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きみと桜の木の下で  作者: 花音
第6章  出発
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第121の扉 儚くて脆い

 女性の悲鳴を聞いた風花が声の方へ駈けていく。曲がり角を曲がると……


「うるさいな、静かにしろよ」


 男性が女性を殴っている現場を目撃した。何発も殴られたのだろう、女性の体には痛々しい内出血の数々が。そして先ほどの一発で気を失ってしまったのか、ぐったりとして男性にもたれかかった。男性の足元には、同じく倒れて動かない女性がもう一人いる。


「何してるんですか」


 風花は男性に杖を構える。全員20代くらいだろうか。関係は分からないが、先ほどの助けを求める声は彼女のものだろう。しかも、一方的に暴力が振るわれていた状況。彼女たちをこのままにしておくのは危険だ。

 男性は深緑色のローブに身を包んで、不気味な雰囲気を醸し出している。風花の声に反応して、こちらをギロリと睨んだ。


「あ? 誰だよお前」


 声を出しただけなのに、ナイフが刺さるかのような痛みが風花の元に届く。目の前の男性が放つ威圧感が凄まじいのだ。風花は男性の威圧をぐっと堪えて言葉を放つ。


「っ……その女の人嫌がっていました。離してください」


 男性は風花の言葉に全く動じた様子がない。男性はめんどくさそうに、ため息をついている。


「お前、この世界の人間じゃないのか?」

「どういうことですか?」


 男性はなぜ風花が異世界の住民だと分かったのだろうか。風花は全く状況が理解できない。


「俺たちに歯向かう奴なんて、この世界には居ないからな」


 男性の名前はクワ。インセクト族という部族の出身だそうだ。


『インセクト族』

 この種族は戦闘特化型の種族。見た目はごく普通の人間と変わらないのだが、素早さ、パワー、持久力。すべてにおいて桁違い。魔法使いたちでさえも彼らには敵わない人が多い。


 この世界は彼らに制圧されているのだろう。風花のように歯向かう輩は、異世界人ということだ。


「……その女の人たちは?」


 風花が恐る恐る尋ねる。戦闘部族と聞いて、風花の中の緊張が跳ね上がった。自然と彼女の声は弱弱しくなる。


「こいつは貴重なんだ。高く売れる」


 クワは女性たちを壁にもたれかけさせた。背が高くて、とても綺麗な女性たち。クワは人攫いをしているのだろう。

 風花は人の命を簡単に商品として扱う彼に腹が立った。睨みつけていると、彼は気がついたように片眉を上げる。


「お前、可愛い顔してるな」

「!?」


 クワは風花の顔、身体、全てを嘗め回すようなねっとりとした視線を向けた。どうやら風花も女性と同様、商品としたいらしい。

 風花が戦闘態勢を取るも、クワの余裕の表情は崩れない。余程自信があるのだろう。彼の纏っている空気は、肌が焼けるかの如く鋭さを放っていた。風花の額に汗が滲む。果たして自分は勝てるのだろうか。全く分からない。


「来いよ」

「っ……wind(ウインド) fist(フィスト)!」


 風花は拳を叩き込もうと向かっていく。しかし……


「なっ!?」


 クワはいとも簡単に拳を受け止めた。風花は風魔法を拳に纏わせていたので、相当の威力を持っていたはず。それにも関わらず、腕一本で受け止めた。余裕の表情と共に。


「いっ……」


 風花の顔が苦痛に歪む。クワが手に力を込めたのだ。ミシミシと骨が軋む音がする。指の骨数本が砕かれてしまったようだ。

 風花は必死に彼の手を振りほどこうともがくも、全く離れる気配がない。クワはギュっと握って、拳をホールドしている。


「んぅ……」


 風花が抵抗しても、クワは腕の力を緩めない。痛みに顔を歪ませながら、脱出を試みる。掴まれていないもう一本の手と、足で彼に攻撃を叩き込んだ。


「効かないな」


 風花の攻撃を受けても、彼は微動だにしない。余裕の表情で攻撃を受け流している。戦闘民族はこれほどまでの強さなのか。手も足も出ない。風花の心に焦りが滲む。


「やっぱりいけるな」

「うわっ!?」


 クワは突然風花の体を壁へ押しつけた。両手を上に束ねると、彼女の両膝の間に足を入れ、身体を拘束する。そして、品定めするようにじっくりと嘗め回した。


「うちの商品にならないか? 高く売れそうだ」

「いや! 触らないでください!」


 クワは風花の顎に指をかけて、上を向かせる。風花はキッと睨んで、脱出を試みるのだが、力の差が大きすぎた。束ねられた両手は全くほどけない。そして、クワはおもむろに自分のポケットへと手を入れる。


「まぁ、拒否権はないんだけど」

「いやっ」


 風花は彼が取り出したものに悲鳴を漏らす。彼が取り出したのは注射器。中には透明な液体が満たされている。一体何が入っているのだろうか。


「少しチクッとしたら終わるからよ」

「やめて、離してっ!」


 クワが風花の服の首元を破くと、白い肌が露わになった。風花は抵抗を続けるも、彼の腕の拘束は全く緩まない。焦る彼女に向かって、注射器は徐々に近づいていった。





―――――――――――――――


「翼」

「あ!」


 翼が振り向くと、そこには優一と美羽が。二人は近くに居たようで、先ほどの彼の声に反応して出てきたようだ。翼は二人の無事を確認すると、自然と頬が緩む。

 優一たちも状況を理解できていないことは同じらしい。残りのメンバーと合流しようと動き出す。


「桜木さん……」


 ポツリと翼は風花の名前を呼んだ。彼の頭の中には、先日の柳たけるとの戦いが。彼女の悲しい音を思い出し、翼の顔が苦痛に歪む。


 彼女は僕よりも強い。何倍も何十倍も。

 でも、その強さは脆くて儚い。消えてしまいそうな弱さを持っている。


「どうしたの、相原くん?」

「……何だか嫌な予感がするんだ」


 翼は先ほどからざわざわとした胸騒ぎを感じ取っているらしい。


「早く全員見つけて、帰るぞ」

「そうそう! 帰ろう、帰ろう!」

「うん……」


 優一と美羽の頼もしい声で翼にも元気が出てきたようだ。表情が少し明るくなる。


「どこにいるんだろう」


 三人は周辺の捜索を続ける。


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