今、確信へと変わりつつある。京也は心のしずくを奪う気がないのだろう。
「桜木たちは知ってんのか?」
優一はたどり着いてしまった結論に想いを馳せる。京也が敵ではないとすれば、自分たちは何と戦っているのか。そして、彼の目的は何なのか。
「鈴蘭さんと雛菊さんが同行してくださるようです」
「よろしくお願いします」「よろしく!」
優一がもやもやとした感情を抱える中、太陽が話を終えて帰ってきた。鈴蘭は太陽と、雛菊は風花と式神の主従関係を結び、遣えることとなった。
「わぁ、すごく綺麗!」
式神は普段は人の形で実体化していない。主からの呼び出しがなければ、指輪となって側に遣えるようだ。風花は指に輝く雛菊の指輪を嬉しそうに眺めている。指輪には雛菊の花飾りがついており、可愛らしいピンク色だ。ちなみに太陽のはめている指輪は、白色で鈴蘭の花飾りがついている。
「名前を呼んでくれたらすぐに行くから、いつでも呼ぶんだよ」
「はい、ありがとうございます!」
こうして、新たな仲間を二人迎い入れ、彼女たちの冒険は終わった。
「バイバイ!」
「またね」
日本に帰って来て、風花の家を後にした翼たち。一時どうなるかと思ったものの、全員無事。しかし、まだ自分達は弱いまま。風花がバーサーカーにならなければ、今頃どうなっていたか分からない。
もっと強くならなければ、何も守れない。翼はぎゅっと拳を握った。
「……」
そんな翼の隣では、難しそうな顔をしている優一が。
自分の中ではっきりしてしまった事実。
『京也はしずくを奪う気がない』
風花と太陽はそれを知っているのだろうか。風花と京也は幼馴染。以前は仲良くしていた彼らは、風の国と魔界の関係が悪化したことで、離れ離れに。京也自身、風花を傷つけたくないのが本心なのだろう。
なら、なぜ彼は今自分たちに攻撃を仕掛けるのか。彼の行動が謎過ぎる。
京也の行動について考え込んでいた優一だが、彼にはもう一つ気になることが。
「太陽は何者なんだ」
今回女性陣が売り飛ばされそうになったが、太陽も同様に狙われていた。確かに彼は可愛らしい顔をしてはいるが、女子に間違われる程ではない。しかもキリは『あっちの男の子』と男子であることを認識した上で狙っていた。
太陽は珍しい扉魔法の使い手。ただあの時は技を発動しておらず、それで狙われたとは考えにくい。
「謎が多すぎるだろ……」
優一はモヤモヤとした感情を抱えながら、帰路についた。
「眠いので、寝るの」
「おやすみなさいませ」
風花は目を擦りながら、自室へと歩いていく。怪我は完全に完治したものの、流石に体力が削られたのだろう。トロンとしながら、ベッドに倒れこんだ。太陽が彼女に布団をかけて、頭を撫でる。穏やかな彼女の寝顔をしばらく眺めていたのだが……
「悪かったな、巻き込んで」
風花の部屋のカーテンが揺れた。その先に居るのはもちろん、京也。
「いえ、自分の未熟さを知る良い機会となりました」
太陽は苦しそうに唇を噛む。今回の風花の怪我、自分は全く治せなかった。これから修行を重ねなければ、いつか彼女は消えるだろう。太陽はぐっと拳を握った。
自分の未熟さを反省していた太陽だが、彼にはどうしても言わなくてはいけないことが……
「それよりも、京也さん」
「ん?」
「たけるさんの時、危なかったのですよ!」
そう言うと、京也をキッと睨みつけ、首元から石の入った瓶を取り出した。中には真っ黒な石が一つ。
「あー、それはごめん」
「もう! あんなことを頻繁にされては、こちらの体も持たないのですよ!」
「えぇ……いや、でも、あれは風花が」
「言い訳しないでください!」
ご立腹である。頬をパンパンに膨らませて珍しくご立腹である。流石の京也も太陽の勢いには勝てないようで、ため息をついた。
「悪かったって、ごめん。ほら、あんまり騒ぐと風花が起きるぞ?」
太陽と京也が言い合いする隣では、スヤスヤと穏やかな寝息を響かせて風花が眠っている。そう簡単に起きないと思うのだが、太陽はしぶしぶ落ち着いてくれた。ぷくぅと頬っぺたを膨らませたまま、瓶を服の中にしまう。彼のそんな様子に京也は息を一つ吐いて、言葉を紡いだ。
「俺は、お前たちのことなら話してもいいと思うぞ」
「……私たち二人で決めたことですので」
太陽は眉間にしわを寄せながら胸元を握りしめる。京也はその様子に一瞬だけ悲しい顔を見せるも、すぐに元に戻した。
「あんまり抱え込みすぎるなよ」
「あなただけには言われたくありません」
「あー、はいはい」
太陽のジト目に、京也はふっと微笑むと闇へと消えていった。




