第12の扉 秘密の楽園
「またね、風ちゃん」
「うん、バイバイ」
カフェでの一件が片付き、風花は美羽と一葉と別れる。風花は心のしずくを取り戻すことに成功し、美羽と一葉ともより仲良くなれたため、心なしか嬉しそうに見えた。引き続き彼女たちと友達でいられるのだ。自然と彼女の心は明るくなる。
風花は家へ帰ろうと歩いていたのだが、ふと、立ち止まる。
「ボタン……」
服のボタンが取れていることに気がついたのだ。今日の風花は白色のブラウスを着ているが、腕の所についているボタンがなくなってしまっている。先ほどの京也との戦闘で取れたのだろうか。どうしたものか、と道の真ん中で考えて込んでしまう。
「む、桜木か?」
すると後ろから声がかかった。風花が振り向くと、本城彬人が某厨二病ポーズを披露しながら立っている。足を開いて、顔の前に手のひらを掲げていた。何とも奇妙なポーズをきめている。
そんなポーズとは対照的に、彼の服装はシンプル。ジーパンを履き、深緑色のトレーナーを着ていた。
「ふ、悪の組織から追われてきたのか?」
訳)こんなところでどうしたのですか?
「?」
彬人の言葉の意味が分からず風花は、きょとんと首を傾げることしかできない。いつもなら一葉が彬人の言葉を解読し、伝えてくれるのだが今彼女はいない。風花一人である。
「……」
首を傾げ続ける風花に、彬人は相変わらず厨二病ポーズのまま立っている。二人をしばらく沈黙が包んだ。
「む?」
しばらく黙って風花の反応を待っていた彬人だが、風花の服のボタンがとれていることに気がついた。
休日の午後。ボタンの取れた服を着ている風花。もしかして、彼女はボタンを買いに行くのではないだろうか。彬人は頭の中で結論を弾きだしていた。
「ふ、神様のいたずらのようだな。俺も悪の帝王からの挑戦状を受けたところだ。一緒に世界を救いに行くか?」
訳)偶然ですね、僕も母から買い物を頼まれてデパートへ向かいます。良ければ一緒に行きませんか?
「???」
彬人はそう言いながら、なぜかくるくると回転している。風花は彬人の言動に、更にきょとんと首を傾げることしかできなかった。
「……」
彼は何を言っているのだろう。風花が考えていると、彬人の持っている持ち物に目がいった。
買い物鞄。そして、買い物メモらしき紙。彼はお母さんから買い物を頼まれて今ここにいるのではないだろうか。
「デパートかな?」
風花は目的地は自分と同じだろうと考え、彬人と一緒にデパートへと向かうことを決めた。
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「すごい、何ここ」
「初めてか?」
「うん、初めて」
数分後二人は目的のデパートに到着する。風花は目をキラキラと輝かせながら、デパートの中をきょろきょろと見回していた。彬人は小さい子供のような反応を示す風花をほほえましく思いながら、デパート内部の説明をしてくれる。
「まず、第1層。禁断の果実たち、料理人の戦場、妖精たちの集い。第2層は衣類の魔術師、安さの殿堂、創造の神。第3層は全知全能之記録、神々の鎮魂歌だ」
訳)まず1階、食料品、飲食店、花屋さん。2階は服屋さん、100円ショップ、手芸屋。3階は本屋と楽器屋さんです
彬人は館内地図を指さしながら説明してくれたため、風花にも彬人が何を言っているのかが伝わった。風花は彬人の説明を相変わらず目をキラキラとさせながら、うんうん、と素直に聞いてくれている。その様子に彬人は気を良くし、全力の厨二病ポーズを披露しながら、風花にこう告げる。
「ふ、それぞれの戦いが終わりし時、再びここで出逢おう。我が秘密の楽園へ導こう」
訳)買い物が終わったらまたここに来てもらえませんか? 僕のお気に入りの場所へお連れします
「ん? 楽園? 買い物が終わったらここに来ればいいんだね?」
「……そうだ」
「分かった」
彬人は自分の言葉の意味があまり通じていないようにも感じたが、集合の約束を取り付けることには成功したため、上機嫌で自分のクエストへと向かう。風花も辺りをきょろきょろしながら、彬人の教えてくれた手芸店へと向かった。
「ふ、失われし宝玉は手に入ったか?」
訳)ボタンは買えましたか?
「うん、ありがとう」
「ふ」
訳)案内します、ついてきてください
両手で大事そうに自分の買い物の品を持つ風花を、彬人はエレベーターへ案内する。風花はどこに行くのだろうと首を傾げていたが、彬人は自分のお気に入りの場所を紹介できることもあり、そわそわしている。
チン
エレベーターを降りると目の前は駐車場だった。彬人は駐車場をまっすぐ横切り、一番奥まで歩いていく。奥の扉を開けると風花の目が一層輝きを増し、声をあげた。
「え、すごい。ここって」
「天国への近道だ」
訳)屋上遊園地です
そこは小さなスペースだったが、パンダやライオンの乗り物、ブランコ、メリーゴーランドなどが置かれていた。遊具たちは今は稼働していない。しかし、かつて多くの子供たちを楽しませたであろう遊具たちからは、暖かな雰囲気が漂っていた。
「すごい」
風花は遊園地の遊具たちを興味津々に眺めている。目をキラキラと輝かせながら何だか楽しそう。無表情な彼女だが、目の中の感情だけは素直に現れるようだ。
「ふはは」
彬人は喜んでくれている様子の風花に、連れてきて良かったと満足気である。キラキラとしている彼女をさらに喜ばせようと、彬人は自動販売機へと向かった。
「む、なんだこれは? 綺麗な石だな。誰かの落とし物か? 帰りにデパートの人に届けるか」
飲み物を買おうとしていた彬人は下にきらりと光るものを見つけ、ポケットにしまう。
「ふ、祝いの品だ」
訳)僕からのプレゼントです
「ありがとう」
「ふ」
訳)どういたしまして
彬人は自販機の缶コーヒーを手渡す。風花は渡された缶コーヒーを珍しそうに眺めていたが、彬人が隅に置いてあるベンチへと歩いていくので、それに倣いついていく。
「……あれ?」
風花はベンチに近づくにつれて心のしずくの気配を感じた。どこにあるのだろうと探していると、彬人が話しかけてきて、思考が中断される。
「ふ、漆黒の水と楽園の園は格別だな」
訳)コーヒーを飲みながら、ここから見る景色が好きです
彬人の目線を追い、風花も視線を移すと、空はオレンジになり、綺麗な夕焼けを作っていた。
「わぁ」
風花の目の輝きがより一層強くなる。彬人はそんな彼女の様子を見ると、満足げに微笑み、缶を開けコーヒーを口に運ぶ。風花は缶の飲み物を見るのが初めてなのだろうか。彬人の様子をじっくり観察して、自分も彼と同じように口に運ぶ。
「美味しい」
「ふ、戦士にも休息は必要だ」
訳)喜んでもらえてよかったです
風花は初めて飲むコーヒーに、また目をキラキラと輝かせる。苦すぎず甘すぎない味がお気に召したようだ。目を輝かせながら、もう一口飲んでいる。彬人も風花の様子を満足そうに眺めていた。しかし……
「あれ?」
彼女はしずくの気配に違和感を覚えた。先ほどより気配が小さくなったような気がするのだ。理由を考えていたが、彬人が話しかけてきたため、また思考が中断してしまった。
「ふ、この楽園は特別な戦士しか入れない。日々深淵の覇者との戦いで傷ついた心と体を休めるのにぴったりのところだ」
訳)今は遊園地が稼働していないからほとんど人が来ません。綺麗な景色も見えるし、ここは僕のお気に入りの場所です
「綺麗な場所だよね」
風花は彬人の話している言葉を半分も理解していないだろう。しかし、ここが彼のお気に入りの場所なのだということは理解できた。
二人はコーヒーを飲みながら屋上からの景色を眺め、のんびりとした雰囲気を楽しんでいた。
「ほんとだ、綺麗だな」
「「!?」」
すぐ後ろから声がして二人はびくっと肩を揺らす。恐る恐る振り向くと……
風花たちは中学二年生なので、彬人くんは厨二病です




