第123の扉 赤く染まる
「天使たちはどこに舞い降りたのか」
「みんないないね」
彬人と一葉が辺りを探している。二人はたまたま近くに居たので、すぐに合流できた。二人は今森の中。誰かに出会わないかと辺りを捜索しているのだが、一向に誰とも出会えない。翼たちだけでなく、異世界の住人にすら出会えない。
「ふははっ。出逢うまでは二人でランデブーだな」
訳)誰かに会えるまで二人きりですね
「……」
そして、さっきから彬人が止まらない。『二人』という言葉を強調して使ってくるのだ。一葉は翼のようにすぐに真っ赤になるわけではないが、度重なる攻撃を仕掛けられてはどうしようもない。徐々に彼女の顔が赤く染まっていく。
なぜ彼は二人きりだと強調するような言葉を、使ってくるのだろうか。
「わっ!」
自分の気持ちがバレているのではないかとひやひやしていた時、突然彬人に腕を引っ張られた。
「いったいな」
「しっー」
彬人は一葉の腕を引っ張ると、近くの茂みに押し倒した。一葉の顔の横に両手をつき、上から覆いかぶさっている状態。そして、二人の顔があまりにも近い。大胆な彼の行動に、一葉の顔が真っ赤に染まる。
「ちょ、ちょっと」
「静かに。騒ぐと口塞ぐぞ?」
抗議しようとした一葉だが、彼の言葉に口を紡ぐ。今の彬人に普段のふざけた雰囲気を感じない。一体何が起きているのだろうか。一葉は混乱する頭を落ち着かせ、耳を澄ませる。
「おい、どこ行った? あいつは絶対高く売れるぞ」
「まだこの近くにいるはずだ、探せ」
何やら不気味な会話をしている二人組が。彼らの探している人物は恐らく一葉だろう。彬人は彼らのねっとりとした視線に気がつき、身を隠したようだ。先ほどから彬人が『二人きり』という言葉を強調するように使っていたのも、自分の存在を彼らに示したかったからだろう。
幸い、彬人たちには気がつかずに、パタパタと去っていった。
「ふぅ、危機一髪だったな。すまない一葉、いきなり引っ張って……」
気配が遠ざかり、彬人が一葉から体を離す。しかし
「どうしたのだ?」
「……何でもない」
一葉は寝っ転がったまま、両手で真っ赤な顔を隠した。
「何でもないのに……」
彬人が一葉を押し倒したのは人攫いから守るため。『口を塞ぐ』発言をしたのも、彼らにバレるといけないから、手を当てて塞ごうとしただけだろう。
分かっている、全て理解している。彼は自分を助けるためにやった、ただそれだけ。ここにいるのが自分ではなく風花や美羽、他の女子だとしても彼は同じ行動を取っただろう。
「……っ」
分かっているのに、心臓がうるさく脈を打つ。体が熱くなっていく。
自分以外の人にこんなことをしてほしくない、触れてほしくない。そう思ってしまう。
一葉は自分の中のもやもやとした感情に、唇をギュっと噛んだ。
―――――――――――――――
「姫様!」
「な、んで……ゲホッ」
太陽が急いで回復魔法を施そうと彼女に近づく。太陽が抱えると、彼の服にもべっとりと赤い物が付着した。
「これは……」
体の至る所から血が噴き出していた。そして、口からは真っ赤な血が流れ続けている。出血量が多く、非常に危険な状態だ。
「どうして?」
太陽には彼女の瀕死の理由が全く分からない。風花はクワからほとんど攻撃をもらっていないはずだ。それほどリミッターを解除した彼女は圧倒していた。
そして風花が解除したリミッターは二段階のみで、長時間の使用はしていない。代償としてこれは重すぎる。
「は、ぁ……たぃ、……よぅ」
理由を考えていた太陽だが、風花の声で現実に戻ってくる。彼女の声は弱く、息もか細い。相変わらず出血は続いている。事態は一刻を争う状況だ。
太陽は理由を考えるのを止めて、解析眼鏡をかけ魔法を施していく。しかし……
「っ……私では」
太陽は悔しそうに唇を噛んだ。風花の状況がひどすぎる。
骨が砕け、筋肉が裂けている。そして、身体の内部では、血管がズタズタになっており、臓器も傷ついていた。しかも、その損傷はまだ続いている。太陽の服が赤く染まっていった。
「判断が甘かったのですね」
風花の瀕死状態の理由。それはリミッター解除の代償だ。通常であれば、ここまでの代償は返ってこない。しかし、風花の身体は心のしずくと共に魔力が欠けている状態。不完全な魔力でしか慣れていなかった身体に、突然のリミッター負荷は耐えられなかったのだろう。
そして、いまだ風花の身体の損傷が続いていることが何よりの証拠。彼女の身体は今現在も自身の魔力により、破壊されているのだろう。
「姫様、しっかりしてください!」
回復魔法はとても高度な魔法で、扱える魔法使いはあまりいない。そして、この魔法はとても繊細で扱いづらい。今回のように体の内部まで修復するとなると、かなりの集中力と魔力が必要になる。
一カ所の損傷であればまだしも、今回の風花の損傷部位はほぼ全身。それを全て同時進行で回復させ、今なお続いている損傷の速度を上回なければ、命が消えてしまう。そんな芸当、太陽には到底できない。
「はぁ、ぁ……んぅ」
「風花さま」
風花の息は更に小さくなっていく。出血は止まらない。身体が徐々に冷たくなる。自分では風花を治せない、救えない。彼女の命の灯が消えていくのを、見ていることしかできない。
「姫様、っ……」
何か方法はないだろうか。彼女を救うための方法は。太陽は必死に頭を働かせて、彼女を救うための道を考える。そして……
「ぁ……はぁ……」
「姫様、少し手荒な治療を致しますこと、お許しください」
「ん……」
風花にはもう太陽の声は聞こえていないかもしれない。太陽は苦しそうに瞳を潤ませている彼女の目に手をかざし、ゆっくりと閉じさせる。そして
「……」
風花の胸に手を当てて、白色の光を放った。ゆっくりと慎重に風花の体内にその腕を進めていく。
彼の手の平が5㎝ほど進んだ時、太陽はまたゆっくりとその手を引き抜く。外に出てきた彼の手には透明なガラスの球体が。中には半分ほどの心のしずくが詰まっている。
「んんっ……」
太陽が手を引き抜いたときに風花から声が漏れるも、その声を最後に彼女は言葉を発さなくなった。苦しそうに響いていた息遣いさえ消える。そして、風花の身体から流れ続けていた血液が徐々に止まり始めていた。
「ふぅ……あとは時間との勝負ですね」
太陽はガラスの球体を片手に持ち、空いた手で風花へと回復魔法を施し始める。彼から放たれる白色の魔法が風花の身体全体を包み込んでいった。
「「お手伝いします」」
「……助かります」
先ほどクワに攫われかけていた二人の女性が、太陽の元へ。気絶をしていたが、目を覚ましたようだ。そして、幸いにも回復魔法を使うことができる。依然予断を許さない状況。人手は多いほうがいい。三人の回復魔法が風花を包み込んでいった。




